19話
まだ困惑していたが、リーン伯爵家の兵士が、王家の直轄領に兵を送り込んだのは事実だ。
エラティーナはクラウスに、事の顛末を語った。
騎士を目指していて、試験に合格したのに父に辞退されてしまったこと。結婚を強要され、その結婚相手にも問題が山積みだったことから、家を飛び出して冒険者になったこと。
そしてナラールと出会い、父に連れ戻された際に、結婚していると言って彼の名前を出してしまったこともすべて、正直に話した。
「そうだったのか」
長い話を、クラウスは真剣に聞いてくれた。
「君の伯父のことは、よく覚えている。素晴らしい騎士だった。彼のような騎士がいたことは、我が国の誇りだと思っている」
「……ありがとう、ございます」
伯父のことをそう言ってもらえて、エラティーナは感激して涙が零れそうになる。
「状況はわかった。リーン伯爵とマローナ侯爵を呼び出して、この件を裁くことになるだろう。その際、ふたりにも同席してもらう」
「わかりました」
当事者として、状況を説明しなくてはならない。
エラティーナが頷くと、クラウスの視線がナラールに移った。
「お前が父のことを今でも許せないのは、理解している。そしてナラールとエラティの結婚は、私が正式に認めたもの。たとえリーン伯爵でも、それを覆すことはできない。だがこの先のことも考えて、家族を守るためにも、私の提案を受け入れてくれないだろうか」
正式に、王弟という立場になってもらいたいようだ。
「……」
ナラールは俯いたまま、即答しなかった。
家族と言われて、もしナラールとの間に子どもが生まれたとしたら、その子は王家の血を引くことになるのだと気が付いた。
「たしかに、平民の冒険者のままでは、守るにも限界があるな」
王家の血を継ぐ平民の子どもなど、野心を持つ貴族に狙われ続けることになる。
「ナラール、私は大丈夫だから」
そうだとしても、自分と結婚したせいで、彼に自由を失ってほしくない。
ナラールが望まないのならば、義兄には申し訳ないが、この国を出てふたりだけで暮らしてもいい。
そう思っていることを、ナラールに伝える。
それに貴族の令嬢にもなれなかった自分が、王族の一員になれるとは思えない。
「エラティは、ただの俺でいいと。魔導師のナラールでいいと、そう言ってくれるのか」
「もちろん。私が愛しているのは、そのナラールだから」
そんなエラティーナの言葉に、ナラールはありがとう、と笑顔で告げる。
その笑顔を見た途端、エラティーナは彼が覚悟を決めたことを察した。
彼がそう決めたのならば、エラティーナもまた同じ覚悟をするだけだ。
「たしかに、俺の顔も名前を知らないまま亡くなった父に、わだかまりを持っていた。でも今まで支えてくれた異母兄に、恩を返したいと思っていたのも、本当だ」
そう言って、静かに見守ってくれていたクラウスを見つめる。
「あなたの……。いや、異母兄上の提案を受けようと思う。ただひとつだけ、頼みたいことがある」
ナラールに異母兄と呼ばれて、クラウスは嬉しそうに笑顔になった。
「何でも言ってくれ。異母弟と義妹を手放さずにすむなら、何でもする」
国王がそんな安請け合いをしていいのだろうかと思ったが、クラウスは本当に嬉しそうだった。
「エラティを騎士にしてほしい。試験は合格していたのだから、問題はないだろう?」
「え、ナラール?」
彼の願いが、まさか自分のことだとは思わず、エラティは慌てた。
「私のことはいいの。だから……」
「それは、こちらとしても助かるな」
けれどクラウスは、そう言ってエラティーナを見た。
「実は私の妻が妊娠中でね。だが、信頼できる護衛が少なくて、困っていたところだ。義妹である君が騎士となり、妻を護衛してくれたら、とても助かるのだが」
「え……」
困っている人を助けたい。ナラールは、その一心で騎士を目指した。
だから、義兄に頼みたいと、そうしてもらったら助かると言われてしまったら、断ることなどできない。
それに、ナラールが王弟となる覚悟を決めたのなら、もう剣は手放す必要があると思っていた。でもこれからも、誰かを守るために剣を持てる。
「わかりました。私でよろしければ」
そう答えると、クラウスは大きく頷き、立ち上がる。
「よし、話は決まった。こうなったら早く、この件を解決してしまおう。ふたりとも、一緒に王城に来てくれ」
そう言うと、急かすようにふたりを立ち上がらせて、外に待機していた魔導師に声を掛けた。
「王城に帰還する」
「承知いたしました」
魔導師は頷き、ナラールとエラティーナに、クラウスの傍に寄るように促す。
言うとおりにした途端、視界が歪んで、気が付いたら立派な王城の中にいた。
「リーン伯爵とマローナ侯爵を今すぐに呼び出せ」
クラウスは側近にそう命じると、彼らが到着するまで、ふたりに休んでいるように言ってくれた。客間に案内されて、エラティーナはほっと息をつく。
「エラティ、大丈夫か?」
「うん、私は大丈夫。それよりナラールは?」
「ああ、平気だ。それよりも、こんなことに巻き込んですまなかった」
そう謝罪する彼に、エラティーナは首を横に振る。
「ううん。むしろ私の夢を叶えてくれて、ありがとう」
騎士になる夢は、もう絶たれたと思っていた。
けれどナラールのお陰で、昔からの夢を叶えることができた。
嫌な相手との結婚を避けたくて、結婚を申し込んだ相棒が、まさか王弟殿下だとは思わなかった。
「でも私は貴族令嬢としての知識はほとんどないから、ちゃんとできるのか、少し心配だわ」
「それなら、俺もそうだ。異母兄には何度も提案されていたが、受け入れるつもりはなかったから」
父のことが許せない気持ちもあったが、自信もなかったと、ナラールは正直に語ってくれた。
「でもエラティとふたりなら、何とかなるかもしれない」
「うん、私も頑張る」
そう言って笑い合い、付き添ってくれたメイドの手を借りて、着替えをする。
ドレスの袖から伸びる手には、包帯が巻かれて痛々しい姿になってしまったが、これから父と兄に対面するのだから、これで構わないだろう。
やがて父と兄、そしてマローナ侯爵とその息子であるセルディが到着したことを知らされて、エラティーナはナラールに手を取られ、謁見室に向かった。
「私はただ、誘拐された妹を取り戻そうとしただけです。けっして、謀反を企てていたわけでは……」
兄が必死に言い訳をしている声が聞こえてきた。
尋問は、もう始まっている様子である。
ふたりが入室すると、その場にいた者の視線がすべて、ふたりに注がれた。