第19話〜緑髪の魔術師〜
客室のバッドで目を覚ました私は、いの一番に自分の髪を見るために姿見の前に立った。
「やっぱり……どうしよう」
私は自分の髪を見て肩を落とした。
私の赤髪は緑に染まっていた。根元だけ。でもかなり目立つ。
魔力の使いすぎだ。
「……やっちゃった」
魔力を使いすぎると、髪の毛の色が変わることがある。
魔法伯の叙勲を目前にして、この失態は痛い。赤髪が緑に染まることは魔術師ならないことはないが、それは魔力量が少ないと証左に他ならない。
高位の魔術師になればなるほど、髪が他の色に染まってしまうのは珍しいと言わざるをえない。今の私は、叙勲するにはあまりにもみっともない姿だ。
こんな姿で叙勲式に行くなんて、先輩の恥にもなる。
「どうしよう……叙勲式までに戻るかな……魔法で……だめ、私じゃ上手く染められない……」
どうしようかと泣きそうになりながら、自分の姿をみる。しゃくり上げそうになっていると、扉が静かに開いた。
入ってきたのは先輩だった。
「起きていたのですか……どうしたのですか? そんな顔をして」
先輩は心底驚いた様子で、大股で私に近づいてきた。こぼれ落ちそうになっていた涙をそっと拭うと、私の頬に手を当てる。
「何か嫌なことでもありましたか? 使用人に不手際がありましたか? それとも、この部屋が気に入りませんか? 王都に無理やり連れてきたのが、ストレスでしたか?」
「せ、先輩、落ち着いてください。違うんです」
「なら、何故泣いているのですか」
「私の髪……変になっちゃって」
ああ、と先輩は合点が言った様子で頷いた。
「緑になっていますね。大丈夫、綺麗ですよ。まるで、朝露を受けた椿のようです」
「叙勲式までに治るでしょうか……!」
「無理でしょう」
しれっと、先輩は言った。
「ひぃ」
「泣かないでください。髪など染めてしまえばいいのですから、問題ありません。高位の魔術師はみんなやっていることですよ」
「そうなのですか……!? 先輩も?」
「いえ、僕はそこまで魔力を使うこともなければ、量が少ないわけでもないので」
そうだった。私はしょんぼりとしてしまう。
先輩は龍騎士の位を与えられるくらいの魔術師であり騎士でもあるのだ。髪の色が変わるなんてヘマするはずがない。
「そんな顔をしないでください。僕も学生時代はよく白髪になっていましたから、使用人に染めてもらっていましたよ」
「そうなんですか……? 白髪の先輩も見てみたかったです」
「やめてください。恥ずかしいですから」
先輩は頬を赤らめて言った。
「そんなことよりも、リア、貴方宛にパーティの招待状がいくつか届いていますよ」
「え……パーティの……」
「アーク主催のアークと仲の良い者だけ集めるパーティがあります。それに参加するといいでしょう。アークとは仲良くなったのでしょう?」
アーク様となら話せる。そのアーク様と仲良い方ならば、怖い人はいないだろう。
それに、引きこもってマナー講座だけを受けているわけにはいかない。
「実践は、大事、ですもんね」
「ええ、狩りもあるので、僕は側を離れることになりますが、大丈夫ですか?」
「先輩と離れる……」
大丈夫じゃない。大丈夫じゃないが、逃げないと決めたのだ。なら、どんな状況でも戦わなければ。
「大丈夫、です!」
「本当に?」
「はい! 先輩がいなくても一人で大丈夫です!」
その瞬間、先輩がピシッと音が聞こえそうな姿で固まった。
何やら、先ほどより寂しそうな表情だ。
「せん、ぱい……?」
「い、いえ、存外、ダメージが入ったので……まさか、貴方からそんな言葉が出るとは思いませんでした」
「わ、私、何かまずいことを言いましたか!?」
「いえ、リアが悪いことなど何一つありません」
「僕が悪いんです……でも、今の言葉は……」とぶつぶつと言い続けている。
「何をなさっているのですか、旦那様」
部屋の外から白い目でセオドアさんがこちらを見ていた。
「アルメリア様、我々の準備は完了いたしました」
「あ、りがとうございます。それでは、先輩、髪を染めてきます……」
「ええ……いってらっしゃい。僕も、貴方が戻る前に整えておきますので」
何を? と言いたかったが、先輩の様子に何も言えなくなり、首を縦に振った。
「それじゃあ、行ってきます」
私はセオドアさんの方へ向かうと、セオドアさんがにっこりと笑った。
「旦那様はいくじなしですね」
「セオドア! 余計なことを言うようなら解雇しますよ!」
「おぉ〜怖いですねぇ」
セオドアさんはケラケラと笑った。先輩とセオドアさんは仲良いんだなぁ、と微笑ましくなった。
「それでは、アルメリア様、参りましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
セオドアさんはまた先輩を見ると「言葉の意味くらい正しく受け取ったらどうですか?」と言った。
「セオドア……本当に解雇しますよ」
セオドアさんははっはっはっと高笑いをして歩き出した。
私はどうしようかと数秒迷ったが、セオドアさんについて行くことにした。
「本当に、旦那様はアルメリア様のことになると余裕がありませんね」
「余裕……あると思います。私、先輩に、頼りきりで」
「よろしいかと思います。旦那様も喜んでいますから」
そうなのかな。
そうだと、いいな。
私は頬が暖かくなるのがわかった。




