信頼
場が凍る音がした。
「…何を言ってるのかな?」
冷ややかな目と言うのはこういう物なのだろう。
俺でもそうすると思う。
死の間際に両手を広げ、自分を守ろうとしてくれた男。その際には(よく聞こえなかったが)愛の告白らしきものをしてくれた男。
そんな男がケツを足蹴にしてくれと言っている。
何を言ってるのか本当に分からなかったのだろうが、こんな場面でも意味だけは分かったのだろう。
コイツはふざけているな、と。
不思議とゾワリとしなかった。
『違うんだマリア!本当に色々あって話してたら殺されちゃうから説明は省くけど、マリアが俺のケツを踏んでくれたら状況は絶対に変わる!』
迫真。
うつ伏せになりながら首だけマリアの方を向き叫ぶ。
カッコいいかって?そりゃ情けない姿よ。
もし友人がこんな事してたら指を指して笑っちゃうね。
しかしマリアは違うのだ。
この状況で、戸惑いながらも俺の声に耳を傾けてくれるのだ。そんな女性だから俺は惚れるのだ。
「ど、どう言う…」
そんな話をしている暇も惜しい。
なぜならバキバキに強化されたヨロヨロが、もう許さんとばかりにズシリズシリと一歩ずつ歩み寄ってきている。
コイツがいつ気まぐれで跳躍してくるか分からんが、もう時間はない。今回は常にギリギリの戦いをしている。
『マリア!俺を信じてくれ!』
「あ〜!もぅっ!」
何か動きを見せる俺たちを見て、何かする前に殺すと。そんな殺気を纏いながらヨロヨロが突っ込んできた。
先ほどのようなオシャレに穿つような飛行ではなく、泥臭くも怒りが見て取れる、足を使っての突貫。
効果音を付けるならドドドといったところか。
距離にして30メートル。4歩でこちらに爪が届く。
今度こそ最後の瞬間。
もうマリアは片足を上げ俺を踏みつける体勢に入っている。
修道服の裾からチラリと見える肌色が俺の劣情を煽り、かつて無いほどの期待をもたらす。
俺が悪さをして罰を受けるというのであれば敢えて踏まれよう。しかし今回は俺自身で申し入れたのだ。踏んでくれと。
(あと3歩)
単純な力勝負で対決したらまぁ俺が勝つであろう。
それほど華奢な身体をしている。
本来俺が踏まれるなんて事はない。
しかし踏まれた時の屈辱感たるや想像に難くないだろう。
(あと2歩)
だが<Mの黙示録>の謎はそこにあるとみた。
屈辱感、羞恥心こそ力の根源であると。
この天啓を受け取ったと同時に俺はマリアからアホと言われている。瞬間、ヨロヨロを吹っ飛ばすほどの力を得られた。
パートナーからの責めが鍵なのだ。
さぁ、マリア早く俺を踏んでおくれ…!
(あと1歩…!)
『あ、掛け声もよろしく。』
「…ッ!こんの…」
あ、ちょっと本気で怒ってる(笑
(あと…)
「馬鹿ーーーッ!!」




