第10話〜後輩、初宝飾品店へ行く〜
「それでは、いってらっしゃいませ」
「はい、行ってまいります」
私の王都デビュー一日目、だ。
私はメイド達に見送られて、馬車に乗った。
国王陛下のご挨拶をする際に身に付けるジュエリーを買いに行くための外出だった。
本当なら先輩が一緒に行ってくれるはずだったのだが、アーサー殿下に呼び出されて王城に行かなければいけなくなったらしい。
先輩は心底本当に嫌そうな表情で、舌打ちとため息も追加して「一人で行けますか?」と朝食の際に私に尋ねてきた。
私は迷惑をかけたくないし、ちゃんとドレスも合わせたときに装飾品を見せて、可愛いって言って欲しくて、笑顔で「大丈夫です」と答えた。
そうすると何故か先輩は、目線だけで人を殺せそうなほど険しい顔で「……わかり、ました」と頷いた。
「何か、まずいことを、言ったかな……」
言ったかもしれない。先輩があんなに怖い顔をするところなんて見たことがない。
私がもじもじしている間に、馬車は宝飾品店の前に辿り着き、私は店の中へとエスコートされた。
「いらっしゃいませ、宵花の魔術師、アルメリア様」
オーナーと思しき女性が深々と頭を下げたから、私もそれに倣ってスカートを摘んで一礼する。
「本日は、よろしくお願いいたします」
「まぁ、そのような……。お顔をあげてくださいませ。アルメリア様は、あたくしにとって、命の恩人ですのよ」
「命の、恩人……!?」
そんな大層なものになった記憶はない。
私なんて研究室で薬草と向き合っているだけの人間だ。
「あたくしの息子が、先の流行病に感染しておりまして。アルメリア様が薬の開発をしてくださらなければ、今頃息子は……考えるだけでも、おそろいしいですわ」
「そ、それは、私だけの成果ではありませんから」
「何をおっしゃるのですか! アルメリア様の魔術がなければ、大量生産が出来なかったのです! まぁ! あたくしったら、大変、お座りになって、どうぞ!」
オーナーは慌てた様子で、ソファに座るよう勧める。私はそれに気圧されて素直にソファに座った。
「ガヴァーディル侯爵から、アルメリア様のお好きなものをお好きなだけ、と仰せつかっておりますの。どれでも好きなものをお持ちになってくださいな。勿論、オーダーメイドで最も良い職人を手配させていただきますわ!」
オーナーが手を叩くと次々に宝石が私の前に並べられた。
アレキサンドライト王国は宝石の産出国でもあり、街に宝石の名前がつくほど様々な宝石が産出される。故に、宝石の質も種類も最高峰と言えるだろう。
私はそんな高いもの身につけたことはないけれど!
見せられた宝石はどれも大きくて、光り輝いていた。どれを選んでいいかわからないほどに。
「やっぱり、先輩と、来ればよかった」
「まぁまぁ! 侯爵閣下と本当に良い仲でいらっしゃるのね!」
「そんな! 先輩は私のことを気にかけてくださっているだけで、そういう関係ではありません」
私はあわあわとしながらも否定する。
「良い仲だなんて、先輩に失礼です!」
「あら? お噂とは違うのですね」
「噂、ですか……?」
「ええ、侯爵閣下は……ふふ、この話はご本人から聞かれたほうがよろしいですわね」
何の話だろう?
私は小首を傾げた。
それよりも今は、宝石を選ばなければいけない。
ネックレスとイヤリング、ブレスレット、リング。この四つの宝飾品があれば、国王陛下に失礼がない、はず。
「アルメリア様は、どのような宝石がお好きですか?」
「え……考えたことも、なかった、です」
「でしたら、お好きな色や物はございませんか?」
私はそう言われて目を瞬かせた。
私の好きな色。
それはーー先輩の瞳の色だ。
「深い、緑色。それから、鷲が好きです。私の名前、アーネットが鷲だから」
「緑でしたら、こちらのお色はいかがでしょう」
オーナーはいくつかの宝石をピックアップして、私の前に並べてくれた。
「このお色でしたら、どのようなドレスにもきっとお似合いになられますよ」
「でも、私が身につけたら、変、じゃないでしょうか」
「まさか。アルメリア様の赤いお髪に、よく映えます。式典のローブは白をお召しになるのが伝統ですから、とてもお似合いになると思いますわ」
そこで、私は、ハッとした。
「髪飾り用の、宝石も必要です」
「ええ、お申しつかっておりますわ」
先輩に先回りされていたらしい。私の方が女性なのに、何だか悔しい。
「宝石は緑系統で、お願い、します」
「では、店中の物をお持ちいたしますわ!」
「そこまではいいです!!」
「いいえ、させてくださいまし! あたくしにできる恩返しなんて、そう多くありませんもの!」
オーナーは慌ただしくも上品に駆けていくと、店員達に次々と指示を出している。
「少々お待ちくださいまし!」と言って、ウィンクをすると、バックヤードに入っていってしまった。あれは時間がかかりそうだ、と私は苦笑していると、店員の一人が紅茶を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
「いえ、わたくしからもお礼を申し上げさせてください。父と弟を救ってくださり、本当に感謝の言葉もありません」
「そ、そんな……えっと」
こういう時、何ていうのが正解なんだろう。先輩ならきっとーー
「貴方の、力になれたのなら、それだけで嬉しいのです」
「ありがとうございます……! 宵花の魔術師様……!」
店員は感動した様子で、オーナーと同じ動きでバックヤードに入っていった。オーナーの手伝いをするらしい。
私は淹れてもらった紅茶を飲んで、ほっと一息ついた。
やっぱり、先輩の家で作っている紅茶が何よりも美味しいのだ。
オーナーが慌てた様子で戻ってきて、私の前に一つの宝石を置いた。
「アルメリア様! こちらはいかがでしょう! 当店随一のエメラルドでございます!」
それはとても大きく、とても澄んだエメラルドだった。
まるで先輩の瞳をそのまま宝石にしたようだ。
欲しい。でも、これ、値が張るんじゃ……。
「これが欲しいのかい?」
その時、私の横から声がした。
慌てて横を見るとそこには、何故かアーサー殿下がいた。
「で、でん、でん」
殿下、と言いかけて、アーサー殿下は私の口を自分の掌で塞いだ。片手でじーっとジェスチャーするので、私はこくこくと頷く。
「こんなにいい宝石を隠し持ってたなんて、悪いオーナーだなぁ」
「あら、アーク様。そちらは、あたくしのコレクションですもの。売り物ではございませんわ」
どうやらオーナーは、アーサー殿下が店の中にいたことを知っていたらしい。この王子、護衛もつけずに出歩きすぎじゃないだろうか。
「ね、アルメリアちゃん。宝飾品選び、手伝ってあげようか」
「え、本当ですか!」
良いものばかり見ているはずの殿下なら、それはもう良い助言をもらえるはず。私は嬉しくて笑みを浮かべていた。
「……なるほど、あいつはこの笑顔をいつも見ているわけか。これは可愛がりたくなるね」
「あの……?」
「条件を二つ、飲んでくれたらね。どうする?」
私は躊躇ったが、頷いた。失敗しないため、力を借りなければならないのだ。
何より、どうせ着飾るのなら、先輩に可愛いと思って欲しい。
「条件を飲みます!」




