第16話〜後輩、喧嘩をする〜
宝飾店に入ると、先輩はオーナーに呼ばれた。
心配そうに私を見たあと、先輩は言った。
「ここで待っていてください」
「わかりました、お気をつけて」
「すぐに戻りますから、大人しくしていてください」
先輩は私を歩き始めた子供だとでも思っているのだろうか。
「何処へも行きませんよ。だって、先輩のそばが一番安全ですから」
「……そうですね。ええ、そうでなければ困ります」
私の頭を優しく撫でたあと、先輩は歩いて行った。その手が暖かくてやけにくすぐったい。
手持ち無沙汰になってしまった私は、近くの宝石を眺めることにした。
色とりどりの宝石が並んでおり、既製品もいくつかある。
貴族はオーダーメイドで作るというけれど、既製品があるのは何故だろう。急ぎの用事で購入することもあるんだろうか。
その時、大粒のルビーに目が留まった。大粒なだけでなく、その色の濃さも一級品だ。
「これを粉末にして加えたら、魔力を吸収してくれるかな……」
魔力中毒の薬を開発している私も、宝石を触ることがよくある。富は地中から出でるもの。宝石はその最たる例で、魔力を吸収する特性がある。一度に吸収しすぎると割れてしまうが、一定の割合でゆっくり注ぎ込めば、いくらでも吸収できる。
私も一つ宝石を身につけていて、そこに魔力を注ぎ続けている。私の魔力は微々たるものだから、宝石に溜まっていく魔力量は大きくない。それでも、いつかの備えとしては重要なものだった。
「あら、誰かと思えば噂の渦中のお方じゃない」
甲高い、耳につくような嫌な声がした。
顔を挙げると煌びやかな服装の女性がいた。
私は居住まいを正して頭を下げる。
「宝飾店に似つかわしくないお方だと思ったら、魔法伯を叙勲されるお方だとは思いませんでしたわ」
私は黙ってその言葉受ける。口を挟めばもっと大変なことになってしまう。
「そのような身なりであのお方の隣に立つなんて、不相応だとは思いませんこと?」
それは常々思っている。先輩に私は似つかわしくないんじゃないかって。
「貴方には不釣り合いかと思いますわ」
ふっ、と鼻で笑われた。
私はドレスを掴んで、その言葉に耐える。
魔法伯になろうとも、先輩と自分の身分が埋まるわけじゃない。現に、私には似合わないとはっきり言われてしまっている。
何を、浮かれていたのだろう。
でもーー私は、私だ。
それに、売られた喧嘩は買わなきゃいけないと教えられている!
「ええ、そうですね。私にはもっと質の良いエメラルドが似合うんですもの」
エメラルドは先輩の瞳の色。賢い人なら、この言葉の意味がわかるだろう。
私は先輩のような男性に似合う立派な人間だ、と言っている、と。
私には胸が張れるものはあまりないけれど、それでも、先輩の隣に立ちたいのなら、これくらいして見せなければ。
「な、何ですって、あのお方をどなただと心得ていますの! あのお方は……!」
「ガヴァーディル侯爵ですわ」
「そうよ! 貴方ごときがそばにいていいお方ではないの! 私のような公爵家の令嬢こそがふさわしいのよ!」
「私は、魔法伯を国王陛下より賜る宵花の魔術師です。そして、私がシルビオの隣に立つ者よ」
陛下から身分を賜るのはこれからだが、それは嘘も方便ということで。タイミングが違うだけで、実際に賜るのだから良いだろう。
「何より、私は誰よりもシルビオのことを大切に思っています! そう、誰よりも!」
私は私の気持ちを初めて口にしたような気がした。
「花の称号を与えられた魔術師は、古来よりキングメーカーと呼ばれているのはご存知でしょう?」
ごめんなさい、先人の皆様。私そんなにすごいわけじゃないけど、皆様の胸を存分に借りさせていただきます!
「本当に、私よりも貴方の方が、あのお方に相応しいのかしら?」
にっこり、と笑えば完璧だ。
令嬢は顔を真っ赤にして立ち上がり「失礼させていただくわ!」と歩いて行った。
私は、内心ガッツポーズをしてそれを見送る。勝ちましたよ! 先生!
「こら、はしたないですよ」
「せ、先輩、いつから見ていたのですか……?」
「貴方が自分をキングメーカーだと言ったあたりから、です」
よかった。大切に思っている、のところは聞かれなかったらしい。
私は自分の体温が上がるのを感じながら、先輩に「もうよろしいのですか?」と尋ねた。
「ええ、貴方の意見を聞かなければならないですから」
「私の、意見……ですか?」
先輩は私をエスコートするとお店の奥へと入っていく。一室の中に入ると、私たちは揃ってソファに腰掛けた。
「貴方が先日依頼した宝飾品が届いたのですよ」
「え!? こんなにも早く!?」
「えぇ、最も腕のいい職人が不眠不休で仕上げてくれたそうですよ」
私は職人さんに感謝しつつ、机に並べられた宝飾品に目を向けた。
「素晴らしいです……」
先輩の瞳と同じエメラルドが埋め込まれたそれらは、上品かつ華麗なデザインだった。髪飾りには、私のオーダー通り鷲があしらわれていた。
文句のつけようのない、素晴らしい出来だ。
「この宝飾品に合わせて、ドレスをデザインさせましょう。夜会までには間に合いませんから、後日の社交用にはなってしまいますが」
「そんな……楽しみ、です」
私なんかにそこまでしないで、と言いかけて、私は素直に好意を受け取ることにした。先輩からもらえるものなら、何でも嬉しい。
「私も、そのドレスで、先輩と踊りたい、です」
「ええ、ぜひ。踊りましょう」
私達はじっと顔を見合わせたまま、しばらく見つめ合った。




