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13/20

13話

 王都を出た馬車は一日中走り続け、日が暮れる頃に小さな町に立ち寄った。

 今日はここで一泊し、明日になったら、目的地であるノアの町に到着する予定である。

 いつものように部屋をひとつだけ借りて、ふたりはすぐに休むことにした。

 さすがに色々とあって疲れていたので、エラティーナも余計なことは考えず、ぐっすりと眠ってしまった。

 そして、翌朝。

 エラティーナはすっきりと目覚めたが、ナラールはさすがに疲れたらしく、朝食の時間になってもまだ起きない。

 彼の寝起きが悪いのはいつものことなので、エラティーナは遠慮せず、ゆっくりと朝食を堪能した。

 向こうでは出してくれなかったので、ひさしぶりの食事だ。

 こうしていつもの日常を取り戻せたことを、嬉しく思う。

 昨日はつい、勢いでプロポーズをしてしまったが、ナラールはそれを承知してくれた。

 もし承知してくれたとしても、偽装結婚になるかもしれないと覚悟していたのに、彼はエラティーナのことを好きだと言ってくれたのだ。

(ナラールが、私のことを……)

 それを思い出すと嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。

 もちろん、浮かれている場合ではないことは、理解している。

 父と兄がこのまま諦めてくれるとは思えない。きっとエラティーナを探すだろう。

 ここでまた破談ということになれば、マローナ侯爵家にどんな要求をされるかわからない。

(それにしても、私が戻る前に、結婚を決めてしまうなんて)

 また契約違反になってしまうかもしれないと、少しでも考えなかったのか。

 一度家を出たことで、エラティーナが自分たちの思うように動くわけではないと、理解しなかったのか。

 領地の運営を人任せにしていることといい、父も兄も、あまり優秀な人間ではなさそうだ。

 だからこそ他の方法を思いつかなくて、エラティーナの捜索には力を注ぐかもしれない。

 油断してはいけない。

(でも……)

 エラティーナの傍で、ぐっすりと眠っているナラールを見て、頬を緩める。

 今だけは、この幸せを噛みしめていたかった。


 昼過ぎになって、ようやくナラールが起きてきた。

 彼の寝起き姿なんて、この二年間で何度も見てきたというのに、何故か急に恥ずかしくなって、目を合わせられない。

「エラティ、どうした?」

 寝乱れた髪をかき上げて、まだ少し眠そうにエラティーナの傍に座ったナラールは、そんな様子に気が付いて、声を掛けてきた。

「何でも……ない」

「そうは見えないが。具合が悪いのか?」

 そっと頬に触れられて、慌てて飛び退く。

「エラティ?」

「違うの。嫌だとか、そういうことじゃなくて」

 驚いた顔のナラールに、必死に言い訳をする。

「意識したら、急に恥ずかしくなって……」

「ああ、そういうことか」

 ナラールは納得したように頷き、少し離れた場所に座った。

「ここなら大丈夫か?」

「うん」

 急に変な態度をしたのに、怒ることも訝しむこともなく、適度な距離を保ってくれたことに、安堵する。

(今までは相棒で、私は剣士だったから……)

 急に普通の女性のような態度をしてしまって、からかわれるか、嫌がられるかと思っていたのに、それもなかった。

 だからか、エラティーナの気持ちもすぐに落ち着いた。

「ごめん、ナラール。もう大丈夫」

 二年も一緒にいたのに、と呟くと、彼は明るく笑う。

「関係が変わったから、仕方がない。少しずつ慣れてくれればいい」

「……うん」

 たしかに彼も、相棒だったときよりも優しい気がする。

(ううん、ナラールはずっと優しかった……)

 出会ってからの思い出が、エラティーナの心の中に蘇る。

 初対面でいきなり同行させてほしいと言ったのに、彼は受け入れてくれた。

 宿代にもならないような金額で、危険な依頼を受けてしまったときも、何も言わずに同行してくれた。

 ある町が魔物に襲撃されたと緊急の連絡が入ったときも、大雨だったにも関わらず、一緒に魔物討伐に出てくれた。

 数えてみれば、きりがないくらいだ。

 そんなナラールと、これからも一緒にいられる。そう思うと、兄と父から受けた仕打ちも、自分に娘はいないと言った母の言葉も、忘れられる気がする。

 もう過去は、振り返らない。

 ナラールとふたりで生きていく、未来だけを見つめていこうと決めた。


 それからふたりで昼食を食べて、すぐに目的地に向けて出発する。

 想定よりも少し遅くなってしまったけれど、日付が変わる前には、ノアの町に到着する予定だ。

 ノアの町に到着したら、すぐに結婚の手続きをしなくてはならない。

(そういえば私、ナラールのことは何も知らないわ)

 出身地も、今日初めて聞いたくらいだ。

 それでも何の不安も感じないのは、この二年間で、彼という人間を理解していたからだ。

 これからずっと一緒にいるのだから、これから少しずつ知っていけばいい。

「さすがに、新しいドレスを準備する時間はないか」

 ナラールは残念そうだったが、エラティーナとしては、結婚式をするつもりはなかった。

「少しでも早く正式に結婚したいから、式はいいかな」

「だが……」

 ナラールが結婚式に拘るとは思わなかったので、少し意外だった。

「私は剣士だもの。今さらドレスなんて……」

 それに二年ぶりのドレスは窮屈で、苦しいだけだった。

「あまり形に囚われるな。何を着ても、エラティの本質は変わらない。それに、ドレス姿を初めて見たが、とても綺麗だった」

「あ、ありがとう」

 思いがけない言葉に、エラティーナはまた、頬を染める。

 彼が綺麗だと思ってくれるのなら、ドレスも悪くないと思ってしまう自分は、きっと単純なのだろう。

 そんな話をしながらも、警戒も怠らない。

 きっと父と兄は、エラティーナが逃亡したことに気が付き、すぐに捜索を開始しているはずだ。

「まぁ、たしかに結婚の手続きは少しでも早いほうがいい。式については、後々考えよう」

「そうね」

 今は手続きが最優先である。

 父や兄に見つかってしまう前に、この結婚を事実にしなくてはならない。


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