コレステロール奇譚
医者や病院が特に嫌いという自覚はないのだけど、「完全に信頼しているか?」と問われると、僕は「完全には信頼していない」と答えると思う。
間違っている話を集団が妄信してしまい、それが半ば文化のようになって、プライドも影響して固定してしまう…… という現象が人間社会には頻繁に観られる事は、少しでも科学史について知っている人ならば誰でも分かっているだろう。猛毒の水銀を、薬として飲ませていた時代だってあったんだ。
実は僕には個人的にも医者(と言うよりも医療界か?)が間違っていたという体験がある。中学生の頃、僕はアトピー性皮膚炎を発病してしまって、病院に行ったところ、ステロイド外用薬を渡された。塗ると確かに症状は治まったのだけど、塗るのを止めると直ぐに再発してしまう。僕はステロイド外用薬がベトベトしていて嫌だったので、塗るのを止め、放っておいたらいつの間にかアトピー性皮膚炎は治っていたのだけど、ある時にニュース番組を見てビックリした。
「ステロイド外用薬に頼り過ぎると、アトピー性皮膚炎が却って悪化してしまう場合がある」
と報道されていたからだ。
もし医者の言葉を信頼して、ステロイド外用薬を使い続けていたら、僕のアトピー性皮膚炎は悪くなってしまっていたかもしれない訳だ(マスコミが誇張し過ぎているという批判もあったので、是非については自分で調べて判断して欲しい)。
さて。
今回のテーマはある年の健康診断の結果が切っ掛けとなる。血液検査でコレステロール値が少し高く、医者から注意を受けてしまったのだ。それまでほぼ全てオールOKの結果しか受け取った事がなかったものだから、僕はそれに多少のショックを受けた。それで食事制限をする事に決めたのだ。具体的には在宅勤務の時、お昼に食べていたデザートを諦め、それ以外でも夜中に食べるのは控えるようにした。成果は直ぐに出た。体重が2~3キロ減ったのだ。それで僕は自信を持って次の年の健康診断に臨んだのだ。が、ほとんどコレステロール値は変わっていなかった。
つまり、デザートや夜食が原因ではなかったという事だろう。体重は減っているから納得はできなかったのだけれど。
「何か他で思い当たる食事はありませんか?」
そう医者から言われて、僕は朝晩飲んでいる牛乳を思い出した。それで、夕食の時に牛乳を飲む習慣を止めてみた。成果はやはり直ぐに出た。体重がまた2~3キロ減ったのだ。そして、その次の年の健康診断では、期待通りにコレステロール値は減っていたのだった。
「よっしゃ! 夜の牛乳が原因だったんだ!」
と、僕はその結果に満足した。
因みにデザートを食べる習慣は元に戻した(夜食は我慢しているけど)。それでも健康診断の結果には影響はなく、コレステロール値は変わらなかった。が、次の年だった。
「コレステロール値が少し高いですね」
医者からまたそう言われてしまったのだ。断っておくけど、コレステロール値は変わっていない。なのにそう言われてしまったのだ。意味が分からない。突然、基準でも変わったのだろうか?
僕は考えた。デザートを諦めても、コレステロール値は変わらなかった。なら、食事は影響しないのじゃないか? そこで運動量を増やしてみる事にした。
実は以前から筋肉トレーニングはやっていた。肩こり腰痛対策だけど。その量を増やしてみる事にしたのだ。筋肉量を増やすと基本的なエネルギー消費量が上がって、コレステロールを下げる効果があると聞いていたから。すると、やはり成果があった。体重が2~3キロまた減ったのだ。
これならきっと、コレステロール値も下がっているだろう。僕はそう思ったのだけど。
僕は献血を行っている。献血をすると血液検査の結果が郵送で送られて来るのだけど、それを見て僕はちょっとショックを受けた。コレステロール値がまったく変わっていなかったからだ。
ここに至って、僕はコレステロールの常識に対して強い不審を覚えた。
「本当に、コレステロールは下げる必要があるのか? そもそも本当に下げられるのか?」
体重はマックスから数えると7~8キロも減少していた。これ以上下げたら、低体重になってしまう。むしろ痩せ過ぎで不健康だろう。
納得がいなかった僕は、本屋で『コレステロールは下げるな 和田秀樹 幻冬舎新書』という本を見つけて買い求め、読んでみる事にしたのだ。すると、そこには驚くべき内容が書かれてあった。
『コレステロールには適正値があって、食べ物から摂取できなくなったら、体が勝手に生成してしまうので無理して下げようとするのは無意味です』
は?
と、僕は思った。更に
『コレステロールは細胞の材料なので、歳を取ると細胞を修正する為に多く必要になって来きます』
などとも書かれてあった。
なんでも、だからコレステロール値を下げると動脈硬化などの一部の病気にはなり難くなるが、むしろ他の病気にはなり易くなるのだそうだ。
その本には自説を裏付ける様々なデータも記されてあった。公平を期す為に書いておくと、その中には因果関係や相関関係の裏付けとしては不十分なものもあった。例えば、“小太りの方が長生きをする”というデータが紹介されてあったのだけど、これは時系列のないデータなので、因果関係は判断できない。もしかしたら、“長生きをする体質だから小太りになれた”のかもしれないからだ。ただ、もちろん、“コレステロール値を下げた方が健康に良い”というデータでもないのだけど。
一応断っておくと、この『コレステロールは下げるな』という本もかなり偏っていた。だからまるっと信頼して良いかと訊かれると言葉を濁すしかない。けれど、少なくとも、食事制限や筋肉トレーニングで体重がかなり下がっているのに、コレステロール値はほとんど下がらなかった事実は、この本で述べられている“コレステロール値には適正値があって自然と調整されるから、食事制限をしても無意味”という説との整合性が取れている。多少、習慣を変えて食事を減らしても体が勝手にコレステロールを生み出してしまうのだ。
筋肉トレーニングなどで体重を減らした事自体は後悔をしていない。色々と身体の調子が良くなっているからだ。ただ、コレステロール値についてはこれ以上拘っても無意味だと僕は判断した。
本の中では、コレステロールビジネス市場を支える為に厚生労働省がコレステロール不安を煽っているという陰謀論まがいの主張までされていて、それについては流石に俄かには信じ難いと思ったけれど。
何でも、コレステロール値を下げると謳っている紅こうじサプリの摂取者が死んでしまったという事件を受けて、この市場を守る為に厚生労働省が手を回しているのだそうだ。確かにコレステロール値が変わっていないのに、健康診断の際に医者が「コレステロール値に気を付けろ」と言って来たのはこの事件の後だったけれど……
ところでつい先日、僕はまた献血に行って来た。献血では問診も受ける。ま、ほとんど形式上のものなのだけど。
そこで医者がこんな事を言った。
「コレステロール値が少し高いようですが、大丈夫ですか?」
僕はそれを聞いて思わず引きつってしまった。もうちょっとコレステロール値が高かった時も、献血時の問診ではそんな事は一度も言われた事がなかったからだ。
“……まさか、本当に、厚生労働省の手が回っているのだろうか?”
と、少しだけ疑ってしまった。