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16話

「ナラール、エラティ。結婚おめでとう」

 クラウスはそう言って、祝福してくれた。

「ありがとうございます」

 エラティーナもナラールと顔を見合わせて、そう返す。

「結婚式の予定は?」

「状況が落ち着いたら、やりたいと思っている」

 エラティが何か言う前に、ナラールがそう答えてしまった。

「そうだな。落ち着いたら、盛大に行おうか」

 クラウスは機嫌良さそうにそう言うと、エラティーナに向き直った。

「すまないが、今日中に王都に戻らなくてはならない。後ほど、今度は妻も交えてゆっくりと話そう」

「はい。今日はありがとうございました」

 忙しそうなのに、わざわざここまで来てくれたクラウスに、そう礼を言って送り出す。

 それからふたりで、借りている宿まで戻った。

 しばらくは、この町を拠点とすることになっている。

 宿屋に宿泊しながら、ふたりで住む家を探す予定だ。冒険者としての仕事も、この町が中心となるだろう。

「エラティ、はぐれると悪いから」

 そう言って、ナラールはエラティーナの手を握った。

「うん」

 少し気恥ずかしかったが、いつもと違うワンピース姿なので、すんなりと受け入れることができた。

 しばらく住むことになる町をゆっくりと歩き、買い物をしてから宿に戻る。

 目星を付けている家が何軒かあるので、明日はその内覧に行く。無事に家が決まったら、冒険者の仕事を再開する予定だった。

 内覧した結果、広さも立地もちょうど良い、理想通りの場所が見つかったので、その家を借りることにした。

 古い家だが、手入れが行き届いており、きっと住み心地も良いだろう。

 ふたりの新しい拠点となったノアの町は、人がとても多く、治安もあまり良くない場所だ。

 だがその分、たくさんの物が入ってきている。

 見たことのない食材。

 服や装飾品も、異国風のものがたくさんある。

 エラティーナは今まで、そういうものにあまり興味を持たなかった。だがナラールに贈られたワンピースを着てから、少し気になるようになってきた。

 料理もそうだった。

 今までは店で買ってきたものをそのまま食べていたが、新居には立派なキッチンがあった。

 せっかくあるのだから、使わないのは勿体ない。

 そう思って、フルーツを切ったり、簡単なサラダなどは作るようにしている。

 買い物に行ったとき、煮込むだけで簡単だからと聞いたので、スープも作ってみた。そのときは、ナラールは大袈裟なくらい喜んでくれた。

(何だか、新婚夫婦みたい)

 そう思ってしまい、くすりと笑う。

 みたい、ではなく、本当に新婚夫婦である。

 相棒として二年過ごし、その延長での結婚だったので、ふたりの関係はそう変わらないと思っていた。

 けれど実際に結婚してみると、ナラールの態度がまったく違う。

 名前を呼ぶ声。

 そっと触れる指。

 すべてが甘く優しくて、エラティーナは戸惑ったくらいだ。

 これでは、今後の仕事にも差し支えるのではないか。

 そう危惧したエラティーナは、新しい生活が少し落ち着いたこともあり、ひさしぶりにギルドに行くことにした。

「ナラール、ギルドに行ってくるね」

 そう声を掛けて、家を出る。

 今日は朝から雨が降っているので、ナラールは部屋で寝ていることだろう。

 この町に越してきてから、ギルドにも何度か顔を出している。

 けれど国境近くに騎士団が常駐しているせいなのか、魔物退治の依頼は王都周辺よりも少なかった。

 でも、まったくないわけではない。

 むしろ魔物退治の依頼があるときは、騎士団の出動を待っていられないような、緊急性のある依頼が多い。

 だから、いつでも魔物退治を引き受けると言っているエラティーナたちは、ギルド側でも有り難い存在のようだ。

 今回もそんな依頼があったようで、エラティーナがギルドに立ち寄ると、ギルド職員が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「ああ、エラティ。来てくれて助かったよ。実は緊急依頼が入ってね」

「魔物退治ですか?」

 エラティーナが尋ねると、ギルド職員は頷いた。

「そうなんだ。被害が大きいらしくて、すぐに出られる人を探していた」

 獣型の魔物が、群れで山間の村を襲ったらしい。

 騎士団にも救助申請を出したが、運悪く交代の時期だったらしく、明日の朝にならないと出動できないと言われたようだ。

「わかりました。すぐに向かいます」

 雨の日だが、いつもナラールからは、緊急性のある依頼は受けても良いと言われている。

 このままでは騎士団が到着する前に村が壊滅してしまうと聞き、エラティーナはその依頼を引き受けることにした。

 正式に依頼を受け、村の場所と魔物の情報を聞いたエラティーナは、一度家に戻ることにした。

「ナラール」

 寝室の扉を叩くと、答える声がする。

「……エラティ?」

 ベッドの上に座ったままのナラールが、エラティの声を聞いて顔を上げた。

「どうした?」

 気怠そうな様子に少し申し訳ない気持ちになるが、人命優先だと、依頼の内容を告げる。

「山間の村が、魔物の群れに襲われているらしい。外は雨だが……」

「わかった。すぐに準備する」

 ナラールはそう言うと、すぐに起き上がり、身支度を始めた。

 彼に限らず、魔導師は属性の影響を受けやすいらしい。水魔法が得意な魔導師は、暑さが苦手だと聞いたことがある。

 優れた魔導師であるほど、その影響は大きいようだ。

 ナラールほどの魔導師なら、きっと雨が降っているだけでつらいだろう。

 無理をさせたくないと、ついそう思ってしまう。

「ナラール。私ひとりで行こうか?」

 思わずそう口にすると、彼は呆れたように言った。

「エラティをひとりで行かせられるか。俺なら大丈夫だ」

 そう言って、さっさと準備を終わらせたようだ。

 いつものように、魔導師のローブも身につけず、気楽そうな恰好である。

「待って。せめて、濡れないようにローブは着て」

 それを見たエラティーナは、部屋の隅にしまわれたままのローブを取り出して、ナラールの肩に掛ける。

「わかったよ。さあ、急ごう」

 ナラールは素直にローブを着ると、先に部屋を出て行く。

 エラティーナも、忘れ物がないか確認し、彼の後に続いて家を出た。


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