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第15話〜後輩と先輩、デートに行く〜


「デートに付き合ってもらえませんか」

「はい!?」


朝から散々着飾られ、薄緑色のドレスを着た私に、朝食の席で先輩はとんでもないことを言った。


「で、でで、デート!?」

「ええ、デート、逢引きです」

「合い挽き、お肉……?」


いや、そうじゃ無いでしょ。


私は突然のことに目を白黒させて、言葉を飲み込もうと必死になった。


デート、といえば、あれだ、男女が街を練り歩いて買い物をしたり、お茶をしたりするあれだ。そんなことを先輩と一後輩の私が!? していいものなのだろうか。


私は顔を真っ赤にして「な、何で、ですか?」と尋ねた。


「マナーは十分身についた、と講師の夫人から聞いています。ならば、実践あるのみでしょう。幸いにも、本日は、僕も休日です」

「あ……実践、ですか」


何だ、と思う。今の今まではしゃいでいた胸の内が、ゆるゆると萎んでいくのを感じる。


私のためにやってくれていることなのに、それなのに、先輩の優しさが痛い。


私ばっかりはしゃいで馬鹿みたい。


「それだけではありませんよ」

「え……?」


私が聞き返すと先輩は柔らかく微笑んで、首を縦に振った。


「王都に来てから、いえ、魔法学校に通っていた頃ですら、僕達は出かけたことはありませんでした。僕も、アークが羨ましく感じることもあるのですよ」

「それって……つまり……」

「えぇ、貴方と共に出かけたい、そう言っているのです」


一度しぼみかけた胸の内が、再び華やいだ。


ーー先輩が、先輩が! 私と出かけたいって!


思わず満面の笑みを浮かべると、先輩はなぜか目を見開いて固まった。


「先輩? どうかしたのですか?」

「いいえ、何でもありません。それでは向かいましょうか。入り口に馬車を待たせてあります」

「はい、先輩!」


私が立ちあがろうとした時、ドレスに引っ掛けてナイフが落ちてしまった。それを拾おうと手を伸ばしかけた時。


「リア」


先輩が低い声で私を呼んだ。


「ナイフを拾うのはマナー違反です。教えてもらわなかったのですか」

「お、教えてもらいました。ごめんなさい……」

「いいえ、慣れないことをしているのです。最初は出来なくて当然です。叙勲式の時にできていれば構いません。さぁ、行きましょう」


先輩は私に手を伸ばしてきた。この手に捕まってエスコートしてもらう。自分から手を伸ばすのははしたないこと、と教えてもらったけれど、私も先輩に手を伸ばしたい。


ぐっ、とこらえて先輩の腕に掴まり、エスコートを受ける。


「昼食はレストランを予約してあります。まずは、先日頼んだ宝飾品展に行きましょう」

「は、はい」

「そんなに緊張する必要はありませんよ、大丈夫です。貴方に高価な物を無理矢理買わせるような真似はしませんから」

「そんなこと、思ったこともありません!」

「冗談ですよ」


ふふふ、と先輩は笑った。エメラルドの瞳が優しく細められる。


「もう……!」


先輩は食堂の扉を開くと、私に当たらないように外へと出る。執事達にこれからの動きを説明して、指示を出すと玄関に向かって歩いた。


こんな立派な先輩の隣に立っていていいのだろうか、と思って下を向くと、先輩が「背筋を伸ばしなさい」と言った。


思わず勢いよく背筋を伸ばすと「こら」と短く叱られた。


「うぅ……失敗ばかりで、ごめんなさい」

「構いませんよ」


先輩は玄関から外へと出る。私は先輩に置いていかれないように必死に優雅に歩いてみせる。できているかは分からない。でも、先輩の隣に立つのなら、それくらいの心構えは必要だと思う。


外には既に馬車が待っていて、従者が馬車の扉を開けてくれた。


先輩は私から手を離す。そのほんの数秒が、何だかとっても寂しく感じた。魔法学校時代、先輩にエスコートしてもらったことも、触れ合ったこともないのに、先輩の熱が離れるだけで、こんなにも寂しく感じるなんて。


ーーああ、好きだなぁ。


「リア?」


先輩は既に馬車に乗り込んでいて、私に向かって手を伸ばしていた。


私は慌てて手を伸ばして先輩の手を掴む。


そして、優雅さを忘れないように馬車に乗り込み、座席に座った。


扉が閉められ、馬車が動き出すと、先輩はおもむろに口を開いた。


「先程、何を考えていたのですか?」

「魔法学校の時、先輩が、よく研究室に来てくれたな、って」


先輩に嘘をつくのは久しぶりだった。


それでも、先ほど思ったことを伝えるわけにはいかない。


「貴方がまともに食事を摂らないからでしょう。きっかけは、それではありませんでしたが」

「きっかけ……?」

「貴方は、浴槽に浸かっている時に溺れたでしょう」


うっ、と言葉が詰まった。


徹夜で研究した後、授業に出る前にお風呂に入ったのだ。既に二つ授業を受けていなかった私を心配して、昼休みの時間を利用して先輩が研究室に来てくれた。


いくら声をかけても返事がなかったため、先輩は部屋に入ってーー顔を真っ青にしたらしい。


風呂場から水音がしていることに。


慌てて風呂場に駆け込むと浴槽で眠っている私を見つけた。口と鼻がすっかりお湯に浸かっている私を。


先輩の救護と、そのあと来たお医者様のおかげで、私はまだこうして生きている。


「あの節は、大変なご迷惑を……」

「そうですね、あの時から、貴方から目を離してはいけない、と思うようになりました。もう、僕に入浴中の風呂場に立ち入らせる真似をさせないでください」

「わかって、います。徹夜明けは浴槽に浸からずに、シャワーで済ませるように、しています」

「そもそも徹夜をやめない」

「う……研究が進むと、時間を、忘れてしまう、ので、無理、かもです」


うっ、うっ、と言葉に詰まりながら言う私に、先輩は「研究馬鹿め……」と悪態をついた。


「ですが、まぁ……私が貴方を見ているので、好き勝手してくださって結構ですよ」

「はい! 先輩がパトロンなら、心配事もないです!」


先輩は何故か不機嫌そうに眉を寄せた。


「そういう話ではないのですが、全く」

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