第12話〜後輩、酔う〜
苛立ちを抱えて、僕は酒場へと向かっていた。
アークとリアが酒場で食事をしに出た、と聞いたのは、王城からようやく帰れた夜更けだった。
アークが勝手に酒場に行く分にはいい。いや、護衛なしでうろうろする王子がいていいわけがないのだが。
屋敷をすぐ飛ばして馬に飛び乗る。セオドア以外の護衛を置き去りにして、僕は酒場へと向かった。
アークが行く酒場は一つしかない。その酒場は中流階級の者か、裕福な者が利用する治安のいい店だった。
リアを連れ込むのなら、そこであって欲しいと言う思いもあって、その酒場へ向かうことにする。
馬を走らせて単身酒場にたどり着いた僕は、酒場の中へと入った。
「お待ちください! 旦那様!」
静止するセオドアに内心イラつきつつも、一度立ち止まる。
「何ですか?」
「侯爵の御身分の旦那様が、酒場の中に入るのはいささか」
「関係ありません。リアを連れ戻さなければいけませんので」
その時、一際大きな歓声が上がった。
「おお! すげぇな! 嬢ちゃん!」
「ありがとうございますぅ……」
「飲み過ぎだって、リアちゃん」
ーー今の声は、リア?
何故か一つの机に人々が集まって騒いでいるようだった。その中に、リアがいるらしかった。
「もう一杯! どんどん持ってきてくださぁい!」
またリアの声がした。
嫌な予感がして、足早に人だかりの中へと向かう。
「失礼」
人々の波を押し除けて、僕はリアを探す。
リアを見つけて絶句した。
机に置かれた大量のグラスに、僕は頭が痛くなる。後ろにいたセオドアも頭を抱えていた。
リアが呑んだと思しき大量の酒とそばで眠そうにしているアークがいた。
「何を、しているのですか、リア」
「あれぇ……せんぱぁい……? どうしたのですかぁ……?」
「ようやく来てくれたよ……やっと、俺も眠れる……」
すっかり出来上がったリアに、僕は小さく息を吐いた。初めて見た、彼女の酔っ払った姿を。
赤らんだ頬に潤んだ瞳に、僕は一瞬見惚れて首を横に振った。
「酔っているのですね、全く」
側にいるアークはすっかり酔っ払って眠り始めていた。護衛もなしで何をしているんだ、この男は。
可愛いリアを守りもせずに放置するだなんて、許されることでないだろう。
ーー目を覚ましたら絶対に一発殴る。
僕はそんなことを考えて、リアがさらに飲もうとした酒のグラスを止める。
「これ以上はやめておきなさい、リア」
「大丈夫ですよぉ」
「君の大丈夫は信頼できない、とこの前も言ったではありませんか」
「ほんとぉに、大丈夫ですよぉ〜。全然、飲めますよぉ〜」
「どれだけ呑んだのですか」
グラスを数えようとして、途中でやめた。そんな生産性のないことをするよりも、この馬鹿達を連れて帰る方が良いに決まっている。
「セオドア、お前はアークを送り届けろ」
「はっ、どちらにお送りいたしましょう」
「王城に」
セオドアは本気か? と言いたげな表情をしていた。
「酷く、お叱りを受けるとは思いますが」
「構いません。この男は少し痛い目にあうべきです」
「旦那様の宝物に手を出したから、ですか」
その言葉に、僕はセオドアを睨みつけて黙らせる。
「当然のことを、わざわざ口にする必要はありません」
僕はリアを抱き抱えると、人混みの中から彼女を連れ出した。
リアは嬉しそうに微笑むと僕の胸にすりすりとすり寄る。その動作が微笑ましくて、いまの今まで抱えていた怒りが霧散していった。
「リア、そんなことで許されると思っていませんよね」
「せんぱぁいは、怒っているんですかぁ?」
「ええ、無茶な飲み方をしている貴方に、怒っていますよ」
「私、強いですよ。唯一の取り柄ですもん」
「まだ呑みますぅ」と、また僕の胸に擦り寄る彼女の頭をペチンと叩く。それなのにも関わらず、彼女はさらに笑みを深くした。
「綺麗……」
「綺麗、ですか?」
「うん、とっても、綺麗……」
「何がですか?」
リアは両手をあげて、僕の頬に触れる。むにゅむにゅと指を動かして、僕の頬の柔らかさを堪能している。
「何ですか、リア。そろそろ怒りますよ」
「エメラルド」
「エメラルド、ですか? 僕は宝石を身につけていませんが……」
「先輩の、瞳が、とっても綺麗です」
ひゅっ、と喉の奥で音がした。
ごほん、と咳払いをして僕は動揺を押し隠そうとする。酔っ払い相手にそこまでする必要はないのだが、プライドがこうさせていた。
「僕の、瞳の話ですか」
「そうですよぉ〜、えへへ、先輩、宝石を買ったんです」
「好きなだけ買うように、と伝えてあったはずですが」
「だから、エメラルドを買ったんです。先輩とおんなじ、だから」
誰だ、こんなに酔わせたのは。アークか。あいつを引っ叩くのはやめてやろう。
「そうですか、気に入ったものがあって良かったですね」
「はい! とっても!」
また胸に擦り寄るリアの頭を優しく撫でる。
「やめなさい」
「えへへ、ごめんなさぁい」
謝罪しつつも擦り寄るのをやめないリアに、僕は呆れつつも、こっそり喜んでいた。
「馬車で来るべきでしたね、今の貴方を抱えて屋敷に戻るのは難しそうです」
飛行魔術で帰ると言う選択肢もあるが、リアを落として怪我でもさせたら事だ。
「仕方ありません、辻馬車を探しますか」
僕は少し逡巡して、リアの頬に口付けをして、大通りに向かって歩き出した。
「ゆっくり眠りなさい、僕が側にいますから」




