臆病少女は、全力でフラグから隠れる。
私の名前はフェルミンと言います。
現在13歳です。
孤児院出身で、二年前から王城で下級メイドをしています。
すいません、ごめんなさい!
私のことなんて、どうでもいいですよね!?
本当に、すいません!
でも仕方がないんです。
出るに出れない状況でして、ちょっと現実逃避したくなったんです。
どうか、説明させてください!
私は今、廃宮となった離宮の、何処かの部屋の窓の下に隠れています。
何故そんなところにいるのかと言いますと、今日の仕事が廃宮の掃除だったからです。
廃宮と言えど、王城の敷地内にある由緒正しき建物です。
なので下級メイドが持ち回りで、掃除をすることになっているんです。
今週は私の当番なので、掃除道具を持って意気揚々と掃除しにきました。
ちょうどその時は、とある部屋の窓を外から拭いているところでした。
誰もいないはずの部屋の扉が、ギーっと言う音を立てて、開いたんです。
私は怖くて、驚いて、腰を抜かしてしまいました。
不覚でした。
そんな時、部屋の中から、二人の男女の声が聞こえてきました。
てっきり、逢引きかな?と思った私は悪くないと思うんです。
けれど途中から、どんどん不穏な会話になってきて、これ聞いたら拙いやつ、と思いながらも動けずにいます。
今ここ!
「……で、となります。……」
「……やはり、そうか。……」
「如何いたしますか?」
「第一王子には、表舞台から降りていただこう。これを。毎日ひと匙、スープに入れるように。なに、徐々に蓄積してから効果が出る。毒味役には気づかれん。殿下付きのお前なら簡単だろう。」
「承知しました。我が真の主人のために、成功させてみます。」
「ああ、それでこそ……。」
カラン
「誰だ!?」
拙い…移動しようとしたら、箒を蹴飛ばしてしまいました。
何か、何か……
隠蔽と、……風!
ガラッ
ヒュー……ガタガタ
何とか間に合いました…。
隠蔽で私の姿を隠し、風で物が落ちたと思わせる方法。
バレなくて良かったです。
あんな危険な会話を聞いてたと知られたら、命がなかったでしょう。
私が隠蔽で隠れている間に、部屋の男女はいなくなったみたいです。
ホッと一安心。
けれど油断は禁物です。
もしかしたら、隠れている可能性もありますからね。
私みたいに!
なのでもうしばらく、動かないでいましょう。
そう言えば、隠蔽と風の説明がまだでしたね。
すいません!
私には魔法が使えるのです。
と言っても、ちょっと強めの生活魔法と、適正の闇魔法だけなんですけど。
生活魔法はみんなが使えるんです。
闇魔法が使えると知ったのは、5歳の時でした。
孤児院の男の子に虐められて、消えたい、隠れたいと願った時に闇魔法が発現しました。
闇魔法って、世間一般のイメージが悪いんです。
記憶操作とか、隠蔽とか、気配遮断とか…。
何処の闇組織の人間ですか、って言いたい魔法ばかり。
けれど私にとっては、神魔法と言えるべきものでした。
私は昔から人と接することが苦手でした。
歳を追うごとに酷くなって、人に見られるのが怖くなったんです。
理由は分かりません。
ただ、人に見られると、何を思われているのか気になって仕方がないのです。
闇魔法は、そんな私を人から認識されないようにしてくれました。
まさに神様からの贈り物です。
私に人前に立つ仕事はできません。
今の上司はそれに配慮してくれて、人の少ない場所の仕事を任せてくださっています。
とても素敵な上司です。
私は常時、この闇魔法で認識を薄くしています。
だからなのか、今日のような密会を度々目撃してしまうのです。
大抵の場合は、男女の秘密の恋なんですが、たまに今日のような不穏な密会に遭遇してしまうのです。
……って、呑気に説明している場合ではありませんでした!
早くこのことを知らせないと!
え、でも誰に知らせれば?
下手に知らせたら、その人の身に危険が及ぶのでは?
そ、それに、その人が反第一王子派だったら?
私自身も危ういかもしれません。
ああ……どうしましょう…。
「フェルミン、何唸っているの?」
「うひゃっ!」
ウンウン唸っていた私は、後ろから近づいて来る人に気が付きませんでした。
「マリリンさん、驚かさないでくださいよ…。」
「ごめんごめん、お昼だから一緒にどうかと思って。」
「行きます!ちょっと待っててください。」
私の同僚のマリリンさんから誘われ、お昼を一緒に摂ることになりました。
マリリンさんは、怖がりな私に唯一付き合ってくれる素敵な同僚です。
私は掃除道具を片付けると、マリリンさんと共に、下級使用人用の食堂に向かいました。
いつも食堂に行く時は、少し遅い時間に行きます。
混んでいる食堂は、精神的にくるものがありますので。
私は、マリリンさんといつしょに食堂のカウンターに並びました。
「廃宮の掃除はどう?」
「掃除すべきところがたくさんなので、大変ですが、静かでいいですよ。」
「あんたがいいなら、いいけどね。」
カウンターで食事をもらったら、空いている席に座ります。
遅い時間なので、探さなくてもすぐに席が見つかりました。
「そう言えばさ、最近お貴族様たちが騒がしいみたいよ。」
「どうしてですか?」
「王子方もいい歳じゃない?王太子が誰になるか、派閥争いがすごいらしいよ。私らは下級メイドだから関係ないけどさ、侍女たちは派閥争いでギスギスしてるみたい。」
「上級使用人である侍女さんは、ほとんどが貴族出身ですからね。上級使用人用の食堂は怖いですね。」
「ねー。ここは平民ばっかだから、派閥争い関係ないし、好き勝手噂してるだけだからね〜。」
マリリンさんは、何処からその話を入手してくるのでしょう?
とても耳が早くて広い人なのです。
私は人と関わることがほとんどないので、マリリンさんの情報は非常に助かっています。
食事の後はマリリンさんと食堂で分かれ、それぞれの仕事場に向かいます。
私は午前中と同じく、引き続き廃宮の掃除です。
廃宮は本当に静かで、私にとってはとてもいい環境です。
なのに、なのに……
どうして、今日はこんなにお客様が多いんですかーー!!
「明日から、第二王子の視察だよな。」
「ああ、準備は万端だ。厩番を一人抱き込んだ。早朝に馬に薬を盛る。視察先で、第二王子は不慮の事故に遭う。」
「第二王子が消えれば、王位は第一王子に間違いない。第四王子はまだ子どもだからな。」
遠ざかっていく声に、ホッと一息を吐きます。
私が部屋の中で掃除をしていた時、男性二人の声が部屋に近づいてきました。
咄嗟にドレッサーに隠れると、何とこの部屋に入ってきて密談を始めたのです。
本当に迷惑な話ですよね。
私のいないところどやってほしい。
し・か・も、また不穏な会話を聞いてしまいました。
彼らは明日、と言っていました。
もうあまり時間がありません。
決断しないといけません。
私は他人であろうと、人に危険を呼び込むのも自分が危険になるのも嫌です。
ならばどうするか。
決まっています。
私の闇魔法を最大限に活用して、すれ違いざまに危険を知らせる手紙を渡すのです。
私の闇魔法なら、朝飯前です。
問題は私の精神力。
王子に会う…人が多いところに行く…うっ。
いやいや、人の命がかかっています。
パッと行って、パッと帰ってくる。
手帳の紙を破って、それぞれに当てた手紙を書きます。
手紙とも思えないものですが、仕方ありません。
下級メイドに、新しい紙など支給されませんから。
「よーし。頑張れ、私!えいえい、おー!」
一人静かな廃宮で気合を入れ、励まし、王城に向かいました。
王城前から、隠蔽、認識阻害、消音をガチガチに重ね掛けします。
私はもう一度気合を入れ直し、王城に足を踏み入れました。
…それにしても王子たちは、何処にいるんでしょう?
いやいや、誰かがきっと王子について話をしているはず。
私は当てもなく、王城内を歩き回る羽目になったのです。
第二王子は、騎士の鍛錬場にいました。
よくここで訓練しているようです。
ポケットに入れる。
ポケットに入れる。
ポケットの入れる。
私は何度も唱えながら、そっとポケットに忍ばせることに成功しました。
「……?」
何かを察知したのか、第二王子が振り返りました。
けれど闇魔法を全開にしている私を、見つけることはない、はず。
大丈夫、大丈夫。
ドキドキと早鐘を打つ心臓を抑えて、大丈夫と言い聞かせます。
第二王子は何も気づかず、そのまま立ち去ってくれました。
……良かった。
後は、第一王子だけ。
何とか今日中に届けたい。
私は王城内を歩いて、歩いて、歩いて、夕食間際になってやっと、見つけることができました。
何処かに行った、帰りのようです。
だから、見かけなかったのですね。
よし、ポケットに入れる!
正面から歩いてくる王子。
けれど、視線は一切合わない。
すれ違いざま、ポケットに紙を押し込む。
私はそれを確認した後、早足で現場を離れました。
私の去った後、第一王子が足を止めて振り返ったことは、私は知りませんでした。
その場で違和感に気づき、紙を確認した第一王子が、獲物を狙う目で笑ったのも、私は何も知らず、今夜の安眠を貪ったのでした。
私は後々、人と関わってこなかったことを多大に後悔するのでした。
危険を知らせてくれる『闇の妖精』。
それが場内で密かな噂になっていたこと。
王子たちが秘密裏に『闇の妖精』を探していること。
私はそんなことなど何一つ知らず、今日も不穏な密会を、隠れて目撃しているのでした。




