表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/20

2話

 エラティーナは七歳のときから十年間、騎士になりたいという夢を叶えるために、ひたすら努力してきた。

 それを、こんな手紙ひとつですべて失ってしまうなんて、耐えられなかった。

(しかも、よりによって相手がセルディだなんて……)

 母は親戚の集まりなどに顔を出す際、まだ幼いエラティーナを連れていくことがあった。

 そこで、セルディと初めて会っている。

 エラティーナが五歳。そしてセルディは七歳くらいだった。

 おそらく母は、マローナ侯爵の嫡男であるセルディとエラティーナの婚約を狙っていたのだろう。

 それがあまりにもあからさまだったのか、セルディはエラティーナにだけ、冷淡だった。

 他の子には優しくするのに、エラティーナだけ無視をしたり、睨みつけたりする。

 エラティーナはすっかり萎縮してしまい、何度母に促されても、彼の傍に寄ることができなかった。

 思い返してみれば、あれから母がエラティーナを連れて歩かなくなった。エラティーナが七歳になると王都にある屋敷に移り住み、それ以来ほとんど会っていない。

 望んでいたセルディとの婚約も叶わず、無価値な娘だと判断したのかもしれない。

 今思い返してみれば、他の少女たちだって積極的にアプローチしていたのに、どうしてエラティーナにだけ、あんなに冷たかったのか。

 母の思惑を嫌ったのではなく、エラティーナ自身を気に入らなかったのだろう。

 それならそれで構わない。

 十九歳になった彼は兄と同じ貴族学園に通っているらしいが、顔立ちの整っている彼は令嬢たちに人気で、複数の恋人がいるらしいと聞いている。

 そんな不誠実な人は、エラティーナだって嫌いである。

 それなのに、どうして彼と婚約することになってしまったのか。

(きっと令嬢たちと派手に遊びすぎて、婚約者が決まらなかったのね)

 そこで母方の親戚であり、両親に放置されているため、十七歳になっても婚約者がいないエラティーナが選ばれたのだろう。

 父も母も、エラティーナが何度手紙を送っても、一度も返事を寄越さなかった。

 セルディの婚約者に選ばれて、ようやく娘の存在を思い出したのかもしれない。母にとっては念願のマローナ侯爵家との縁談である。

 エラティーナの意思など確認しようとも思わず、本人が何も知らないまま、すでに婚約が成立してしまったのか。

「こんなの、絶対に嫌よ。何とかして、取り消してもらわないと」

 もちろん、そのまま父の言葉を聞くつもりはない。

 エラティーナは抗議の手紙を何度も送ったが、返事は一度もなかった。

「……お父様に会いに、王都に行くわ」

 このまま待っていても、返事はない。

 そう悟ったエラティーナは、急いで王都に向かった。

 だが王都の屋敷に辿り着き、父に会いたいと訴えても、執事は面会予約のない方とは会わない、と冷たく言った。

(面会予約なんて……)

 父に会うのに、予約が必要なのか。

 せめて手紙を渡してほしいと執事に託したが、二、三日経過しても何の返答もなかった。

 黙って待つのが苦痛で、何度か騎士団にも手紙を送ってみたが、やはりリーン伯爵家当主から出された辞退状なので、父でなければ取り消せないそうだ。

 このままでは、ようやく掴んだ夢が、永遠に手の届かないものになってしまう。

 同じ屋敷にいるはずなのに、母も兄も、一度もエラティーナに会いにこない。

 もともと一緒に食事をする習慣もなく、いつもひとりだった。

 どうすることもできず、ただ日にちだけが過ぎていく。

 父と母がエラティーナに関心がないのがわかっているからか、侍女たちもそっけない。

 十年間、領地の屋敷で暮らしていたので、エラティーナの顔を知らない者も多かった。

 何度か父が帰宅した気配を察したので、何とかして会ってもらおうと執務室に向かったが、いつも執事に阻まれた。

 来客があったとか、父は疲れていたのでもう休んだなどと言われては、彼を振り払ってまで行くことはできなかった。


 そんな日々を過ごしていた、ある日。

 部屋の扉がノックもなしにいきなり開かれ、驚いて振り返ると、そこには不機嫌そうな顔をしたセルディらしき青年がした。

 何年も顔を見ていないので確証はなかったが、記憶の中にある姿と似ている。

 薄茶色の髪に、緑色の瞳。随分と背が高く、たしかに顔立ちは整っていた。

 だがいくら爵位が上で、不本意ながら婚約者という立場とはいえ、令嬢の私室にノックもなしに乱暴に押し入るなんて、あまりにも無作法ではないか。

 驚いて目を見開いているエラティーナに、セルディは吐き捨てるように言う。

「勘違いするなよ」

 何のことなのかわからず、困惑する。

 するとさらに苛立った口調で、セルディは続けた。

「俺と結婚することができると喜んでいるかもしれないが、お前との婚約が爵位を継ぐ条件だったから、承知したに過ぎない。侯爵夫人として暮らせるなどと思うなよ。お前など、ただのお飾りだからな」

 さらに、愛人として迎える予定の恋人が三人いること。実際に妻として振る舞うことが許されるのは、その三人であること。子どもも、その三人の誰かに産ませること。

 そんなことを一方的に捲し立てる。

 次々に衝撃的なことを言われ、唖然とするしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ