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3話

(ええと……)

 あまりにも 非常識なことを色々と言われて、頭の整理がつかない。

 エラティーナは心を落ち着けて、冷静に状況を判断する。

 マローナ侯爵は、セルディが爵位を継ぐ条件として、母方の親戚であり、リーン伯爵家の娘であるエラティーナとの婚約を命じた。

 セルディの放蕩は、王都から離れていたエラティーナも知っていたくらいだ。いくら侯爵家とはいえ、そんなセルディと娘を婚約させたい者は、おそらくいなかったのだろう。

 恋人は三人もいたようだが、身分的に釣り合わなかったのだと思われる。

 そこで、まだ婚約者もいないエラティーナが候補に上がった。

(私の知らない間に、迷惑な話だけれど……)

 しかも、セルディはそれを承知したようだ。

 エラティーナを嫌っているセルディがなぜ、そんな条件を受け入れたのか。それはエラティーナを形式だけの妻にして、結婚後も恋人たちと仲良く暮らすつもりだからだ。

 彼は、十七歳になっても婚約が決まらず、幼い頃にセルディと婚約したがっていたエラティーナだから、この婚約も喜んで承知したと勘違いをしている。

 だから、こんなことを言いにわざわざリーン伯爵家を訪れた。

(あり得ないわ)

 貴族に生まれた者として、いずれ結婚はしなければならないかもしれない。

 けれどエラティーナを形だけの妻にして、結婚後も恋人たちと暮らすつもりだなど、リーン伯爵家のことも侮っているようなものだ。

 こんな結婚など、絶対にするものか。

 そう思ったエラティーナは立ち上がる。

「随分と自分勝手な計画ですね。私は、あなたと結婚するつもりはありませんから」

「……何だと」

 まさか、エラティーナがそんな返答をするとは思わなかったのだろう。セルディの表情が、さらに険しくなる。

「そんなことを言って、気を惹こうとしても無駄だ」

「やめてください。あなたの気など、惹きたくもない」

 反射的にそう答えてしまい、さすがに言い過ぎかもしれないと口を閉ざす。

 案の定、セルディは激高して手を振り上げた。

 もちろん、騎士になるべくして鍛錬を積んだエラティーナに、そんなものは通用しない。

 最小限の動きで躱し、勢いあまって派手に転ぶセルディに、呆れたように言う。

「自分勝手な条件を突きつけ、それを断ると暴力を振るう。しかも、私がそれを望んでいると思い込むなんて」

 自惚れるのも、いい加減にしてほしい。

 冷たくそう言うと、部屋を出て行く。

 自分の部屋ではあるが、もう同じ場所に居たくなかった。

 扉を閉めた途端、怒声が聞こえてきたが、もちろん無視をして、庭に向かう。

 セルディが帰るまで、ここにいるつもりだった。

 それから、侯爵家の馬車が帰ったことを確認し、自分の部屋に戻る。

 帰り際、セルディが暴れたのか、茶器が割れていた。

(物に当たるなんて……)

 生前、伯父は剣だけではなく、騎士の心得も教えてくれた。

 それを心に刻み込んでいるエラティーナからしてみれば、セルディの言動はすべてがあり得ない。

 さすがに父も、今日のセルディの言動を聞けば、この婚約を考え直してくれるのではないか。

 ひそかに、そう期待していた。

 けれど、その夜。

 執事がエラティーナに伝えた父の伝言は、その僅かな期待を完全に打ち砕いた。

 セルディは壊れた茶器で怪我をしたようで、それに対して、エラティーナが謝罪すること。

 婚約は正式に決まり、マローナ侯爵側の希望で、できるだけ早く結婚式を執り行うこと。

 そして最後に、騎士辞退の申し出が正式に受理されたことが、伝えられた。

「……どうして」

 正式に受理されてしまえば、もう取り消すことはできない。

 エラティーナはもう二度と、騎士になれないのだ。

 絶望に蒼褪め、その場に座り込むエラティーナを一瞥すると、執事は立ち去っていく。

 もともとリーン伯爵である父は、家族への情が薄い人だった。

 父にとっては、妻であろうと子どもであろうと、その他の人間と同じである。

 一緒に暮らしていた幼い頃でさえ、家族が揃って食事をしたことは一度もない。

 母も最初は何とか家族の交流を深めようとしていたが、そのうちに諦め、社交界に自分の居場所求めるようになっていった。

 そんな父の傍にいる人間は、あの執事のように、情を持たない者ばかり。

 兄もまた、父と同じような人間である。

 これがもし普通の結婚ならば、エラティーナも受け入れたかもしれない。

 まだ貴族同士では、政略結婚が多い。

 エラティーナもリーン伯爵家の娘として、家の利益となる結婚をしなければならない。

 だが相手のセルディは、最初からエラティーナを妻として扱う気がなく、愛人となる女性が三人もいる。しかも跡継ぎでさえ、その三人の誰かに産ませるつもりである。

 エラティーナは、マローナ侯爵家を継ぐために娶るにすぎない。

 リーン伯爵家を侮っているとしか思えないが、父はそれでもエラティーナを嫁がせるつもりのようだ。

 つまり、家の利益となる結婚でもない。

 興味も関心もないが、結婚しない娘がいつまでも家にいては、体裁が悪い。

 そう思った父は、申し込みがあったことを幸いに、エラティーナの結婚を決めたのだ。


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