第11話〜後輩と第二の星〜
「まさか、あそこまでオーナーが力を入れるとは思わなかったよ!」
けらけらと王族らしからぬ笑い声をあげるのは、アレキサンドライト王国の第二の星、アーサー=アーク=アレキサンドライトだった。
私はこの王子と今、酒場に来ていた。
ーー何故?
私は理解できない状況に、目を泳がせることしかできずにいる。
アーサー殿下が私に出した条件は二つ。
一つは、『アーク様』と呼ぶこと。
もう一つは、酒場に付き合うことだった。
「リアちゃん、こういう場にくるの初めて?」
「初めて、です」
酒場は賑やかだった。
日が落ちつつある時間だからか、人は少なめだけれど、楽しそうに人々が談笑していた。お酒の匂いは嗅ぎなれた消毒液とは違う、柔らかいものだった。
「初めてなんだ。そうなんだ、へぇ?」
どこか含みのある目線に、私の心臓はバクバクと音を立てる。
「あいつとは、外食しないの? 侯爵って言ったって、魔法学校の生徒だろ? 外で買い食いとかする貴族も多いよ?」
「魔法学校の時は、私、ほとんど研究室にいて……」
「ああ、なるほどね。あいつが、執事みたいに後輩の世話をしてるって噂になってたもんね」
噂に、なっていた。
私はそのことを知らなかった。先輩に不名誉なことをさせてしまっていたと、考えたこともなかった。
「その顔じゃ、知らなかったみたいだね。人付き合いも苦手なんだって? 研究室じゃ、才能にあかせて好き勝手してたんだってね」
嫌な、言い方だ。でも、その通りだ。
私の胸に棘が刺さるみたいだった。
私には花に関して好きなだけ出せる魔法がある。その魔法を使って薬草を用意する代わりに、研究室を一つもらっていた。
流行病の特効薬の研究だって、偶然、私が一番早かっただけだ。他の人にだってできたこと。
「好き勝手、していたことは、認めます。でも、私は、それを、間違っているとは、思いません」
自分勝手なことは認める。それでも、私は研究のことでは誰にも負けない。
「私は、私の研究を守るために、最善を尽くすと決めています。そのための陰口も、嫌がらせも、受けて立ち、ます」
「それがあいつを苦しめることになってもかい?」
「それ、は……」
私の我儘で先輩が苦しむのは嫌だ。そんなの絶対許せない。先輩には恩をもらってばかりなのに、返せないうちから苦しめるなんてしたくない。
でも、先輩なら、私が苦しい時、きっと一緒に苦しんでくれる。だから、私は、そんな先輩だから、何かを返したいと思うし、好きなんだ。
「先輩は、私の我儘を聞いてくれるって、言いました。私は、今は、返せるものが、何もないけれど、いつか、もらった分以上を返します。だから、苦しめても、私が出来ることを、します」
何も出来なくても、先輩が喜んでくれる私になろう。それが、先輩のことを好きな私に出来る精一杯のことだと思うから。
「ありがとう、ございます」
「僕、お礼を言われるようなことを言ったつもりはないけど?」
「アーク様のお言葉で、私が、したいこと、はっきりわかりました。だから、ありがとう、ございます、です」
アーサー殿下はうげぇ、と言うと心底嫌そうに顔を顰めて、酒を煽って、そのグラスを机に叩きつけた。
「いじめてやろうと思ったのに、つまんないの!」
「いじめ……!? つまんない……!?」
私はその言葉に驚いて目を丸くした。それ以上、何も言えなくて口をぱくぱくとする。
「ああ、僕って性格悪いんだよね?」
えっ、と思わず聞き返していた。
「性格悪くないとこんなことしないでしょ、わかる?」
「わかり、ません」
「何で? 君、頭いいんでしょ?」
「だって、貴方は、嘘を、ついているから」
アーサー殿下はその綺麗な瞳を大きく開いて「は?」と聞き返してきた。
「嘘をついている人の顔、私にはわかります。私、何度も、嘘をつく人の顔を見てきましたから。それに、貴方は、ずっと、私に敵意、むけていました」
「そりゃあ、君のことが気に入らないからね」
「アーク様が、先輩と、仲がいいから、ですよね」
先輩とアーサー殿下の仲の良さは、傍目から見ても相当なものだと思う。正直、ちょっとばかり、いや、かなり、羨ましいと思うくらいには。
だから、多分、アーサー殿下は、私が先輩の評判を落としていることが気に入らないのだろう。
でも、申し訳ないけれど、私もずるいと思うけれど、先輩から離れることなんて私には出来ない。
「私、一年、先輩と離れて、わかったんです」
私は目を閉じて、先輩と会わなかった一年を思い返す。
「ずっと寂しかった、です」
我慢しようと思っていた。私じゃあ、釣り合わないから。
「届くのなら、欲しいわけだ?」
「はい」
私は何も迷わず肯定した。
「その不相応が、アーク様は気に入らないのですか」
「違うよ」
アーサー殿下は少し寂しそうに目を細めた。
「俺はこんなに好きなのに、相手が見てくれないってのは、ちょっと寂しいだろ? 嫉妬だよ、嫉妬。僕の友達に愛されてる君が羨ましいんだよ。だから、いじめてやろうと思ったのにさぁ。君ってば、結構強かなんだね」
私は、にっこり笑って言う。
「先輩が、私にはついていますから」
「あーあ! もう! いい! 店主! 酒持ってきて! ほら! 君も飲む飲む!」
「え、っと、いただきます?」
私はお酒を飲んでみる。苦味の後に来るアルコールらしき味に、目が輝く。
「美味しいです!」
「そりゃね、我が国の酒は最高だから! あいつは今日は父さんに捕まって帰って来れないだろうし、浴びるほど飲もうよ」
「アーク様、それは流石に……」
「いいの! それに、俺が飲んだら、口が軽くなるかもしれないよ? あいつの学生時代の話とかさ!」
それはかなり聞きたい。
私はグラスをぐっと握って、両手で酒を飲み干した。
「まだ、飲めます!」




