表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/20

18話

「戻ったら、ギルド側に抗議しないとな」

 ナラールはそう言ったが、雨の日に大きな魔法を使い、さらに急な斜面を、エラティーナを腕に抱いて転がり落ちてきたので、かなり体力を消耗したようだ。

 そのうち、父の派遣した兵たちも斜面を下りてくるだろう。

 エラティーナはしばらく考えたあと、ナラールを連れて大木の影に身を隠す。

「ナラール、私が騎士団に駆け込んで迎えに来る」

 追っ手も自分がすべて引き連れて、騎士団に駆け込むつもりだった。そうすれば警備兵たちは現行犯で捕まり、父も言い逃れはできないに違いない。

 ここは国境付近で、しかも直轄の領地である。

 そこに武装した兵士を派遣したのだ。

「ここで待っていてね」

「待っ……」

 エラティーナはそう言うと、彼の返答も待たずに飛び出した。

 わざと追っ手を惹き付けるように、目立つ道を選んで走る。

 彼らの目的は、エラティーナを連れて帰ること。

 自分を見逃してまで、ナラールを探したりしないだろう。

 それでも、ひとりも残してはおけない。全員を引き連れなければ、残るナラールの身を危険に晒してしまうことになる。

(伯父様、私に力を貸して……)

 形見の剣を握りしめて、ひたすら走る。

 エラティーナの思惑通り、兵士たちはこちらを追ってくる。

 国境までは、どれくらいなのか。

 それまで体力が持つかどうか。

 残してきたナラールは、無事なのか。

 そんな考えがとりとめもなく浮かんでくるが、それらを振り払い、エラティーナは走り続ける。

 せっかく駆け込んでも、騎士団が不在では無理はない。

 走りながらも周囲の状況を探る。

 すると、騎士団が常駐している場所から少し離れた場所に、複数の気配がする。

 きっと交代途中の騎士団だ。

 そう思ったエラティーナは、進路を予定よりも北に移し、ただひたすら走り続けた。

 そして、まさに移動しようとしている騎士団の中に駆け込んだ。

「どうした?」

 若い女剣士が、傷だらけの姿で必死に走る寄る姿に、騎士たちも異常事態だと察してくれたようだ。

「……追われて、いるんです」

 ただひとことそう言うと、息が苦しくなって咳き込む。

 ひとりの女騎士が駆け寄ってきて、エラティーナを介抱してくれた。

 そんな女性騎士の凜々しい姿に、ほんの少しだけ、羨望を抱いた。

 そんなエラティーナの視線には気付かず、水を飲ませてくれて、傷をひとつずつ丁寧に手当してくれる。

「何があったのか、話せる?」

「はい。実はギルドで魔物退治の依頼を受けて……」

 それが偽依頼だったこと。

 森に入った途端、武装した兵士に襲われたことを説明した。

 やはり騎士たちは、その武装した兵士のことが気になる様子で、何度も聞かれてその経緯を丁寧に説明した。

「その兵士たちは、こちらで何とかするから、もう大丈夫。あなたの相方も、無事に保護するからね」

 優しくそう言われ、少し休んだほうがいいと促される。

 でもナラールの無事を確認するまでは、休むことなどできなかった。

 さすがに騎士たちは強く、エラティーナを追ってきた兵士たちはあっけなく捕縛され、ナラールも無事だったようだ。

 彼もまた、騎士に手当をしてもらったらしく、包帯だらけになっていた。

「ナラール!」

「エラティ、無茶をしたな」

 軽く叱られたが、あれが正解だったのだと、エラティーナは理解していた。

 あのままふたりで逃げていたら、兵士たちに追いつかれたかもしれない。そうなってしまったら、無理やりに父のもとに連れて行かれただろう。

 しかも彼らは、父の命令でナラールを始末しようとしていた。

 もし雨が降っていなかったら、何人だろうとナラールの敵ではなかったかもしれない。

 けれど、運悪くかなりの雨が降っていた。

 あのままでは、ナラールが危険だった。

 だからいくらナラールに叱られても、エラティはあれで良かったのだと、主張を変えなかった。

「……仕方がないな」

 最後にはナラールの方が折れて、エラティーナを抱き寄せる。

「無事で、よかった」

「うん、ナラールも」

 後ほど、ギルドからも謝罪があると聞かされていたが、とにかく今は休みたかった。

 騎士団の常駐場の天幕で休ませてもらっていると、不意に入り口が騒がしくなった。

 焦って走り回る騎士たちの様子に、何があったのかと身構える。

「ナラール、エラティ、無事か?」

 けれどそう言いながら天幕の中に駆け込んできたのは、ふたりが結婚したときに証人になってくれた、ナラールの兄クラウスだった。

「え? お義兄様?」

 驚いて声を上げると、彼は駆け寄ってきて、ふたりを同時に抱きしめる。

「無事で良かった。騎士から報告を受けて、思わず飛び出してきてしまった」

 強く抱きしめられて、少しだけ苦しかったけれど、クラウスは心底安堵した様子である。

 ナラールのことはもちろん、自分のこともこんなに心配してくれるなんて、と感激したエラティーナだったが、駆け込んできた騎士の言葉に思わず硬直した。

「陛下、ひとりで動かれては危険ですので!」

「……へいか?」

 理解が追いつかなくて、首を傾げる。

 クラウスは、騎士から報告を受けてすぐに駆け付けたと言っていた。

 でもエラティーナたちがリーン伯爵家の兵に襲われたのは、つい先ほどのこと。

 もちろん魔法で伝令を受けて、ここまで魔法で移動してきたのだろう。

 だが騎士たちが、直轄領近くで武装した兵士がいたことを報告したのは、おそらく王家である。

 そしてナラールの異母兄のクラウスを、騎士たちは陛下と呼んでいた。

「……まさか」

 クラウスは、ロスリード王国の国王陛下なのか。

 エラティーナは伯爵家の令嬢だった。

 それが自国の王の顔も知らないなんて、本来ならばあり得ないことだ。

 けれどまだ幼い頃から領地で放っておかれたエラティーナは、王城に行ったこともない。

 騎士の試験を受けたときに、試験を見学する国王陛下を、遠目で見たことがあるくらいだ。

 それも緊張していたので、ほとんど覚えていない。

 それなのにまさか、こうして自分を抱きしめているのが、その国王陛下だなんて。

「……ナラール」

 理解が追いつかなくて、助けを求めるように名前を呼ぶ。

 するとナラールは、兄の肩を軽く叩いてその拘束を解くと、エラティーナに向き直った。

「俺は父に認知されていないから、王家とは関係ない」

 ナラールの父は、彼の顔どころか、名前も知らなかったと言われたことを思い出す。

 一夜限りの関係で、その後は何の関わりもなかったのだろう。

「それでも私の異母弟であることは変わらない」

 クラウスはそう言って、エラティーナを見た。

「君も、私の義妹だ。そんなふたりを襲撃した相手を、許すことはできない。心当たりはあるか?」

「……はい」

 エラティーナは頷いた。

「私の父、もしくは兄かと思います」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ