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6話

(案外、何も変わらないような気がする)

 そんなことを考えて、エラティーナは思わず笑みを浮かべる。

 出会った当初に着ていた古いローブはいつの間にか着なくなり、最近はもう、ただ散歩に出てきただけのような気楽な格好をして歩いている。

 見た目だけでは、とても魔導師に見えないくらいだ。

 そんなエラティーナは旅の剣士姿で、この二年で肌も少し焼け、とても貴族令嬢には見えないだろう。

 結局、父にも母にも、兄にも会えないまま出奔したが、もう戻るつもりはなかった。

 きっと向こうも、エラティーナのことなど忘れているだろう。

 エラティーナとの結婚を条件に、爵位を継ぐつもりだったセルディは困っているかもしれないが、彼だってエラティーナでなければならない理由はない。

 きっとあの家では、末娘の存在は最初からなかったことになっているだろう。

「どうした?」

 考え込んでいることに気が付いたナラールが、不思議そうに尋ねたが、エラティーナは首を横に振る。

「ううん、何でもない。そろそろ目的地に着くよ」

 受けた依頼は、いつものように魔物退治だ。

 山越えをする旅人達が、もう何人も襲われている。相当凶暴な魔物らしいと聞いて、エラティーナは油断なく気配を探った。

 そんな彼女の傍で、ナラールは気怠そうに呟く。

「……ああ、いるな。数は多くない。さっさと終わらせようか」

 魔物は、大型の蜥蜴のような姿をしている。

 こちらの気配を察するなり、魔物は襲いかかってきた。

 かなり好戦的な性質らしい。

 エラティーナは剣を抜き放ち、突撃してきた魔物を避けて、すれ違いざまにその首に剣を突き立てる。

「ひとりで大丈夫そうだな。よし、任せる」

「駄目よ。そっちをお願い」

 わざと魔物を避けて、ナラールに向かわせる。

 彼は面倒そうに、手を突き出した。

 詠唱も、魔力を高める必要さえなく、魔物はたちまち燃え尽きて灰になる。あまりにも高温で燃え尽きてしまったために、炎さえよく見えなかったほどだ。

(すごい……)

 相棒の魔法の凄まじさに、ひそかに感嘆する。

 そして彼の言うように、魔物の数は少数だったので、雨が降る前に依頼を終わらせることができた。

 冒険者ギルドに立ち寄って依頼完了の報告をしてから、宿に戻る。

(思ったよりも早く終わって、良かった)

 隣を歩くナラールを見つめながら、エラティは先ほどの戦闘を思い出していた。長期戦になることを覚悟していたはずなのに、実際は、まだ昼にもなっていない。

 やはり魔物退治の依頼に、相棒は不可欠だとあらためて思う。


「おかえりなさい。随分早かったのね。昼食、どうする?」

 そう出迎えてくれた宿屋の主人の娘に、部屋まで持ってきてくれるように頼むと、借りている部屋に戻った。

「ああ、やっぱり降ってきたな」

 荷物を置いてから窓の外を見ると、細かい霧のような雨が降っている。そう強い雨ではないが、ナラールはそれを見ると顔をしかめて毛布に潜り込む。

「ナラール、昼食はどうするの?」

「いらない。少し寝る」

 それだけ言うと、そのまま動かなくなる。

 エラティはしばらく降り続ける雨を見つめていたが、そのうち窓辺に座って剣の手入れを始めた。

(私は、雨は結構好きだけど……)

 静かな雨音に心が安らぐ。

 優しい音に耳を傾けながら、手を止めて目を閉じる。

 そうしているうちに、扉が叩かれた。

「昼食を持ってきたよ。はい、ふたり分」

「ああ、ありがとう」

 エラティーナはそれを受け取り、机の上に並べた。

 この辺りの名物らしい、鶏肉の香草焼きの良い香りが部屋中に広がる。焼きたてのパンにワインもついていて、宿泊代を考えるとかなり豪華だ。

「あの魔物のせいで山越えをする人がすごく少なくなって、困っていたの。ありがとう。夕食も期待していてね」

 満面の笑顔でそう言うと、宿屋の娘は去っていく。

 その背中に楽しみにしていると声をかけて、エラティーナは視線を毛布の塊に向けた。

「ナラール、本当に食べないのか?」

「……眠い」

 雨が降っているので、少し体調が優れないようだ。

「せっかく焼きたてを持ってきてくれたのに」

 でも、少しは食べたほうがいいと声を掛けてみたが、返事はなかった。こういうときの彼は、何を言っても無駄だとわかっている。

「いいよ。ひとりで食べるから」

 そう言って、良い匂いのする鶏肉を丁寧に切り分けていると、ふと視線を感じた。顔を上げると、いつのまにか起き上がっているナラールがじっとエラティの手元を見つめている。

「どうしたの? やっぱり食べる?」

「いや」

 探るような視線に、居心地が悪くなって声をかけると、ナラールは首を振って視線を反らした。

(本当にどうしたのかな? 変なナラール)

 エラティは首を傾げながらも、気を取り直して食事を続ける。

 言葉遣いや態度は以前とはまったく違うものになっていたとしても、生まれたときからの習慣はそう変えられるものではない。食事のマナーが、他の冒険者とは比べものにならないくらい洗練されていることに、エラティ自身はまったく気が付いていなかった。

 食事も終わり、剣の手入れもすませたエラティは、窓の外を見つめる。

 雨はまだ止むことなく降り続いていた。

(明日までに、止むかな?)

 依頼は果たしたものの、このまま降り続ければ出発も延期になってしまうだろう。

 もちろん緊急の依頼が入ったときなどは、雨の日でも強行するときがある。

 でもそれ以外は、雨の日は出発しない。相棒の体調が悪くなるとわかっているのに、無理に急ぐ必要はなかった。


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