20話(最終話)
さすがに国王陛下に呼び出され、焦った様子の父。
懸命に言い訳をしている兄。
青ざめて硬直しているセルディ。
そしてマローナ侯爵は、ナラールとエラティーナ。そしてクラウスの様子を見て、何かを察した様子である。
「そちらのご令嬢に、愚息が横恋慕して騒ぎを大きくしてしまったようです。大変申し訳ございません」
「ち、父上?」
狡猾な彼は、即座に息子を切り捨てたようだ。
焦ったセルディは父に追い縋ろうとするが、マローナ侯爵はまったく相手にしない。
「とはいえ、息子の暴挙を防げなかったのは、私の責任でもあります。いかなる処分も甘んじてお受けいたします」
そう言って、深々と頭を下げる。
その切り返しの良さに、思わず唖然としてしまう。
「わかった。処分は後ほど言い渡す。下がってもよい」
クラウスがそう言うと、マローナ侯爵はほっとした様子でさっさと退出していく。残されたセルディは必死に父を呼んでいたが、振り返ることはなかった。
強力な味方だったはずのマローナ侯爵の撤退に、父も兄も、セルディに劣らず動揺した様子だった。
それでも誘拐された妹を助けようとしたのだと主張を変えない兄に、クラウスは冷たい声で言った。
「ナラールは私の異母弟。そしてふたりの結婚は、私が正式に認めたものだ」
そう言うと、奥から彼の側近が、結婚証明書を持ってきた。それは間違いなく、ふたりが記入したものである。
(何だか豪華な用紙だと思っていたら、そういうことだったのね)
国王陛下の署名入りの、証書である。
ナラールが王弟だったと聞かされて、父と兄は絶句していた。これ以上食い下がれば、今度は王族を傷付けた罪で裁かれる。それを悟ったのだろう。
兄は、家出した妹を無理に連れ戻そうとしたことを認め、父もそんな兄に兵士を派遣することを許可してしまったことを認めた。
たとえ罪を認めても、王家の直轄領に武装した兵士を送り込んでしまったことは、かなり大きな問題になる。
きっと厳しい処分になるだろう。
そうして、禄に領地運営をしていなかったこともあり、リーン伯爵家は領地没収となった。
貴族位はそのままだが、領地からの収入がなくなってしまうので、今までの生活を保つことは難しいだろう。
マローナ侯爵家では、問題を起こした息子を廃嫡し、今まで迷惑をかけた令嬢たちに、慰謝料の支払いを命じられたようだ。セルディが手を出していた令嬢たちはかなりの人数になるようで、さすがにマローナ侯爵家でも、かなりの痛手になるだろう。
エラティーナは、クラウスによって正式に騎士として任命された。
それも、王妃陛下を守る近衛騎士である。
初めて会った義姉は、とても美しく可憐な女性で、エラティーナを義妹として可愛がり、護衛騎士として頼りにしてくれた。
クラウスは父である前王が放置してしまっていた問題を、ひとつずつ解決しようとして動いている。
そのひとつに、平民を虐げる横暴な貴族が増えてしまっていることがある。エラティーナの父や兄も、その分類だった。
彼は、よく地方に視察に行くようになった。そんなときは必ず、ナラールが同行している。
エラティーナが騎士として義姉を守っているように、優れた魔導師であるナラールは、護衛にもなる。義姉も、安心して送り出すことができるようだ。
そしてクラウスとしても、妻の傍にエラティーナがいることで安心できると話してくれた。
そんなふたりが王城を離れるのは、魔物退治のときである。
地方で魔物による被害が出て、騎士団の派遣が間に合わないと判断されたときは、王命を受けたナラールとエラティーナがその場に急行することもある。
王弟が駆け付けてくれたことで、地方民も、王家は自分たちを見捨てていないと安堵するようだ。
だからこれからも、ナラールとふたりで魔物退治に行くことは多いだろう。
(やっていることは、昔とそんなに変わらないわね……)
王族として公務をするよりも、騎士として動くことの方が多い。
そうなるように、クラウスが配慮してくれたのかもしれない。だから、ふたりともあまり気負わずに、王城で生活することができていた。
ただ結婚式だけは、想像していたよりも遙かに盛大に執り行われることになってしまった。
ナラールの王弟としての披露の場でもあるので、仕方がないのかもしれない。
でも、結婚してから日数が経過していることもあり、少し気恥ずかしいような気がする。
今さらしなくても良いと告げたのだが、この件に関しては、ナラールもエラティーナの味方ではなかった。
でも身重の義姉が張り切って準備してくれたし、エラティーナも以前ほどドレスに嫌悪感を抱かなくなった。
これからも着る機会が増えるだろうし、騎士になるという夢を叶えた今となっては、無理に自分を剣士なのだからと言い聞かせることもなくなっていた。
この日のために用意された豪奢なドレスを着て、同じく正装したナラールと一緒に、豪華な大聖堂を歩く。
たくさんの祝福を受け、新しい家族となった義兄も義姉も、嬉しそうだった。
夢があった。
伯父のような騎士になりたい。
誰かを守るために、強くなりたい。
そんな願いをすべて叶えてくれた最愛の人が、隣にいてくれる。
「ありがとう、ナラール」
エラティはそう呟くと、背伸びをして、背の高い彼の頬にキスをした。
祝福の花が、そんなふたりに降り注ぐ。
ドレス姿を眩しそうに見つめるナラールを見て、エラティーナは微笑んだ。
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