戦火
さて、ショウとアリーチェを連れて戦場へ。あとムルベイ領軍ね。司令官はなんとリベルト公爵本人。まあ遊んでるんだけど。私がいるのになんの問題があるか、と言うことだ。なんなら日帰りでムルベイ領の端から端まで行けるしな。敵? 私に勝てる敵がこんなとこにいたら困るけど? というわけでなにも問題ないのだが。
「ウェーイ。敵主力軍は虫のモンスター共。毒だの鱗粉だの搦手は厄介だが存外甲羅は脆いし関節もバラバラ千切れるんだよな。なんか小さい頃虫をいたぶって遊んでたの思い出すぜ」
「私もやったけど。まあ虫の甲殻の物質を大きなスケールにしても強さは変わらないし同じように体を支えるような強靭な物質に入れ替えたら人間サイズの虫もリアリティあるんだが、本来の虫の分子の組成のままでかくしても重さに表面積が耐えきれなくて柔らかいしもろくなっちまうんだよな」
生物のスケールってかなりいろいろな物理条件に縛られてるんで、例えば重力が強い星では大型生物が望めないとかそういった事態になる。元素の持つ分子間の力は重力や質量に左右されず一定だ。こういう説明をわかったように言うな、わかんないだろ、とか言っちゃうやつがいるがそれだとあらゆる研究は無意味だが。今や重力の波まで検出してるのに物理が決まりきってるのは私のせいではない。
はるか数十億年過去や数十億光年遠方でも物理法則は変わらない。変わってたらわかるしな。まあ実際にワープしたら宇宙の真空エネルギーがだいぶ違って分解してしまう、とかそんな悲惨なことがないとは言い切れないが。宇宙が均質なことはわかってるしそれも研究していけばわかることではある。
ブラックホールの中で相転移が起こった時くらい空間が圧縮された結果実際にダークエネルギーが発生しているとか、そんな研究は私ら普通に生活していたら触れることはないのだけどそういった情報から未来を読み解いたらそれはそれで楽しい。
ぶっちゃけ本当であることが重要ではないんだよな。使えるか使えないかだし。現実問題を類推するには物理が一番検証されているルールだ。間違いがあったら世界中の天才が馬鹿だったと言うことでそういうことは希にある。頭のいい人間というのはそれをむしろ探しているんだけどな。だがそれが科学的検証を否定することにはならない。見方、角度が変わるだけで古典物理学が量子論の台頭で存在しなくなったなんて馬鹿な話はない。
わかりやすく言うと利用して楽しめばいいことを正しいの間違いの言ってる時点でお察しだろ。そんなのは結果が決めることだ。そして科学ってのは多くの人が、天才たちが検証した結果だ。正義はだから嫌いなんだよ。特に正しくなかったとしても謝らないし改めようとしないならそんなもん正義じゃないだろ。法律はかっちり決まっていたほうがいいと思うかもしれないがかっちり決まってしまったら悪法なんだよな。すべてを予測できるほど人は賢くないからだ。それこそ天才が決めたルールで上手く行ったなんてことはない。現実には社会が強いか弱いか豊かか貧しいかなんてそこに住んでる人の問題でしかないよな。食うのがやっとのほうが幸せなのかもしれない。一食に感謝し喜べるならそっちのほうがマシなのかもな。まあそんなもん心がけ次第だけど。私は自由じゃないのは嫌だね。豊かさの基準は私にしたら自由さだからね。意味のわからん束縛や妄想からくる固執は悪だろ。人を遮るのが法じゃないんだよな。それがわかってないから悪法が蔓延る。争いや革命が起こるんだろ。自分の自由のために他者を縛るのはおしなべてただの身勝手だ。
さて、長々と考え事したが眼下には身内の兵隊が二つのグループに分かれて出陣を待っている。敵に宣戦布告して平原においてぶつかろうとしているわけだな。兵数が多いほうが有利な戦い方だが兵器、この世界では魔法があるので密集は避けたいところ。昔の戦争みたいに密集陣形が守りの形、とはならない。そこを打ってくださいって言ってるようなもんだ。なので砦を二つ用意しつつ部隊は細かく分け、その上で二つのグループに分かれている。
なんか私の存在はムルベイでは認められてきている。真竜を狩ったことから治安維持に動いてること、労働力の派遣のスタイルを整備して人の流れを円滑にしていること。景気が良くなってるのもソリド島との交易が始まったから。そんで兵隊たちの中には魔女様のお力になりな、とか言われて送り出されたとかいう奴らもいる。ムルベイ軍だが私の傘下みたいになっとる。
「いいのこれ?」
「士気がたけーのに問題ねーよ」
「軽いなぁ」
まあいいけど。ちなみにアルス王子様も観覧に来ている。まあこれから戦場に出ることもあるから勉強のために連れてきた感じだろうな。あんまり近寄らないよ? どうも嫌われてるらしいし。魔女が国の法律を守らないからだってさ。国の犬だな。まあ王様のとこ行って騎士団長をのしたりしてるから合法であろうはずはないけど、王様たちがなんとも言ってないのに周りがグダグダ言って計画を乱したりするのは果たして本当に正義であるのかね? 法の正義ではあるかもね。立石はどう思うよ。
「そんなもんギフトの利用は神の与えたもうた権利なんだから地上の法で裁けないだろうが」
「そういうもん? まあ立石が法律のことで間違うことはないか」
「昔の教皇とか聖女と話し合って決めたこともあるがこの星全体で適用される根源法みたいなものがあってだな。前世の役に立ってない国○とは違って変な介入もしないし役に立ってるぞ」
「教会もまあ千年立石がにらんでたらまとまるわな〜」
「そやけんど立石左遷されたんちゃん?」
「水野、よく考えてみろ。そんなもんこいつが教皇操ってるに決まってるだろ。初めから遊びに来るための口実だよ。ハゲをひっぱたいたのもついで。左遷もうちに来て遊ぶため。千年越しだからまあまあ必死だよな」
「うっせーわ。漫画読んでくる!」
「ツンデレやなぁ。つまり立石の権力はイルマタル教国では不動ってことやな」
「ここにいるのも勢力を二分しない意味かもしれん。アイツは勘がいいからな〜」
「そやの。つまりここでひきこもってるんはひとつの作戦なんか」
「ん〜。なんとなくはわかるんだ。要するに偽神たちの扱いもそうしろってことなのかもな。そういうヒント?」
まあ私の最初からの目論見でもあるんだが、偽神の国が戦乱してるならそれをまとめるのに偽神たちをまとめて引っこ抜いて私の参加に入れるか立石みたいに封じ込め?るか。そうすれば国が神の名にかけて争うことができなくなる。今の偽神たちに頼りきった世の中がどうなるか。ムルベイ公爵が独立騒動を画策しているのも神がいなくなった影響なのはなんとなくわかる。ぶっちゃけて言えばムルベイ公爵領はこの大陸の中心とも言える位置にあるからな。そこを抑えてしまえば戦乱を押さえ込める。そのための独立だ。どこかに力を貸している、今みたいにアナナスの一領土では不満が出るかもしれない。その時のための予防線として独立の動きがある。しかし独立するわけでもない。あくまで予防線だからな。私の存在も大きいだろうな。ムルベイと直接取引できる場所に魔女の国ができて、中央としての役割が大きくなっている。うん、間違ってねえ。
敵の砦も動いてるみたいだな。アルス王子がいることで向こうは押し切れば国に勝ったみたいな吹聴ができるんでここで勝てるなら大国への足がかりになる。大戦だ、とか言っちゃってるんだろう。まあベルが音拾ってるわけだが。
こっちはどう動くかね。あからさまに軍を置いて見せておきながらそんなつもりじゃなかったんですぅ、は通用しないから当然宣戦布告もしてるから、定石としての第一手は奇襲。さあ、来るかね。
軍隊の規模として敵味方の差は向こう一対こっちが六くらいか。向こうが攻めるとするならまともにぶつかっては勝てないし守勢に回られたら絶対突破できない。下位から上位、少数から大軍、この場合は敵の数を減らし混乱を誘い士気を下げるのが鉄則なんだ。いきなり誘い込んで罠にはめる手もあるがそれでもまともにぶち当たってくるのは馬鹿だ。後ろに引ける城があるわけでもないしな。築城とかはしてるかもしれん。こっちもスキル持ちが砦を構えるのに壁とか作ってるし。
楽しくなってきたねえ。戦争は嫌いだが軍略が嫌いとは言ってない。ゲームは好きだからな。
そういえばひきこもっていたときからマイルームの説明書で読んでたがこの動きは半年くらいかけてのことらしい。私がこっち来て実質数ヶ月しか経ってないんだよな。マイルームのクロック上げてるからどうも感覚が鈍る。
おっと、どうやら自軍右翼方面で動きがあったようだな。敵がそのへんの農民の首を投げ入れてきたようだ。士気低下、混乱を招く策だな。アリーチェがそっちにいるはずだが、どうも動揺が少ない。アリーチェは農民の首を集めて丁重に弔うように指揮した。賢いな。相手の戦略はこちらに恐怖を与えるものだがそれをむしろ怒りに転化した。怒りは恐怖を駆逐する。むしろそのために人は怒るのかもしれないな。身に迫る恐怖を殺すために怒る。だから三下は追い詰められたら怒るんだろう。敵の攻撃はかえってこちらの士気を高めた。これはショウなら対処できなかったはずだ。お姫様はやっぱり賢いね。というか、前しか向いてない。王には向いてるな。
ショウの左サイドでも動きがあったようだ。こちらは虫の群れが爆薬を携えて突っ込んできているらしい。しかし勇者が前に出て爆発する前に斬り落としていく。剣の方もそれなりに鍛えたが、しっかり勇気を持てているようだ。ヤツを鍛えてるときにこんな会話があった。
「なんでそんななんでもへっぴり腰なんだよ」
「だってなんか可哀想じゃん。死ななくてもいいんじゃねえかな、こいつらだって」
「まったくもってそのとおりだな。じゃあ食われて死ね」
「え、いや、それは」
「お前のは優しさではない、ただの腰抜けだ。そう言って味方や自身を死なせるヤツはもう前線に立つな。向いてねえよ」
他人の痛みがわかるのはいいことだというがわかり過ぎたら身動き取れなくなる。私もコイツと大して変わらんが前に進んで盾になる方を選ぶ。そもそも相手を殺さなくちゃならんほど弱くないからな。人を遠ざけるのも脆弱だからだろ。心まで惰弱。だがそういうヤツを支えてやるのも必要なことだろう。経済で言えば人が減ることにメリットなんてないからな。
「殺すのも嫌、死ぬのも嫌、だが向こうは攻めてくる。さあ、どうするよ、勇者」
「お、俺は……」
「ひゃっはっはっ、水だ〜!」
いきなり水をぶっかけてみた。
「うおわっ!? なにすんだよ!」
「キャラ治せ。ちっとも楽しそうじゃねえ」
「え、でも楽しくはないし?」
「楽しくないのはお前のは心構えのせいだよ。他人のせい、他人のせい、相対的貧困、アホか。お前のスタンスのせいだろ。楽しめよ」
「ど、どうやって」
「動くんだよ。だらしねえな。例えばこうだ」
迫りくるゴブリン。いや、さっきまで止めてたんだけどね。一時停止機能あるし。まあマイルームはなんでもありなんだけど。
「止まれ」
「げぎゃ?!」
スキル呪術、呪言だ。ゴブリン程度の精神力では抵抗できない。複数の精神的本能的な命令を与えられると生き物は身動きが取れなくなる。呪術って精神干渉なんだよな。昔からある呪術も手品の類だが人の心の隙を突くのが呪術の本質だ。たとえば夜中に藁人形に五寸釘を打つというやつも恐怖を煽り本人の心を追い詰めることで死に至らしめる。なのでこれをやると精神疾患なんかの実害が出た場合には脅迫罪になるんだよな。呪いは物理的に実際にあるってことだ。
「それで。戦いは終わったがお前は傷ついたか?」
「え、いや、これは」
「楽しめや〜、ショウ」
「お、おう。ヒャッハハ、ザコども固まってやがるぜ〜!!」
「お前それ似合うなあ……」
雑魚が雑魚とかもう笑うけどそれがすごい似合っていた。これで勇者を名乗るなんてまさに勇者だな! 恥ずかしくないもん、だから勇者!
「最近だと萎えるぜ〜とかのほうがよくねえか?」
「流行りもんに流されるんじゃないよ! それも好きだけど!」
「へっへっへ、けどよぉ姉御、この呪術ってヤツオレも使えんのかぁ?」
「勇者は呪文使うじゃねーか。使えよ」
「たしかに!」
とにかく勇者のくせにコイツは敵の動きを止めダメージ少なく制圧することにこだわった。それもまた個性だし、覚悟だ。覚悟を決めて前に進もうってヤツに、杖は必要ない。合格だね。
そんなふうにトレーニングを乗り越えた。現在のショウの方も戦争にひるまず敵の攻撃をとことん無効にして制圧していく。そのために虫を斬るくらいはできるようになったらしい。仲間がいるからだな。
ためらって仲間を殺すのが惰弱の特徴。仲間のために自分の信念も曲げるのが勇者の特徴だ。まったく、王女様も勇者も役割をしっかりこなしているじゃないか。
それじゃあ魔女もそろそろ動こうかね。
まあ私が動いたら戦闘なんてなかったかのごとく終わるわけなんだが。
「き、貴様ら、オレの、神の計画を」
「地獄に落ちろ」
自分のことしか見えなくなったら、その瞬間存在価値は失われる。覚えておくといい。人はひとりでは生きられない。




