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2-2 冒険者ナナシ

 半日ぶりの冒険者組合所から退館する。この間、入館から僅か三十分弱。

 俺の手には発行されたばかりの鉄製のギルド証が握られている。携帯に便利なカードサイズで角の一か所に小さく穴が空けられ、首から掛けられるように紐が通されている。

 組合所でも何度も確認をしたが、念の為にもう一度ギルド証を凝視する。


 冒険者登録証明書

 名前:ナナシ

 等級:鉄級

 所属:フェイリックス


 この『ナナシ』とは誰なのか、と職員にも尋ねた。どうやら俺のことらしい。つまりこれは正真正銘俺のギルド証ということ。

 「良かったわね。これで依頼を受けられるわ」

 にこやかに笑って出迎えてくれるエルミラ。昨晩のような露出の多い薄着ではなく、頭からすっぽりと頭巾付きの外套で全身を覆い、対面して覗き込まない限りは鼻から上を視認できない。足元は相変わらずサンダルだが。

 「君は何をしたんだ?」

 エルミラは首を傾げて素知らぬ振りをする。一体何者なのだろうこの娘は。


 遡ること約一時間前。



 ◆◇◆◇◆◇◆



 身支度を整えてエルミラの部屋を出た頃には結局昼前になっていた。

 「少しだけ待っていてもらえるかしら」

 再び冒険者ギルドの組合所に到着しエルミラが俺に待機するように告げると、目深に頭巾を被り顔を隠したまま一人で建物の中へと入っていった。

 理由も聞けずに待つこと十分程度。戻ってきたエルミラは俺の背中を軽く押して今度は俺の入館を促し、戸惑いつつもそれに従う。

 組合所までの道すがら、どうやって話を切り出そうか、事情を真摯に説明すれば打開策が生まれるだろうかとかと考えていたが結果答えは纏まらず仕舞い。せめて昨日の女性職員とは別の人物に当たれば幾分か話しやすいかもしれない、などと思ってギルドの受付前に立つと、期待とは裏腹にそこには昨日と同じ女性の職員だった。

 ヒトとはマイナスの印象や出来事というのを記憶しやすい。あの時見せた職員の表情が俺の思い過ごしだったとしても、あれから一日も経過していない。俺の事を覚えているだろう。まあ、真面目そうな人ではあるし、話くらいは聞いてもらえるだろう。

 「いらっしゃいませ。ギルド証の発行の件ですね」

 「え?あ、はい。そうですけど……」

 前日と同じく朗らかな挨拶と会釈。こちらの勘案は杞憂だったと言わんばかりの応対と話の早さ。エルミラが何かを説明してくれたのだろうか。それにしてもこうスムーズな進展があるものだろうか。

 「お話はお伺い致しました。昨日は不躾な対応をしてしまい誠に申し訳ございません」

 深々としたお辞儀。別段そのことに対して腹を立ててなどはいないし、間違っているとも思っていない。それより俺は情報の整理が追い付かず首を横に振って害意がない意思表示をするしか出来なかった。

 「では、ナナシ様。ギルド証の発行の前にいくつかギルドについての説明とご署名をいただきたく存じます」

 今、何か聞き馴染みのない言葉が聞こえた。

 「……ナナシって?」

 名前か?誰の?

 「ナナシ様、でいらっしゃいますよね?そうお伺いしていたのですが……」

 不安そうな顔でおずおずと女性職員が尋ねる。

 「あ、ああ。そうです。俺の名前です」

 多分、エルミラが話をした際に名前を知らないでは支障が出ると察して適当に伝えてくれたのやもしれない。きっと。

 俺の言葉に職員が胸を撫で下ろすと、てきぱきと今度は何かの用紙を二枚差し出してきた。疑問を抱くより先に職員がギルド加入の為の誓約書と規約書だと説明する。


冒険者組合加入時誓約書


私(以下甲)は、冒険者組合(以下乙)に対して加入するにあたり、以下の事項の内容について誓約します。


・甲は、乙の定めた規則に遵守することを制約します。

・甲は、乙及び所属長からの指令がある場合、それに従い、他の組員と協力し精励することを誓約します。

・甲は、いかなる場合で発生した問題に対して、その全ての責任を甲が負い、乙がそれを保証しないことを理解し、これに誓約します。


 要するに、規律や指示には従ってもらうが、怪我や最悪死亡した場合も全ては自己責任ということ。

 もう一枚の書面には冒険者組合規約書と題が打たれており、依頼の発注と受注についてや請け負った依頼の失敗や放棄の際の罰則と違約金について書かれているようだ。こちらは目を通した限り自身の見解と相違ない。

 同意の旨を示す為、差し出された万年筆で書き慣れない見知らぬ名前の『ナナシ』と記入し職員に用紙を渡す。それにギルドの刻印と日付の入った判子を押印し回収すると、代わりに鉄製の小さな板のようなものをトレーに乗せて俺に提示する。

 「フェイリックス冒険者組合より発行したナナシ様のギルド証です。ご確認ください」

 それにはナナシという名前と等級と所属組合が刻印されている。冒険者である証明と同時に各所での身分の証明にもなるギルド証に他ならなかった。

 「もう出来たのか?」

 「はい」と女性職員が返事する。

先ほどから柔和で慇懃な対応だが、所々に畏怖というか何かに怯えているような雰囲気を感じる。エルミラ(あいつ)はもしかして有名な権力者かそれに類するものなのだろうか。預かり知らない事とはいえこの職員が少し不憫に思えてくる。

一先ず、ギルド証のお礼を伝え、単純で簡単そうな依頼をひとつ受注して俺はその場を去ることにした。

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