ワルテルとの約束
途方もない計画のような気もするが元々ムルベイは独立した王国だったんだよな。なので再独立計画だ。ムルベイは他国からの侵略から逃れるために一時アナナスに身を寄せた、という経緯だったはずだ。何百年か前の話だが。そんな経緯なので。
「下手を打ったら元の木阿弥で全部の国に攻められるわけだけど。政治的にもな」
公爵領の独立となれば当然母国も攻めてくるわけだし。まあそこは事前交渉次第か? アナナスに損がない取引ならムルベイ敵対派閥もむしろ後押しするだろうし。そもそもがムルベイが取り込まれた経緯も善意からという建前があったからな。国は建前と実利でしか動かない。個人の感情で動かしてたら首が飛ぶからな。
「そこが腕の見せどころだな。ソリド島との貿易とダンジョン資産を使い輸出を強化し一国が攻めれば他に責められる体制や条約を作る」
ロードバースは取り込む予定ってことだな。そうしてソリド島との取引も独占する体制に持っていくわけだ。
「なるほどな。あ、ちょっと待て、西の辺境伯、モッセレンはどうするんだよ」
「それな〜」
辺境伯は当然広大な領地を持ってるし軍事力でもムルベイに匹敵してる。しかもアナナスに忠誠を誓ってるときた。ここを無視してことは進まない。そのわりに調子が軽いな。
「なんも考えてないわけないだろ。まあ話せないならそれはそれでいいが、私は知らんし」
「勘弁してくれ、お前さんを巻き込まないとリディアがいるんだよ、あそこは」
「赤の魔女。来たね〜」
さすがに魔女の相手は一領主でどうこうなるものじゃない。核兵器が歩いてるようなもんだしな。下手したらムルベイが吹き飛ぶ。いきなりケンカ売ってくるようなやつに星のんがギフトをやらないのは間違いないんだが自由を約束されてるのもおんなじように間違いがない。かち合ったら殴り合いになる。私も相談しないとダメだな。赤の魔女は心当たりないんだよなぁ。星のんは七つの顔を持ってるから知り合いなんだろう。七つじゃすまないくらいだけど。
話の持っていきようによってはリディアを神の代用品にしてムルベイとモッセレンで一国とすることもできそうだが、それはなあ。魔女って多分私や水野や立石を見る限り自由なヤツなのが条件な気がする。
「幸いなのがモッセレンに虫が大量に湧いてるとこだな。リディアはそれに走り回ってる」
「ああ〜、例の異大陸の」
「異大陸がらみなの? あれ」
「アナナスじゃつかんでないのかよ。遅れてるな」
異大陸から軍隊まで派遣してるんだから誰かつかんでそうなもんだけど、アイツらずいぶん唐突に出てきたから奇襲の繰り返しで国力を削ってから本体を出すような考えなのかもしれないな。せっかくの情報だしアナナスに売ってやろう! 売れた。まあお値段はヒルスネイル数匹分くらいかな。百万グリンくらい? はした金とかは言わない。昆虫勢力は討伐しようとすると大陸を渡らないとダメだしこの大陸の拠点が一か所じゃないし更に増えてるしひとりでは対応できないと言っておいた。嘘でもない。ひとりじゃなきゃ魔女が三人もいたら世界征服できるからやらない。世界征服なにそれつまらん。ギフトを失うレベルでつまらん。なのでまあ人間のことは人間に任せるのが一番なんだよな。自由ってやつ。
とにかくモッセレンは虫とか西方面にまたきな臭い話が出ていて動けないんでチャンスといえばチャンスなんだが話を通しておかないと不義理を働いたら間違いなく敵に回るわけで。そんな下手は打てない。んー、そこを考えるのはこのおっさん、リベルト=ムルベイ公爵様なんでな。現実問題流通はムルベイが全部抑えてるんだよな〜。そこを絶たれたら単独ではモッセレンも戦えないのでピーア共和国に協力を仰ぐ形になるけどそうすると国のために戦うはずが国を裏切る形になる、それはモッセレンにはできない。そもそも第三王子とリディアが婚約しているらしく国を切るという判断はできない。そこでムルベイ公爵領を挟んでる形でもアナナスの味方でいられるように流通を維持したりとか、ぶっちゃけ不安定すぎる形なんでどっかでムルベイとモッセレンでぶつかるか、ムルベイが何らかの手を打ってから国を元の形に戻す。どのみち最終的にはそうなるが。うーん。
「ムルベイはしばらく貿易協定とかで走り回るから独立なんて話はないまま終わるかもな?」
「それが理想ではある」
理想だけで片がつくかはまあ国のことだからな。百年かけて滅んだり再興したり。物語みたいに国がまるごとすっ飛んで滅んだ、なんてことは起こらないので人間は残る。だいたい核でも一国まるごと人が消え去るほど使ったら星がヤバいと思うんだが。本当に国を滅ぼすのって難しいんだよな。まあ取り込むのが普通なんだろう、連邦を作ったり。そういう道もある。
結局のところ経済不均衡とか戦争の理由がある限り平和にはならないし地球でもそうなんだからこの世界で戦争をまったく無くそうなんてファンタジーにしてもギャグ寄りだ。無理だな。
最終的には地球全部連邦みたいになるんだろうけどそれは生産能力が爆上がりしないと難しいだろうな。そもそも主義主張が違いすぎる。そこはどうにもならん。時間をかければ埋まっていく可能性はある。時間が必要だ。不老不死だしやってみるかね。私ら魔女はある意味抑止力なわけだし。
リディア、赤の魔女に協力を仰がないと駄目だろうな。めんどくせ。そのうちな。なんか鍵になる出来事でもないと人の心にまで手を突っ込んでガタガタ言わせる趣味はねえ。自由から遠いし星のんが嫌がるだろう。
自由こそが存在。まあ不自由の極地ってすべてが凍りついた世界なんだろうし。そりゃ退屈だ。平和かもしれんけどそれは違うな。何もないのと同じ。世界が生まれた意味がねえ。まあまたやり直すんだろうけど。世界ってそういう作りになってるんだと思うし。
「じゃああとはオッサン頑張れ。ソリド島のほうを開拓するからしばらくはこっちに来ないぞ」
「マジか。まあまだまだ時間のかかる話ではあるからな」
「そういうことだな。じゃあ子爵交代の件は任せたからな」
「そっちは問題ない。案件も十分整ってる。交代する理由に前領主の大きな失策、新領主の大きな成功、交代には十分だ」
「だとよワルテル」
「確かに、約束は果たされましたな。ではそろーりそろーりと薄暗い領主館から這い出ますかな」
「やめろや」
ほんとそういうのやめろよな。怖いから。魔女のほうが怖い? そう?
「ワルテル、今まで有り難う。カーラさんも」
「頑張れよルイジくん。まあこの先も魔女関連で騒ぎになったらやり玉にあげられて大変だと思うけど」
「うへえ……。まあがんばります」
「じゃあ私はローザのとこ行ってくるね!」
はしゃぐ前領主マウロくん。はあ、と全員でため息吐いた。いろいろと片付けてからソリド島へ帰還である。まあブロッサムのほうはワルテルに任せるかね。このあとは例の酒場で会議だな。私働きすぎだろ。
そんなわけでいつもの酒場に移動した。ブロッサムのリーダーとワルテルの顔合わせだ。ちなみに知らん顔でヒゲヅラの陽キャなゴツいオッサンも来てる。リベルトとかいうどっかの公爵様だが平民の格好してる。どこに持ってたんだ? ヒゲもボサボサにしていかにも平民になってる。すげえ。
それは置いといて、ブロッサムと契約結ばんと今後どうするかにしても話が進まないからな。ちなみにリーダーの名前はマッシモという。どうでもいいけど人が増えすぎて名前覚えられない……。
そんなわけでまずはジュースを頼む。ちなみにこのお姉さんの名前がローザ。近々結婚するらしい。結婚しても仕事はやめないそうだが。話してると突然酒場の扉が開いた。
「はーい、ローザ! 迎えに来たよ!」
どっかで見た男がすっごい時間かけてそうな装いで突然飛び込んできてローザに求婚を始めた。あー、それでワルテルがこの酒場に来てたわけね。このバカはこの子が目当てでここに入り浸ってたわけだ。それをワルテルが監視してたと。
「マウロさん、私は領主の妻にはなれませんよ」
「領主は辞めてきた!」
「え、ええー!?」
「なのでどうか、結婚してほしい!」
「えーと、私もう結婚決まってまして。ほら」
ローザが左手の指輪を見せるとそれを見た青年、マウロ前子爵はヘナヘナと崩れ落ちた。それを見て笑うワルテル。どうでもいいがその指輪の風習も偽神経由だろ。
「愛なんて何も得られないこともある。愛のないところに暖かな家庭が生まれることもある。形にばかりこだわっていては成果は上がらないものですな」
「そうだねえ。愛なんてあればいいな、でいいんだよ。絶対なきゃ駄目とかそれはそれで狂ってる」
私を愛してくれたのは酔っぱらいの母親だけだよ。酔った勢いでつぶやいた一回きりだ。あ、ストーカーの戯言は別な。アレもアレで愛なんかいらんってなったけど。
あのあとも母親には酒を買ってやったなぁ。死んだときになんで涙一つ出なかったんだろうな。本当は悲しかったのか? わからん。なんかホッとしたとしか思わなかった。旅がひとつ終わったんだと。
人生は繰り返してこそなのかもしれない。同じような過ちを、同じような経緯で。修正されるならそれも自由。結局は緩やかに人は進んでいくんだろうから。行き着く先は繰り返しだろうな。でも悩むことも争うことも重いし意味がない。仲良くすりゃいいじゃねえか。どうせ人は人のままでいたいんだから。
そこにはきっと愛も正義もいらん。自由だけが許されればいい。
見事に振られたマウロくんは泣きながら酒場を飛び出した。予定通りのオチがついて笑う。みんな笑った。
「ホッホッホ、結局はこうなりましたな」
「これでいいんだよ。しくじりが重なって取り返しがつかないことが重なってもそれでも人生が続いていくなら、どっかでなんとかなったりする、かもしれないんだから。そのために協調とか仲間とかはいたほうがいいだろうけど」
「強い気持ちがなければいけない、そんなことはないですからな」
「そうだよ。主人公になる必要ないんだよ。毎日同じこと繰り返すモブでも物語を見て夢見て笑うぶんには幸せでいられるんだから」
現実に追いかけ回されてると考えるよりも仕事は人生のオマケだから余裕で回してる、と思ったほうが楽なんだよな。気持ちの持ちようってのはあるんだ。苦行に耐えてる自分すげーってほめてやればいい。自分をほめるの大事。どっかの炭○郎さんも自分ほめまくってたしな。やる気や根性なんて便利なんだから使っとけばいいじゃんね。無くていいって考えは自由ではないのかもしれんなぁ。私もいまだに勉強勉強だ。人生は難しい。
「じゃあ取引の話をしようか」
「はいよ、マッシモ、計画表」
「はいよ、できてるぜ」
リベルト公爵とマッシモで計画表をやり取りする。間に入って私も読んでおく。事前に読んでるけどな、復習しないと私記憶力ないんだよ。
「ヤクザもんのくせに仕事はきっちりしてるんだな。白の魔女カーラの教育がいいのかな?」
「コイツは元からこうだぞ。風向きが変わっただけさ」
「ホッホッホ、私たちは大きな白の魔女カーラという嵐に巻き込まれた同胞というわけですな」
風の魔女だけにってか。嵐の魔女のほうが正しいかもしれんけど。まあしばらく台風はお休みだよ。
「ワルテル、お前はマッシモの上について統括をやってほしい。大陸全土の取引をまとめるには頭が必要だからな」
「助かるぜ、俺もそんなに学があるわけじゃないからな」
「そういうことなら。よろしくお願いします」
これでワルテルを引き込んだ目的も達成された。まあワルテルは私の秘書もやってもらうけど。ソフィアもいるしかなり人がそろってきたな。
「そういうわけだそっちのオッサン」
「リベルトと呼んでくれ。よくある名前だ」
「リベルトのおっさんとワルテルとマッシモで細かいとこは詰めとくれ。私はいちぬけた〜」
「自由なやつ〜」
「まったくですな。そこが可愛いですが」
「うんうん、やっぱりカーラは自由が一番だな」
「ハイハイ、頑張ってな〜」
三人には白のベルを持たせてあるのでいつでも連絡は取れる。私はあとは帰るだけだけどちょっと冒険者ギルドものぞいていくか。
そんでまた冒険者ギルドで新人いじめをしてから、私はソリド島に帰ることにした。仕事が待ってるぞ、やったねカーラちゃん!
誰だよ怠惰の魔女とかいったやつメチャ仕事あるんだけど!




