必ず負ける日
やってきました、クリスマス。
私達悪魔からすれば一年で最も惨めな敗北が約束されている日です。
「あーあ、来ちゃいましたよ。クリスマス……」
後輩悪魔の言葉に私は肩を竦める。
去年入ったばかりの新人の少年悪魔は一年で最も人間に勝ち目のない日のせいでうんざり顔だ。
この一ヶ月ずっと。
「先輩、僕ら悪魔にとって本当にこの日ってのは惨めですね」
「どうしてそう思うの?」
「言うまでもないじゃないですか。町にこんなに愛が溢れているんですよ? 人間たちは僕たちの誘惑なんて目もくれやしない……」
確かにその通りだ。
今日は一年で最も愛が語られる日。
普段は人間を誘惑するのに必死な悪魔も今日ばかりは負け戦であると分かりきっているからその誘惑もやる気がない。
「先輩はどうやってモチベーション保っているんですか?」
「うーん、上の人に絶対言わないって約束できる?」
私の問いに後輩は頷いた。
よし、この子ならきっと言いはしないだろう。
「それじゃ、教えてあげる。モチベーションの保ち方は……」
そう言いながら私は姿を変える。
悪魔の翼も角も尻尾もすっかりと隠して人間の姿へと。
完璧な変身を見ながら後輩は尋ねてくる。
「負け戦だって分かりきっているのにやるだけやるってことですか?」
「んーん、違うよ」
そう言って私は後輩の腕を取る。
ビクリと震えて顔を赤くする可愛らしい後輩に私は告げる。
「こういう時は開き直って人間になりきっちゃうの」
「えっ、いいんですか? それ……」
「さぁ? だけど、私は毎年こうしているわよ?」
くすりと笑ってみせると後輩は「うっ……」と息をのむ。
実際、今日は何をしても負け戦。
上の人もそれを分かっているからまともに仕事をしちゃいない。
ううん。
なんなら、私と同じように『人間になりきって楽しむ』なんて遊びを上の人ほどよくしているなんて、ベテラン悪魔からしたら常識だった。
「いいんですかね?」
後輩の問いは問いの形をしていたけれど、中身は全然問いじゃない。
むしろ、もう答えがわかりきっているものだ。
「私はクリスマスを楽しむ予定だけど、あなたはどうするの?」
だから、背を押してあげる。
先輩として。
「それなら……」
言葉と共に後輩は姿を変えた。
どこからどうみても人間の男の子に。
「お供します。先輩」
「それでよろしい」
私は微笑むと彼の腕を引いて駆け出した。
「それじゃ、いこっか」
クリスマス。
悪魔にとって一年で最も忌むべき一日。
それは同時に一年で最も開き直れる日でもあるのだ。
「人間の愛に満ちた街は中々に綺麗だから!」
自分が悪魔であることを忘れてしまうほど純粋な言葉を吐いて、私は後輩と2人で夜の街へ駆けていった。




