2-3 初仕事
「華々しい冒険者としての初仕事が薬草の採取、ねえ……」
フェイリックス国門の外、広大な平原で指定された薬草の探索中に同行するエルミラが一人ごちる。
門を通過するのにも身分の証明が必要で、ギルド証を提示すると掌に収まる大きさの木製の板を配布された。これが一時通行手形なるもので、国内へ戻る際にはこの両方が再度必要になるとのこと。息苦しく堅苦しい世の中になったものだ。
「これだって立派な仕事だろう。俺は文無しだし、等級だって駆け出しだ。危険な内容より手堅いものを選んだだけだよ」
……自分で言っておいて少し悲しくなった。だが甲斐性なしの駆け出し冒険者であることに変わりはない。
冒険者には等級がある。下から鉄級、銅級、銀級、金級、世界級の計五階級。
依頼には等級が指定されたものがあり、それ未満の者には受注が認められない。これは危険の度合や依頼の達成見込みを懸念して鑑みられた仕組みであり、当然、指定等級が高いほどに内容は過酷であり、その分報酬も大きい。無茶や無謀を押し付けて無駄死にをさせない為でもあるが、第一はギルドの信用損失を防ぐ目的というのが詰まる所だろう。
昇級には試験を受けて合格するか、武功や実績を立て冒険者ギルド側から経緯を認められた場合に可能となる。俺はただ身分の証明になるものと当面の食い扶持があればいいだけであり、野心や意欲はないので関係のない話である。
エルミラは変わらず不服そうだ。俺としては冒険者ギルドが活発で繁盛している現状が未だに不思議でならない。
「寧ろ、どうして付いて来たんだ?君の言う通り、薬草の採取なんてありふれて見栄えのない作業のような仕事で面白味なんてないぞ」
組合所を出て依頼を受けた事を伝えてからも、エルミラは俺の傍から離れようとしなかった。
「あら、今朝まで……いいえ、今朝もあんなにも熱烈に愛してくれたのに、冷たいわね」
豪快に咽こんでしまった。今日に関しては君から誘ってきたんじゃないか。俺も自制出来ていなかったし、事実だから言い返せないが。
薬草探しを始めて一時間ほどが経過した。今回指定された薬草は三種。内、二種は必要数を満たす程度には集まってきたが、一種だけこの辺りには自生していないようだ。
周囲を見渡すと、やや離れた所に天然林と思しき木々の密集地があった。森林区域であればもっと薬草があるかもしれない。
エルミラにあの森へ向かう旨を話すと、当然のように彼女も付いて来る事になった。
◆◇◆◇◆◇◆
間伐もされていない手付かずの森林。
というのも、フェイリックスの領土内には木材生産の為の人工林をいくつか管理しており、態々少し距離のある辺鄙なこの場所まで伐木の意図で訪れる者はいないらしい。加えて、嘗てこの森林にはダンジョン化した洞窟があり、この周辺にも多くの魔獣が生息していた為、冒険者や腕に覚えのある者や命知らず以外は立ち入らなかったとか。そのダンジョンも形骸化し、今は入り口が崩落して塞がっていて魔獣の数も危険度も減少して高が知れているという。全部道中でエルミラから聞いた話だ。
だとしても魔獣が出現するならエルミラだけでも引き返した方がいいと言ったが、彼女はそれを拒否。
「私はこう見えて魔法の扱いには長けているから。貴方を守ることくらいは容易よ」
エルミラはそう言うと人差し指に小さく火を灯し、息でそれを吹き消す。頼もしい限りだが、同時に自身が情けなくもなる。
魔法とは魔素という原子を別の原子に返還させる術だ。行使には魔力の他に魔術式が必要である。
この世界は魔素が溢れている。ヒトをはじめとする全ての生命体にも魔素は必要不可欠なものであり、多かれ少なかれ魔力を保有している。だが全てのヒトが魔法を扱うことが出来る訳ではない。エルミラのような尖耳族は生まれ持って保有魔力に恵まれ、術式と才能があれば魔法を使用することが出来るが、俺のような丸耳族は基礎魔力が少なく、知識があっても使用することは叶わない。この事が原因で丸耳族は無能者と誹られ迫害された過去がある。今は魔装具の発展に伴い、その立場は百八十度逆転してしまった訳だが。
ただ無いものを強請っても詮方ない。どうしてか俺は魔法術式をいくらか知っているようだが、丸耳族である時点でどう足掻いても自力で魔法使いになることは出来ないのだから。
右の掌を開き、術式を思い浮かべる。魔素を火へ変換。そう思うだけで魔法が使えるなんて羨ましい限りだ。
ぼう、っと。俺の右手に火が灯る。
……。
……?
火が出ている。
何処から?俺の手からだ。
如何して?術式を展開したからだろう。
え?俺、使えてますよ、魔法。
「あら、珍しい。貴方は丸耳族なのに魔法が使えるのね」
「ああ……俺自身戸惑っている」
エルミラが俺の手の上で揺れる炎を見て口に手を当てて驚いた素振りを見せる。相変わらず淡々とした話し方なのでそんな風には見えないが。
「もしかするとエニグマ持ちなのかもしれないわね」
エニグマ、か。確かにそれならば丸耳族が魔法を扱えることを説明出来るだろう。
例えば空を自由に飛び回る力。例えば水の中でも呼吸が出来る力。例えばヒト以外の動物と心を通わせ意思疎通が出来る力など。万能の利器と謳われる魔法でさえも今はまだ叶わぬ超常たる能力。その力を大いなる神秘、エニグマと呼称した。
エニグマは先天性の異能であり、後天的に賦与される事はあり得ない。発現確率は一万人に一人程度という。しかしその能力や効果は多岐に渡り、有能かどうか、それどころか大いなる神秘を授かっているかどうかの自覚なく生涯を終える者もいる。
ともあれ、魔法が使えるのならば、幾らか戦うことも可能だろう。魔獣が出てきてもエルミラに守ってもらうだけのお荷物にならずに済む。
異能の存在に気付けた事に少し感謝しつつも、自分自身が果たして何者だったのか更なる疑念を抱き、森林区域へと足を踏み入れる。
森林へ近づく度に強く感じる違和感と不快感の正体に、この時はまだ気づけぬまま。




