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5話

 エラティーナの言葉を聞いて、彼は顔を上げた。

 普通ならば女剣士を見れば、少しは反応をするものだった。

 少なくとも、今までエラティが会った人達は例外なくそうだった。物珍しげに見る者もいれば、好色そうな視線を送る者もいる。中には心底厭わしそうに眉をしかめる者もいた。

 それなのにナラールの視線は、声を掛けてきた者を確認するだけの、あまりにも無関心なものだった。

 その無関心さは、言い換えれば男も女も区別しないということだ。

 それに魔物退治を引き受ける理由が、被害を拡大させないためである。

 この男ならば、信用できるかもしれない。

 ふいにエラティはそう思った。

 ただの直感で、根拠のあるものではなかったが、それは間違っていなかったと今は思う。

「私も相棒がいなくて、魔物退治を引き受けることができなくて困っていました。被害者を増やさないためにも、協力させてくれませんか?」

 そう言うと、彼はあっさりと頷いた。

「わかった。この依頼を引き受けるつもりだが、かまわないか?」

 依頼書を見れば、町の近くの森に出る、魔物退治の依頼だった。

「はい、もちろんです」

 エラティーナも気になって、何度も見ていた依頼だった。

 ギルドの職員もほっとした様子で、どうせ一緒に行くならパーティを組んだほうがいいとしきりに勧めていた。後から知ったことだが、単独で魔物退治の依頼ばかり選ぶ彼に、少し苦労していたようだ。

「私はエラティ。冒険者になったばかりの新米ですが、よろしくお願いします」

「ナラールだ。雨の日は動かないが、よろしく」

 そう言われて戸惑ったが、それが魔法の相性のせいだと知って納得した。

 見た目通り、炎の魔法を得意とする魔導師のようだった。

 彼は想像していたよりもずっと優れた魔導師で、かなり大型の魔物も、魔法だけであっさりと倒したりする。

 そして面倒見が良くて、世間知らずなエラティーナに色々と教えてくれた。

 ふたりでパーティを組むようになってから、魔物退治の依頼を次々と成功させ、それなりに名も知られるようになっていく。


 それから二年。

 この日もエラティーナは魔物退治の依頼を受けて、ある町に来ていた。

 山間にある町の朝は早い。

 まだ太陽が昇りきらないうちから農作業に精を出す町の者もいれば、日が暮れる前に山越えを済ませたい旅人達は、狭い道を足早に歩いて行く。

 森の中を通る道は、昨晩の嵐のせいで枯れ葉が積もっていて、誰かが通る度にかさかさと乾いた音を立てていた。

 秋も随分、深まってきたようだ。

 もうすぐ雪が降るかもしれないと、人々は挨拶のように口にしていた。

 そんな町にひとつだけある宿屋の二階で、エラティーナは窓から山の様子を眺めていた。

「風が冷たいから、もしかしたら、雨が降るかもしれない」

 そう呟いたあと、何かを決意したように頷くと、振り返って部屋の奥に声をかける。

「決めた。ナラール、朝のうちに出発しよう」

「……」

 返事はなかった。

 振り返ると、その視線の先には、ベッドの上に丸まった毛布がある。それがもぞもぞと動いているのを確認して、呆れたように溜息をついた。

「ナラール? そろそろ起きないと」

「……まだ、夜が明けたばかりだぞ」

 毛布の合間から、ひとりの男が顔を出す。

 鮮やかな緋色の髪は乱れ、琥珀色の目は今にも閉じてしまいそうだった。

「予定では、昼に出るはずだ」

「雨が降りそうだから。このままだと、雨の中を歩くことになってしまうかも」

「……わかった」

 ナラールはようやく起き上がると、目を覚ますかのように何度か頭を振る。

 宿を出て空を見上げると、灰色の雲が視界すべてを覆い尽くしている。今にも降り出しそうな、不安定な天気だった。

 それを見たエラティーナは、形の良い眉を顰める。

「本当に降りそうだ。少し、急ぐか」

「そうだね」

 同意してそう答える相棒のナラールは、炎の魔法を専門に使う魔導師だ。だからか、雨の日は体調まで優れなくなるらしい。

 だがそんな欠点を補って余りあるほど、彼の魔法の威力は凄まじい。あれほど強い魔法を使える者は、大陸にもそう何人もいないだろう。

 それでもパーティを組んだ直後は、こんなに気安い態度で接してはくれなかった。

 エラティーナは山道を歩きながら、昔のことを思い出す。

 最初はお互い干渉せず、依頼を受けても現地集合だった。

 それでも二年も一緒にいれば、さすがに少し打ち解けてくる。

 騎士を目指していたので、剣の腕は優れていても、伯爵令嬢だったエラティーナは、世間知らずだった。そんなエラティの有様に、あまり他人に関心がなさそうなナラールも、色々と世話を焼いてくれるようになっていた。

 こんなことも知らないなんて、世間知らず過ぎる。どこのお嬢様だ、と言われる度に、胸がどきりとした。

(私が嘘を言っていると知ったら、やっぱり怒る、よね……)

 本当の名はエラティーナで、もう二年も帰っていない実家は、広大な領地を所有している伯爵家だと言ったら、ナラールはどうするだろうか。


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