絶対切断
(青の魔女フローラ視点)
まあそうは言ってみたものの私の武器は杖なのね。これで大して修行してない剣術をやれるかと言えばもちろん無理ね。杖術はちょっと使えるけどまあ師範代と言えるほどじゃない。なので魔女の戦い方をしてやるわ。
「なんとのうアンタが誰なんかはわかっとるし動機もわかっとる。ひとつだけ問題なんは、まああとやな。ゼロ」
足元を凍らせる。空気が凍ってるので水分がなくても問題がない。まあ私は水分はリバたんが集めてくれるので氷の質量攻撃とかもできるわ。意味がないからやらないけど。ぜんぶ凍らせたほうが早い。足が張りつくでしょう? 絶対零度近いもの。その結果冷えた大気は普通に人間が活動できる気温じゃないし。肺まで凍らせたら一発だからやらない。私の場合は真空遮断とかできるし低温使いが低温でやられたら馬鹿だし対策してる。ヒートテック着てたり。ミネルバから買ったわ。他にも保温の指輪とかね。ダンジョンで取ったやつ。芋虫ちゃん元気かな。
「く、縮地!」
「お」
凍結して固定されてるのを無理やり外したわね。いいけどあのスキルは足元の摩擦をゼロにでもできるのかもしれない。足止めから脱出するためにバリアみたいなものが噴出してその勢いで移動するスキルね。普通に縮地法というのはあるのだけれどコイツが使ったのはスキル版だから若干理不尽なことができる。マナと物理の特性から見るとそんなでもないけどね。体から吹き出すエネルギーを硬質化して泥などの抵抗を剥がしつつそのエネルギーを移動出力に変える。ぶっちゃけ原理を知れば魔術でできる種類のスキルだし大したことはないわね。
「こーやろ?」
「な?!」
切り裂き魔が私の後ろに回り込もうとしたので後ろに下がる。私は一歩も動かず縮地擬きで移動。驚いたのか隙はできた。さて、どう片付けようか。槙中は私がもう答えにたどり着いたのはわかったかしら。なら少し遊ぼうか。
「人を斬るんに慣れたらようないで」
「慣れることなど!」
「最初の犠牲者はお父さん?」
「!」
「おおかた絶対切断で剣だけ叩き斬るつもりが間合いを測りかねて一緒に斬ってしもーて、それで槙中、白の魔女に見つかった。まあベルたんおるしなんか事件あったら駆けつけるわな。マイルームは半径一キロやけどベルたんの探知は地球全域。うちのリバたんもやけんそこはわかる」
「はっ!」
「おっと」
杖を斬られてしまったわ。まあ体にはかすられなかったけど。これ高かったのに。まあもっとレア品も持ってるから別にいいんだけどデザインは好きだったのよね。今ので絶対切断の原理も見えた。分子間力を剣の刃の部分が当たったところで殺していってるのね。マナ操作の基本ではあるけどスキルなので相手のマナを無視して斬り分ける。魔術でやろうとすると相手の抵抗にブチ当たるのでそれで斬れるのは刃物の力になる。マナ抵抗同士は物理に比べたら差があっても影響が弱い。ただし槙中や私なら違う。高密度の魔女のマナは破れない。数トンの威力程度なら楽に抑え込むわ。
なので。
「はっ! はあ?!」
「無駄やで。槙中やないけど魔女がマナを本気で固めたら絶対切断程度のスキルでは諦めたほうがええわ」
マナの壁をニメートルほどの範囲で張ればそこに動くものはすべて閉じ込める。たとえ絶対切断が剣身全体を覆っていても体まで適応していないなら無意味。本体を、腕を固めてしまえばいいのだから。
「うちらがそろって魔女を名乗っとるんは申し訳ないからや。神様の理不尽なスキル、ギフトでウチらは強くなっとる。頑張ったんやろ、そこまで受付嬢が剣の腕身につけたんやし」
「……もうすでに私が誰かはわかっているのですね」
「そうやね」
ソフィアやろ。私がそう言うと切り裂き魔ソフィアは認識を阻害している映像効果みたいなものを消した。なんか体の気配を薄くしてる仕組みがよくわからなかったのだけど顔のパーツをぼやかして配置も少しずらして更にうっすら透明にしてるのね。この子が犯人なのは剣の戦いが好きそうなところでピンと来たわ。あ、この子事務員なのに剣のことわかってるって。
それにしてもなぜ切り裂き魔を続けてるのか、と思うかもしれない。そこはどうせ槙中との契約よね。罪を重ねさせるのはどうかと思うけどぜんぶ槙中が自分の罪ってことにしたんでしょうね。犠牲者には対価としてソリド島で働くことを持ちかけた。もちろん死んだことなんかなかったことにしてるんでしょう。ソリド島で何をやってるのかは気になるけどおそらくは抜群の資源の量とこれから開発していく内容の魅力などを伝えているんでしょうね。繰り返しているうちに祭りとして拡がっていった。まああんまりにも事件の範囲が広がり過ぎたから槙中も困ったんでしょうね。
「それと最初の、半月前に赴任したってヤツ。これが謎やってんけど普通に考えたら半月前に赴任するから街にその時ジャストで来た、ってほうがありえんかったわ。アンタこっちに実家あるんやろ?」
「よく知ってますね。ならば実家を頼れば半月前に来た、でもおかしくはないのでは?」
「ギルドのほうの引き継ぎとかあるやん。そっちは事務仕事やしジャストで動くんはないやろな。お役所仕事は予定立てな動けんこと多いし」
「はあ、そこまでわかっているんですね」
槙中も私がそこまで読んでるとは思わないでしょうね。たぶん聞いてるから驚いてると思う。そう思うとちょっと気分いいわ。私もぽやぼやして見えるからねえ……。
それでなんでソフィアは槙中に協力したのか。父親と戦った理由もそこにあるんでしょうね。
「前にゆうとった冒険者を引退してほしかったんやな。それで自分に負けるようなら辞めえ、ってお父さんに決闘を仕掛けたんやろ。そやけどお父さん思ったより抵抗したんやろな。アンタも間合いをしくじってお父さんを斬ってしもーた。絶望したやろ」
「ええ、しかし」
「すぐに現れた槙中、白の魔女カーラが何もなかったことにしたんやろ。ほんまマイルームは神の力やわ」
「はい、あの人は私の神」
「うげえ、絶対槙中嫌がるヤツやん」
「嫌がるのが可愛いのですが?」
「そやな。ええ性格しとんな〜。あ、うしろ」
「! はっ!」
切り裂き魔、ソフィアのうしろに突然人が現れる。まあ突然現れた時点で私には誰かわかったわけだけどソフィアは不意を突かれた恰好なので振り向きざまに剣を走らせた。まあまあおっちょこちょいだわ。剣を持たせたらダメなタイプ。
がきん、と音を立ててその刃は指一本、人差し指で弾かれた。すご、あれどうやってるのかしら。
「私のマイルームはギフトだからな、展開してしまえばスキルは意味をなさない。普通に使ったらチートすぎるんでやらないが」
槙中は指にマイルームを展開して刃物を止めるという曲芸じみたことをやってのけた。いやいや、剣筋を予測して立てた指一本で弾くほうが化物じみてるのだけど!
「ああ、申し訳ありません!」
「それやめろ。敬うな。うへえ、状態異常無効なのに吐き気する」
「ふふふふふ!」
「ホンマええ根性しとるの〜」
さて、あとはこのバカとオハナシね。まあ目的もソリド島の宣伝なのはわかってるんだけどなぜこんな回りくどい祭りを開いたのやら。
「人を、知り合いを斬るのはキツいもんだろ。それでもっとやろうとするヤツもいるが大抵は人を斬るのをやめる。まあモラル改善教育かね」
「ふうん。それで人斬り楽しくなったヤツはどうするん」
「地獄に落とす」
槙中のマイルームのいくつもある部屋のひとつ、地獄。たしか自分が人に与えた感情が状況まで再生して頭の中を流れる。死んだ時に似たようなことがあったのよね。アレか。人を嬉々として斬ったヤツに相手の絶望を見せる。うん、斬った数が多いほどキツいはず。それで斬られた瞬間に回収するんじゃなく少し時間を置くのか。まあ街が広すぎて追いつかないのもあるでしょうね。わかってる範囲で日に数件も殺し合いがあったとしたら実際はそれ以上。兵士や騎士も流石に全部回るの辛そうよ。
「これで切り裂き魔事件解決なん? このあとソフィアはどうするんな」
「私は神についていきますわ!」
「神ゆーなそれ殺されるやつじゃねーかあんたなんか神じゃない言われるやつだろ自分で名乗ることなんか一生ないけど」
中二病にしても神を名乗るのは恥ずかしすぎるものね。この地上の偽神たちも実は恥ずかしいのかしら。恥ずかしいわよね絶対。それで数百年は辛そう。なので神に位置づけられるまで百年くらいかかったのか。そりゃ自分で神を名乗りたくて名乗るのなんてよっぽどやんちゃな若者か夜○月くらいよね。私はイヤね。そもそも悟りとか槙中じゃないんだから開かないし。あれも終わりがないらしいけど。悟ったと思ったらやっと入り口らしいわよ。まあそれはどうでもいいけど。
「受付嬢消えたら犯人なんまるわかりやけどどうするん?」
「一家まとめて引っ越してくる」
「お邪魔します!」
「ああ、オトンのほうもソリド島送りにしたんな。いったいなにやっとるん?」
「ダンテのダンジョンを死なないけど手持ちのアイテムをかっぱぐだけの仕様にしたらなんかみんなゲームみたいだからか喜ぶんだよな。肉体の衰えからくる年齢制限とかを気にしなくていいのもあるし」
「それで儲かるとなったらそりゃ集まりたがるわけやんな」
まあ結果オーライなところはあるけどすべては槙中の掌の上。まあそれはねえ、マイルームとベルたんの組み合わせが脅威すぎるし。実際イルマタルくらいのことはやってのけそうよ。神ね!
「神ゆーなあとイルマタルもまだ星のんに比べたら未熟だし神とは言えないかもな」
「厳しいなあ」
「神は我が神だけなのです!」
「やーめーろー!」
ソフィアは槙中にうしろから抱きついている。フカフカそうね。それはそれで良いものだわ。
「じゃあ祭りしゅうりょー! ベル、白飴!」
「きゅ!」
ひゅるるるる、ズガン、と花火を上げたような音がする。そしてしばらくしてからの閃光と爆風。きっつ! 空を見上げればプラズマ? 光がくるくると回転している。ベルたんは雷やプラズマも支配するのね。槙中もうマイルームいらなくない? まあ全力であの白飴とやらを自力でやったら体が何度も吹き飛ぶハメになるけど。それは嫌ね。
「じゃあまだやってるヤツらを回収してくる。水野、マイルーム帰ったら立石のゲームにつきあってやってくれ。アイツしつこいんだよ格ゲー弱いくせに!」
「ウチもようせんわ。まあたまにやったらええんやけど。エラいわ〜」
「おつかれ! んじゃな」
そう言うと槙中はソフィアと一緒に空気中へ消えた。そこへ駆けてくる足音がした。
「ありゃ、終わっちまったの〜? まあいっか、楽しめたし親方様も満足だろ」
「グイード?」
「おう」
Sランク冒険者ね。どうやら槙中とソフィアを探してきたみたいね。発信機みたいなものがあるのか槙中が知らせたのか。
「そう言えばひとつしょうみわからんのやけんど、なんで受付嬢が絶対切断とか持っとったん?」
「アイツもヒマジン連合の一員になったからな」
「ヒマジン連合?」
なんでも商売の神が暇を持て余した結果作られた組織らしい。暇つぶしのネタを提供できる相手にスキルを与えたのね。でもなぜソフィアがそんなネタを提供できたのかしら。
「ああ、絶対切断もろたらBランク以上のロートルを懲らしめて回る、最初からその予定やったんか」
「そうだな。そのネタでアイツはスキルを授かったらしいんだが、鞍替えしちゃった」
「はは、そりゃご愁傷さん。ごじゃはげやな」
「そんなに禿げてる?!」
「めちゃくちゃね、って意味よ」
「いつもその喋り方にならない?」
「ならんけん」
これはウチの、私の生き方ね。自分のことを意識すること、自分に興味ない自分を終わらせること。そのために今、私は生きている。
ちなみにグイードはミスリード役だったわけね。最初からソフィアの周りをかき混ぜるつもりだったのね。
「師匠、このあとはどうなさるんですか?」
「普通にマイルームにいぬけんど?」
そう言って私は白のベルを懐から取り出す。グイードは無駄足踏んだ〜とか言いながら帰っていった。どこか宿でも取ってるんでしょうね。ノミとかシラミとか寄生虫とか、蚊もたくさんいるからこの世界の宿とか絶対に嫌だわ。ゼロで消し去るけど。
さて、この事件が片付いたとしたら槙中はあとはこの領地の改革をやるのよね。そのあとはソリド島再開発。怠惰の罪に科せられた罰が重すぎる気がするわ。まあ本人は楽しんでるみたいだけど。私も嫉妬するわね。嫉妬の罪に科せられた罰は、自信を持つことかな? 辛くて長い人生を楽しみましょう。
今年一年も有り難うございました。拙い作品にお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
来年もいろいろと書くつもりですのでよろしくお願いします! 来年は大衆向けのを書こうかな〜。ってこのお話まだまだ続くんで書ききれないかも。あー、面白いお話たくさんあるんですけど!




