スタンピード
スタンピードごっこを冒険者たちとやったからか現実にスタンピードが起こったらしい。因果関係はないよ? 本当だよ? 近くの森からモンスターが溢れてきたそうだ。この辺りでは珍しい昆虫系のモンスターらしい。この大陸では昆虫系少ないんだよな、生存競争に負けた結果だな。大型生物や知性ある生物が多いからそういう争いも多いんだよな。種の保存の観点から言ったら困った話ではあるな。
昆虫系のモンスターは厄介なのが多そうだがこの大陸では下位のものばかり。それがなぜか今回は上位のモンスターが、違う大陸の虫たちがあふれたようだ。ギルドマスターらの話によると召喚されたものではないかと。つまり人為スタンピードだな。私が疑われたがそんな暇なことはしない。街を潰したかったら一撃だ。
まあギルマスも私らの遊び……訓練を見ていた、なんなら参加していたので知ってるらしい。ちなみにギルマスは二メートルあるマッチョのよく焼けたオッサンだ。頭の真ん中だけ髪の毛があるカット。なんて言ったっけ、ソフトモヒカン? 名前はクリスティアーノらしい。名前は自分で決められないものな。どっかのサッカー選手に謝れ。
ちなみに冒険者が次々に襲われる例の事件、切り裂き魔と死体消失後帰還事件? 一日に数件も起こるようになっていて数千人くらいいる冒険者がどんどん減ってる。最悪のタイミングのスタンピードである。
え、お前のせいだろって? 私は殺ってないよ! さらってるけど。送り返してるし。まあそっちは水野が捜査してるから楽しみにしておくといい。私が操作して水野が捜査して立石はそうさねっていいながら漫画読んでる。仕事しろや。怠惰な私が一番働いてるんだがこれは罪に対する罰なのだろうか。才能や力があっても自分のためにしか使わんからな、私はケチなんだ。まあ他人のために働いてるんだけども。働くって当たり前だけど他人のためだからな。だからお金をもらえるんだから。
まあそれはいいじゃん、おいといて、スタンピードだな。私の力を見せる意味でも、もう十分? まだひとつ見せときたいので戦場に立つことにした。いやあ、バカげた戦力なのはここの冒険者たちにはわかってるだろうけど風聞として聞こえてきたら実績がないと信用されないだろ? 仕方ねえ、やらんとな。
なんかかわいい女の子に街を壊さないでね、って言われた。なぜか腕に抱きつかれてる。ロードバースは彼女の故郷らしい。いいねえ、帰る家があって。私はどこからでもマイルームに帰れるからいいんだよ。すがりつかれても困る。大きいのが当たってて女でもいいものだね、これは。ふかふかクッションだ。
ロードバース領の端を結ぶ五十キロはある城壁の上に立つ。この規模の城壁って地球なら中国とかにあるよね。中国の歴史は面白い。
「おーおー、本当に虫の群れだね」
「虫は厄介だな、硬いし生命力が馬鹿みたいに強い。頭を飛ばしても動くしな」
「虫は脳以外の神経節でもある程度指示を出せるらしいよ。人間でも少しは動けるらしい。心臓なんかの神経は考える力があるとかって話もあるな」
そもそも神経自体に反射ではあるが情報に対して反応する仕組みはある。虫の場合それが太いだけとも言える。だが。
「ゴキブリに洗剤かけたらかかり方次第で一瞬で殺せるんだよな。あれって油で気孔を守ってるんだけどそれがなくなればあっさり窒息するんだ。つまりこいつらも酸素ないと動かないの」
「ほうほう」
虫は動物の中でも酸素欲求が高かったりする。だから体側に気孔がたくさんあるのだ。
「だからこうする。死の風、ナイトロジェンストリーム」
青の魔女水野が見守る中で魔術を行使する。見せてもいいのかって、水野が私になにかすると思うか? コイツ私大好きだもん。言わないけど。言ったら顔を真っ赤にして怒るだろう。それはそれでいい。
ナイトロジェンストリームは人間にも効くからなるべく敵だけを包むようにコントロールしないとダメだが私にはベルダンディがいる。ただの薄緑のマフラー風トカゲに見えるが風の精霊王だ。当然すべての風は私の支配下である。無敵だな私! さすが私! ほめてやらないと拗ねるからほめさせて! 自信ないからな私!
自己肯定感なんてまったくないんだよなぁ。魔女だから! でも若い頃みたいに絶望して泣きわめいてうずくまるほど未成熟でもないんでね。行動しないと結果なんて出ない。
人間の価値も個には無いからね。世界で一人になるなら死んだほうがマシだ。宇宙のどこかで人類復活ワンチャンあるかもしれないからそこに賭けよう。なので私は人のために生きるぞ、星のーん!
まあそれは置いといて、今は近くにたくさん人がいるから活躍してみせるかね。
ナイトロジェンストリームはまず仕組みは見た目ではわからないし窒素単体を用意するにも科学的な知識がいる。たぶん風魔法で即死系があるのでナイトロジェンストリームに似たことはできるんだよね。それに対する対策もある程度は練られているはずだ。ただ、風の精霊王から虫に賜るぶんにはなんにも問題がないが。
「ギギッ……」
「ギチギチ……」
「キキィ……」
一瞬で死んでいく虫ども。うーん、一万くらいの二メートルはある虫の群れが次々に倒れていく。飛んでるヤツも落ちていく。虐殺だねえ。
全部死んだのを見計らって酸素を送り込む。さて、死体はぎは集まってる冒険者にやってもらおう。
「我こそは生と死を司る白の魔女。虫けら共が身の程を知れ。……ほれ、お前さんら稼ぎ時だよ。はぎ取りしなきゃ。はいだぶんはみんなで分けるんだ。取ってきたら取ってきただけあんたらのもんにしていいよ!!」
拡声もできる風魔術便利。ちょっとカッコつけてみた。しばらくこちらを見て硬直してた冒険者たち、千人いないくらいだね。一斉にキョロキョロしたかと思ったら私の宣言が終わると同時に駆け出した。現金だねえ! 扱いやすくていいよ全く。スラムのガキたちにもわけたげてー。にこやかにガキどもを冒険者たちがひっぱっていく。これでいいんだよな。
「いいのか? これだけの素材、間違いなく一千万はくだらんぞ?」
「はした金だねえ」
「クッソうらやましいー!!」
十億グリンを転がしてる魔女様が一千万のために地べたを駆け回って虫をはぎとってまわるとかありえないだろ。まあ一千万は安く見積もり過ぎだと思うけど。デカいヤツは五メートルはあるもの。大きいだけで知恵は回りかねてたようだが。ナイトロジェンストリームって実は風魔法で撹拌したらあんまり効果ないんだよね。ベルがいなければ、だけど。私の魔法の支配圏はせいぜい数十メートルが限界だしマイルーム使っても半径一キロだからね、ベルはそれに比べられないよ。世界規模なんだもの。私がコイツに認められたのはあくまでも風を使った予想外の一時的な威力を見せつけたからだし、コイツがやろうとしたらもっとひどいことになるはずだ。よーするに力で勝ったわけじゃない。
この世界の風魔法も風圧系や爆発系だけどマナを込めて放つタイプで圧自体は大したことなかった。小説なんかでエアカッターとかやるけどあんな無駄が多いこと本当にやってたらビックリするよな。真面目くさった小説でエアカッターとか言われたらなあ……。そんなことで切られるから堪らないんだよなー小説書きはやってられないぜ。まあ風潮ってことで見逃されるんだろうけど。
エアカッターかあ。切断力を持った空気ってなんだよ。それなら私のキャンディとかマナ操作による念動力でナイフ飛ばしたらよっぽど楽でいいだろ。理屈がない世界って設定ならそれでいいんだよ。アホな神様が突然無から現れてきてくらえ我が力ーとか言って敵を殴って倒していけば核爆発でハッピーエンドな世界でも別にいいけどそれでこの世界は物理的、とか言うのは違うしな。いや物理じゃないところを説明するところだろ、そこは。
ウチの神様は存在するだけで敵が死ぬけどな。だから介入しないんだよ。チートとかくれるのはお遊びだもの。神は世界そのものでもあるし世界をデータとして操作できるけどエネルギー保存則とかは曲げられないんだよな。超次元的ではあるけど現実の延長な感じ。設定の下敷きならこれでいいんだよ。物理無視しなきゃ。物理無視して物理的な世界って説明は通らないって話でしかない。世界は物理的だけど超然的な存在があるなら説明がほしいよな。夢オチで終わるのも伏線や説得力があるなら構わないんだわ。アレが荒れるのはいきなり打ち切りエンドだからだしな。最初から計画を練られたある程度は予測できる夢オチなら、やられたー、で済むし受けると思うんだ。まあそれはいいや。
虫の群れの死骸を前にしてるのに冒険者たちは明るく笑いながらナイフを振り回してる。残酷なシーンのはずなんだけど微笑ましい。情報のバックグラウンドって大事だと思う。まあこれをやった敵どもには痛々しく感じるだろうがね。世界を切り取ってみている限り真相はわからないよ。勘違いで暴れるなんて馬鹿なことだろ。恥ずかしいで済むのか、それは。人が死んでも?
あいつのせいで絶望した、自殺する、とか言われても謝罪すらする必要はないけど原因を作っていたなら解明して謝罪もしないとダメだろう。悲劇を繰り返さない構造を作っていかないと。
ちなみに日本では毎年百万人人が死んでるんだぜ。知ってた? 戦争で死んだのが三百万人。三年分も一気に世代を問わず亡くなった。それが多いか少ないかの話ではない。
戦争はクソだ。クソ以下だ。しかし社会は戦争の必要を生む。それを食い止めるのは教育だ。じんわりじっくりゆっくりでも叩き込まないといけない。全員が豊かになれる社会を作っていくんだ。そのために命をかける価値はある。まあ死なないけどね。そのための不老不死だと思ってる。人が幸福になる以上に人類が考えることなどあるものか。他者への配慮や優しさも余裕があれば向けられる。余裕がない社会を終わらせるには余裕がない生き方も仕方ない。今は私が働く時だ。
大量虐殺は虫けら相手でもなかなかに心に来るものがある。あーヤダヤダ。戦争なんて仕掛けてきたヤツは地獄送りだね。マイルームの範囲内にはいやがらねぇみたいだけど。まあ残念な異大陸の工作員がいるらしいことはベルが調べてわかった。ベルはすべての音を聞く。私らの前に隠し事は不可能だ。
捕まえて仕留めるのはできるんだけど大本を絶ちたい。それについてはもっと先のことになりそうだな。異大陸の政治事情に口出しに行くのはさすがに順番から言って後回しだろ。この大陸も戦争まみれだしこの国だって国境だけじゃなくて国内でも貴族間の争いが起こりまくってる。山賊のふりをした騎士がたくさんいるぞ。仕留めてもいいんだが政治的配慮って難しいんだよ。義も無くはない。法で裁けないものなんて山のようにあるのにこの世界は国際法どころか国内法まで未成熟だ。そもそも取り締まりしきれる能力が物理的に存在しない。こりゃ無理だ。
だから教育ってこの世界だと治安維持暴力装置の兵器提供でもある。治安維持目的の力を手に入れないとまずは話にならないんだよな。
力こそ正義。……それほんとにいい時代なの? まあ私が我を通せるからいい時代かもしれない。
そろそろこの街の問題を片付けてしまおうかねえ。まずは水野に頑張ってもらおうか。私が解決したらなにごともなかったようになっちまう。それって教育にならないんだよな。犯罪が起こる事実がなければ警戒態勢も作られないし警戒態勢がなければ犯罪抑止力もない。
結局は力こそパワー。はあ。しかたないね。
「魔女様〜、ほんとにこれもらっていいのー?」
「喧嘩したら全部取り上げるからね! 仲良く分けるんだよ!」
「うひゃー、これで今月はたっぷり遊べるぜ!」
「バカ、武器買わなきゃ!」
「ダンジョン出かけようぜ!」
「ソリド島行きてえな!」
おい、ソリド島の話を大声でするんじゃない。復帰冒険者も混ざってるわな、それは。あ、水野がこっち見てる。すごいアホを見る目で見てる。わかったわかった、そっちはもう次でおしまいにするから!
次回、ロードバース子爵領殺人誘拐事件、解決。
「やぎろししじょんならんで」
「名探偵のセリフそれでいいの?!」
「誰が迷探偵やねんまちごうとらんけど」
「メイの漢字違くない?」
「五月?」
「あ、合ってるかも」
そういうわけでメイ探偵水野とまりこと青の魔女フローラが事件を解決する。いやー、まさかあんなことになるとはなー(棒)。




