一つの心、ただ一つの名前のために
はじめまして。
この物語は、喪失と記憶、そして一度だけ心を照らした小さな光について描いた作品です。 最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
天空の神域は柔らかな光に包まれ、黄金色の雲が静かにたゆたっていた。威厳を帯びながらも穏やかな声が、天上の宮殿の隅々まで響き渡る。
「アウレリス……こちらへ来なさい。」
ためらうことなく、アウレリスは長く続く水晶の回廊を素早く進み、王国の大広間へと向かった。その足取りは軽やかでありながら確かだった。偉大なる女神の前に辿り着くと、彼はすぐに敬意を込めて深く頭を下げた。
「いかがなさいましたか、陛下。なぜ私をお呼びになったのですか?」そう問いかけながら、胸の鼓動が高鳴っているのを感じつつも、声の調子は冷静に保っていた。
アテナ――女神たちの長にして天上界の支配者――は、光を戴く段の上に優雅に立っていた。その眼差しは柔らかくも、確かな強さを宿している。
「女神たちの長であり、この上界を守護する者として」アテナはそう告げ、「あなたに託したい重要な使命があるのです。」
「使命?」アウレリスは顔を上げ、好奇心に満ちた視線で女神を見つめた。
アテナが手を掲げると、空中にきらめく魔力の渦が現れ、一人の少年の姿を形作った。物憂げな表情を浮かべ、瞳の奥に深い傷を秘めたような少年だった。
それを見た瞬間、アウレリスの目が見開かれる。
あ、あいつ……? そんなはずは……!彼は衝撃を受け、心の中でそう呟いた。
アテナは目を細め、アウレリスの表情の変化を注意深く見つめた。「どうしたの? 驚いた顔をしているわね。知っているの?」
「ち、違います、陛下」 アウレリスは声の震えを抑えながら、素早く答えた。
「知りません。」
アテナはその嘘をそれ以上追及しなかった。代わりに、厳粛な口調で説明を続ける。
「彼の名はアーロン・ダリオ・ガーフィールド。黒き血の所有者よ。最も純粋で強大な魔力の源――それは悪魔たち、そして闇の女王が最も狙う存在。」
アウレリスは息を呑んだ。
「あなたに与える使命は」 アテナは言葉を継いだ。「闇の女王の追撃からアーロンを守り、保護すること。近いうちに満月が訪れる。それが最も危険な時よ。闇の女王は彼を殺し、その血を奪って自らの力を強化しようとするでしょう。彼の魂は今、危機にさらされている。」
アウレリスはしばし沈黙した。やがて、低い声で口を開く。「ですが……なぜ私なのですか、陛下? もっと経験豊富な女神たちがいるはずです。」
アテナは優しく微笑んだ。「あなたを選んだのは、あなたを信じているからよ、アウレリス。あなたの力を。可能性を。そして何より、その心を。あなたなら、この使命を背負えると確信しているわ。」
アウレリスは黙って俯いた。そして、かすれるような声で問いかけた。「でも……本当に、私にやり遂げられるのでしょうか?」
「あなたなら必ずできる、アウレリス」
アテナは迷いなく答えた。「これはあなたの初めての使命よ。期限は五か月。その時間を最大限に使いなさい。そして彼を守るの。任務としてだけではなく……あなた自身の心の選択として。」
アウレリスはしばし沈黙し、やがて大きく息を吸った。「……分かりました。できる限り、全力を尽くします。」
彼は深く頭を下げると、踵を返し、大広間を後にして出口へと歩き出した。背筋は真っ直ぐだったが、その胸の内では……嵐が静かに渦巻き始めていた。
アーロン……なぜ君が……なぜ、君が狙われる存在なんだ?
アテナはその場に立ったまま、去っていくアウレリスの背を見つめ、思考を静かに巡らせていた。
もう何年も、私はあなたを育ててきた、我が子よ。今のあなたは、もう十分に成長した。あなたがどこまで成長したのか、それを見てみたい……だからこそ、この使命を与えたの。あなたが、再び彼と出会えるように。
『月光のタヌクリテー』
パン屋の扉の上に付いた小さな鈴が、誰かが足を踏み入れた瞬間、かすかに鳴った。冷たい朝の空気が、黒いジャケットを着た一人の少年とともに店内へと流れ込む。彼の名はアーロン。
言葉を発することもなく、彼は静かに、さまざまなパンが並ぶ長い棚へと歩いていった。
そしてその手は、形も香りもすでに覚えている一つのものへと迷いなく伸びる。
それは温かいクロワッサン――彼のお気に入りであり……かつて知っていた、誰かのものでもあった。
レジカウンターの向こうから、中年の女性が穏やかに声をかけた。
「おはよう、アーロン。学校に行くの?」
「……うん。」その声は小さく、感情のないものだった。
レジの女性はかすかに微笑む。「朝から冷えるわね。昔は、ちゃんと笑ってたのに。」
アーロンは淡々と答えた。「それは昔の話だ。今は違う。」
彼はレジへ歩み寄り、クロワッサンをカウンターの上に置く。片手をジャケットのポケットに差し込み、金を取り出すと、余計な言葉もなく差し出した。
レジの女性は、さらに声を柔らかくして続けた。「ねえ、アーロン。あの子はもう戻ってこないわ。そろそろ受け入れなきゃ。世の中には、まだたくさんの女の子がいるのよ。あなたはまだ若いんだから。」
アーロンはついに口を開いたが、その声はほとんど囁きのようだった。
「この世界に、グロリアみたいな人はいない。誰一人として。そして俺は、決して彼女を忘れない……永遠に。彼女が俺の心の中で生きている限り、俺が誰かを好きになることはない。」
返事を待つこともなく、アーロンは踵を返して店を出た。扉の鈴が、先ほどよりも静かに、もう一度鳴る。
レジの女性は、その後ろ姿を見送りながら、静かに首を横に振った。
「最近じゃ、あそこまで一途な若者も珍しいわね……」
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アーロンは自分の席に静かに座り、頬杖をついていた。視線は窓の外へと彷徨い、教室は次第に賑やかさを増していく。そのとき、軽やかな足取りと元気な笑顔を浮かべた一人の少年が、彼のもとへ近づいてきた。
「よう、アーロン! めちゃくちゃ重要な情報があるんだ!」そう叫ぶように言った。
アーロンは気だるそうに眉を上げる。「情報? それともゴシップ?」
「ちょ、ちょっと待てよ、兄弟……そんな言い方するなって」ケンゼルは降参するように両手を上げた。「これはマジな情報なんだ。今日、うちのクラスに転校生が来るらしいぜ。確か……女の子だったはず。しかも、噂じゃかなり可愛いらしい。」
「それで?」
「……いや、それだけしか知らないんだけどさ」ケンゼルは少しがっかりした様子で答えた。
「ふーん。」
ケンゼルは目をぐるりと回す。「反応それだけ? 普通さ、『おお』とか『マジで』とかあるだろ……」
「なんで? 転校生なんて珍しくもない。女でも男でも、俺には関係ない。」
ケンゼルはしばらく彼を見つめた後、まるで風に吹かれた枯れ葉のような表情で席に腰を下ろした。
ここまで冷たい友達っているか?まるで俺は、ただ通り過ぎる風みたいじゃないか。
チャイムが鳴り響く。騒がしかった教室は、教師が入ってくると同時に静まり返った。
「おはよう、みんな」教師は教卓の前に立ちながら言った。「今日は新しい仲間が来ている。みんな、温かく迎えてあげてほしい。では、入ってきなさい。」
クラス中の視線が、一斉に扉の方へ向けられた。
一人の女子生徒が教室に入ってきた。長い髪は整えられ、瞳は小さな微笑みを浮かべながら教室を見渡す。
「みなさん、こんにちは」彼女は明るく言った。「シオリア・クインザ・カシュヴィです。普段はヨヨって呼ばれてます。でも……ちょっと変に聞こえるかもしれないので、シオリアって呼んでください。よろしくお願いします!」
何人かの生徒が、まばらながら声を揃える。「よろしくー。」
教師はアーロンの隣にある空席を指さした。
「では、シオリア。アーロンの隣に座りなさい。」
シオリアは少し照れたように微笑む。「はい、先生。」
なんで……よりによってアーロンなのよ?
一方その頃、アーロンは驚いた表情で振り向いた。
「先生……どうして俺なんですか? 女子側にも空いてる席はあります。」
教師は眉を上げた。「口答えするな、アーロン。第一、彼女はただの生徒だ。怖いアストラルな存在でもない。」
「でも、先生——」
「もういい、アーロン。黙りなさい。授業を始める。」
アーロンは小さくため息をつき、黙ることを選んだ。
チッ。最悪だ。
ほどなくして、シオリアがやって来て、彼の隣に腰を下ろした。彼女は少し迷うように、アーロンをちらりと見る。
「ね、ねえ……私に怒ってる?」
アーロンは視線を逸らしたまま、机に頭を預ける。まるで関心などないかのように。
「……分かった。もし私がここに座るのが嫌なら……他の席に移るよ。」
「いいや」アーロンは小さく答えた。「そのままでいい。ただ……頼むから、静かにしてくれ。おしゃべりな人は嫌いなんだ。」
シオリアはかすかに微笑んだ。「了解。安心して。」
アーロン……あなたは、本当に変わってしまった。
彼女は、そう心の中で思った。
休み時間のベルが高らかに鳴り、校舎中の廊下に響き渡った。数秒のうちに、椅子を引く音や外へ急ぐ足音が重なり、教室は一気に騒がしくなる。アーロンはすぐに席を立ち、振り返ることもなく教室を後にした。
その背後で、シオリアは一瞬ためらい、後を追おうとした。だが立ち上がる前に、数人の女子生徒が突然彼女のもとへ近づいてきた。
「ねえ! あなたがシオリアでしょ?」そのうちの一人が、好奇心に満ちた愛想のいい笑顔で声をかける。
「あ、うん……そうだよ」シオリアは丁寧に答えた。
「どこから転校してきたの?」別の女子生徒がそう尋ねながら、椅子を引いて彼女の前に座った。
「市外からだよ」シオリアは小さく微笑んで答える。「昨日の夜、ここに引っ越してきたばかりなの。」
「めっちゃ可愛いじゃん! 本当だよ。雑誌のモデルみたい!」
「え? わ、私? そんなことないよ、普通だよ」シオリアは小さく笑いながら言った。
「彼氏いるの?」そのうちの一人が、からかうように小声で囁く。
「いないよ。」シオリアは一人一人に穏やかな視線を向けながら答えたが、その瞳はふと教室の扉の方へ向けられる。そこにはもう、アーロンの姿はなかった。
「ねえ、アーロンの隣に座ってみてどうだった?」一人が声を潜めて言った。
「すごく冷たいって噂だよね。誰とも話さないらしいし。」
シオリアは笑みをこらえた。「確かに冷たいけど……怖くはないよ。」
「へえ、すごいじゃん。よくあそこに座っていられるね。」
シオリアはゆっくりと立ち上がった。「じゃあ、私は先に失礼するね。食堂に行ってくる。」
彼女は椅子から静かに立ち上がる。その動きはとても柔らかく、まるで誰の邪魔にもならないよう、一歩一歩を大切にしているかのようだった。そして、それ以上何も言わずに、彼女は教室を後にした。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。 この物語の始まりを、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




