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放課後のもう一人

作者: 春風

私の名前は橘 美緒、高校二年生。普通の女子高生だと思う。ただ、最近、どうにも奇妙なことが続いている。


それは、三週間前の放課後から始まった。


部活も終わって、私は教室に忘れ物を取りに戻った。誰もいないはずの教室に、誰かがいた。


それは私だった。


いや、似ているなんてもんじゃない。鏡を見ているみたいだった。机の前に立ち、こちらに背を向けていたその「私」は、まるで私の仕草をそのままコピーしているように見えた。


「……誰?」


声をかけた瞬間、「私」はゆっくりとこちらを振り返った。無表情で、目だけがぎらついていた。その顔は、私とまったく同じだった。


次の瞬間、教室のドアがバンと閉まり、私は気を失った。



気がついたら、保健室のベッドの上だった。先生は「廊下で倒れてたんだよ」と言った。自分でも何がなんだかわからなかった。


それから毎日、私は放課後になると、無意識のうちに教室に戻ってしまうようになった。そして、同じように「もう一人の私」がそこに立っている。


だんだん、彼女は私に近づいてきていた。


初めて会ったときは教室の前のほうにいた。でも今は、私の席のすぐ隣に立っている。しかも、私が話しかけても何も言わない。ただ、じっとこちらを見ている。鏡のように、けれど何かが違う。


私よりもずっと、暗い目をしていた。



友達の綾乃に相談してみた。


「それ、分身ってやつじゃない?」


「分身?」


「古くからの怪談であるんだよ。自分と同じ姿をした存在に出会うと、不幸が起きるとか、命を取られるとか」


冗談交じりに言った綾乃は笑っていたけど、私は笑えなかった。だって、日に日に「彼女」ははっきりと、実体を持ちはじめているように感じたから。


手を伸ばせば、触れることができそうなほどに。



一週間後。


「彼女」が喋った。


「返して」


その一言だけ。声は私と同じ。でも、響きがまるで違った。


「……何を?」


「全部」


「全部って……?」


「あなたの名前、あなたの友達、あなたの時間、あなたの席、あなたの毎日……私のだった」


怖くなって逃げ出そうとした私の腕を、「彼女」が掴んだ。冷たくて、でも確かにそこにある指。


「待って、話を聞かせて……!」


「もう、いらない。あなた、全部奪った」


次の瞬間、意識がブラックアウトした。



目が覚めると、私はベッドにいた。


でも、そこは保健室じゃなかった。


見慣れない天井。暗く、湿った空気。ベッドというより、床に寝かされていた。


辺りを見渡しても、どこかの物置のような場所だった。古びたロッカーや、積み上げられた椅子が散乱している。窓もなく、ドアも見当たらなかった。


スマホも持っていなかった。というか、制服が違っていた。どこか古い、黄ばんだセーラー服。……何かのコスプレ? いや、そんな軽い話じゃない。


「ここ……どこ?」


声に応える者はいない。


代わりに、スピーカーから誰かの声が聞こえた。


『橘 美緒さん、今日も欠席ですね。最近ずっと来てません』


それは、担任の先生の声だった。


『でも、席には毎日座ってるんですよ。不思議ですね』


まるで……「私」が、私の代わりに学校に通っているように聞こえた。


そして、笑い声が聞こえた。


それは間違いなく、私の声だった。



数日が過ぎた。日付の感覚はない。ただ、時々スピーカーから学校の放送が流れてくる。


綾乃の声も聞こえた。「美緒がいないの、まだ信じられないな。でも、今の美緒……ちょっと前より楽しそうかも」なんて言っていた。


「私」は、完全に私の生活に入り込んだらしい。


私の友達も、私の先生も、私のことを忘れたように、普通に接しているらしい。


じゃあ、私は——誰?



気が狂いそうになったその時、「彼女」が目の前に現れた。


汚れた鏡のような一枚のガラスの向こう側。制服は綺麗で、髪も整っていて、表情も穏やか。まるで本物の「私」みたいに。


「元気?」


彼女が笑った。


「ねぇ、わかったでしょ。私の気持ち」


「……あなたは、誰?」


「私よ。あなたの前の“私”。あの教室で、誰にも気づかれず、忘れられて、消えかけてた私」


彼女は淡々と語った。


「でも、あなたが来てくれた。あなたをここに閉じ込めたら、私があなたになれる」


「そんなの、おかしい……!」


「おかしくないよ。世の中って、そういうもの。気づかれなければ、いないも同然。だったら、気づかれるほうが勝ち。私が勝った。ただ、それだけ」


笑顔で言われたその言葉に、私はなにも返せなかった。



今でも、私はここにいる。


閉じ込められたまま、時間も止まったまま。


でも、スピーカーから聞こえる彼女の声が、少しずつ違ってきているのが分かる。


笑い方も、話し方も、私そっくりだったのが、最近はどこかおかしい。


綾乃が言った。「最近の美緒、ちょっと変わったよね」


……彼女は完璧じゃなかったんだ。


このまま、崩れていけばいい。


いずれ、誰かが気づくかもしれない。


彼女が「私」じゃないって。


そのとき、私は——。

オチは「主人公はすでに“すり替えられていた”」という事実と、その“すり替えた存在”が徐々にボロを出し始めている、という二重の意味を持たせています。

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