魔女たちの暇つぶし
それで、ギルドにいるヤツの鍛錬をなぜか立石と水野も見ることになった。教会の魔女も青の魔女も暇らしい。弟子のマリーちゃんは一緒にやるようだ。
「まずはマイルーム、マイワールド。お前たちの前にオーガを出してやるから倒してみな」
二十組くらいの冒険者が集まったのでさっそく面倒を見ることにしたんだが、マイワールドでトレーニングルームに全員をこっそり放り込んでまずは森を作り出した。私がやってた修練をやらせたらいいだろう。
体重五百キロ超えるような三メートル以上の大きさがあるハイオーガはさすがに倒せないだろう。あれはガチで生木を倒してくる。なので下位オーガの中でも比較的弱いグレーオーガを呼び出した。Cランクなら問題なく倒せる。
「俺たちDランクなんですけど!」
「じゃあ一生Dランクでいたいってことか。私が稽古つける意味なくね?」
「や、やります!」
「ここなら死ぬことはないから思いっきり格上と当たれ。ドラゴンでもヒドラでも出してやるから」
トレーニングルーム使えば誰でも強くなれるわ。私でもなれたんだし。ここはリスクなくリスクに挑める、まるで株のトレーニングアプリみたいな、スキルによる世界だ。死にたいだけ死ねるし戦いたいだけ戦える。理想的だろう。敵をわざわざ探さなくていいのはとてもデカい。例えるならはぐれメ○ルが無限湧きするバグみたいな。
ちなみにスクルドはここで勝手に鍛えてるのでチート抜きだと私も勝てるか怪しい。本気を出さないと厳しいかな。なのでスクルドが遊んでる時は一緒に遊ぶことにしている。だいたいは勉強してるけどな。スクルドも本好きなようで三文ネット小説から純文学まで読んでる。漫画も読むし乱読だ。ちなみになぜか翻訳されている。このまま売れるな。売らないけど。
んで、冒険者たちは私が用意した弱めのグレイオーガの前に立った。
「はい、失格。なんで冒険者が真正面に立って戦おうとしてるんだよ!」
「え、えええ!?」
いきなり失格である。出された皿じゃあるまいしなんでまっすぐ向かった。水野もため息を吐きながら説明する。
「普通、罠を仕掛けたり影から狙うやろ。それが冒険者。前に立って戦うのはただの脳筋。騎士なら策を練る」
いきなり格上の前に立ってどうするんだよって話だな。正面からじゃ負けるから格上なんだろうに。水野もよく見ている。暇らしい。立石もオラオラ言いながら冒険者たちのケツを蹴っている。
「さっさと散開しろ! 剛力のヤツの的になりたいのか!」
「ひ、ひええ!」
「誰か魔法!」
「まずは隠れるんだ! 見つかってるから遅いか?!」
立石に蹴られた冒険者たち、大パニックである。最初はそうなんだよなー、私も前に立って戦おうとしてたわ。影から狙い撃てばいいのに。腕試しなら今もやるけどな〜正面突破。もうだいぶ闇討ちする意味ないんだよな、強くなりすぎて。
立石がパワハラとか思うかもしれんが軍隊だとヘマをする兵士は後ろから撃たれるんだよな。平和な日本の会社じゃないんだよ。スパルタも命がかかるからある意味必然だよな。油断しないために常に緊張するためにダメージが飛んでくる状況が必要になる。ようするに日本の会社でパワハラは七十年くらい時代遅れだ。もうそんな時代じゃないよな〜。逆に言えばパワハラない軍隊とか平和な国すぎるよな。危機感をそれでも持てるならいい教育をしてるんだろう。それは学んでおきたかったかもしれない。まあ立石のはつまりハラスメントじゃないけどな。危機がどこから飛んできますよ、とは言わない。予習や予測は最大限必要だ。命がかかってるのに痛みを感じたくないとかやめてしまえって話だよな。基本的には労力を払わない仕事なんてないし労働力を社会に売るんだよ。当たり前だけどタダで養ってくれるのは親や養育の責任者だけだ。社会に面倒みてもらいたかったら社会で面倒みてやれるほど社会を豊かにしろやってこと。無から有は生まれない。
なので予測できないタイミングで後ろから魔法打ってくる敵とか出しておこう。索敵も冒険者の大切な役割だ。痛みを伴わないトレーニングってあるのかね。最大限優しくしてやりたいが甘やかすのは間違いだ。それは死を招く虐待。
教えろと言われたから教えてるのにへっぴり腰で逃げられたらやーめたってなるよな。当たり前だけど。やる気なんて他人は補充してくれねえよ。必要なら自分で補充しろ。自分をほめるのが一番だ。やりながらできてるなー、すごいなー、偉いなーって自分をほめてやればいい。
トレーニングルームって無から有が生まれ放題だな。まあ消える前提で泡を作ってるだけなんだけど。世は泡沫、泡沫の夢。詩人か。
見てる間に冒険者たちはグレイオーガを倒してしまった。ほらな、できるんだよ。純粋な戦闘力だけがすべてのはずがない。索敵、罠、誘導、奇襲、毒、気候、なんでも使え。ちょっと厳しいがグレイオーガを三体にしてみる。不意に敵を増やしたがちゃんと索敵役が見つけたな。そして作戦を簡単に伝えている。こういうのはあらかじめ決めておいてハンドサインとか使わないとな。その辺りができたらこの実力でもBまで行けると思う。バランスのいいチームだ。回復はアイテムだよりみたいだがこの世界のポーションは優秀だしもともと命の張り合いになるような戦闘は冒険者のそれじゃないんだ。
物語の派手さだけを優先したチャンバラ特攻正面突破、なんなら名乗りを上げてまで、そんなことするならお約束のヘッドショットまでやられて死んでしまえ。そうなる。
索敵、警戒、確認、作戦、敵の罠解除、こちらから裏をかく罠の設置、装備の仕掛け確認、奇襲のタイミングや誘導方法など作戦を練る、実行。これができたらBランク。武器持って敵を切るとはそういうことだよな。アーマーみたいなウロコだろうが切り裂く剣術か武器は必要になるかも。装備は大切だよな。五十センチも切り込んだらほとんどの生物は死ぬ。一撃で仕留める必要もない。言うだけなら簡単に聞こえるな。敵も死にたくないという最大の現実が待っているが。追い詰め方が下手だとめちゃくちゃ死に物狂いで暴れてくるからな。そうなったら素材も駄目にするし危ないし冒険者にあるまじき事態と言っていい。格闘家じゃねーんだよ。ずるく、賢く、確実に仕留める。罠をかけ、かからないなら逃げる。遠距離からこっそり弓矢で狙って魔法で動きを止めてから接近戦ですんなりとトドメだ。
「格闘術も教わっていいですか?」
「なんで魔女に聞くんだよいいけど」
サツキ流柔躁術も納めてるとは言ってある。ゴブリンとか投げまくって遊んだだけだけど。
格闘術もまっすぐ向かうより円の動きが大切なんだよな。古武術なんかだと基本なんだけど今のみたいな反射や物量で殴り潰すみたいなのを術とは言わんだろ。元々日本にあったそれは平和のために無くなったが基本的な知識は残ってる。
円に動き、例えば相手の服をつかむとして体をくるりと横に高速で回転されたら絶対につかめない。少なくとも真正面からのつかみ合いのようにはつかめない。指を取られたら自分が致命傷だし手先の力で体を回転させる重さを止める術がないからだ。体を当てていき回転を止めて掴まないと手先だけでは力負けする。物理だな。まっすぐすすんでくるなら合わせて動くだけなんだけど回転して回り込むように腕の外にまわられるとこれが掴めない。指の先を体で押さえ込めば跳ね返せる道理がない。重心に近いほうが力が入りやすいのは単純にテコの原理だ。魔法の術ではない。打撃とは違うから力が優位なところで関節を極めて痛めつけてから倒すのである。なので指先だけで投げられてるように見える。耐えたら折れる。
二、三人接触するかしないかの距離で投げてみせると全員おおっと感動したような声を上げるが実戦でこの距離に近づかれたら負けというのはある。そこを奇襲で返すのだ。だから相手が用心してる時は距離を置いて撃ったり斬ったりするべし。当たり前だけどわざわざつかみ合うより遠距離から飽和攻撃で倒すのがいい。質量と火力と物量こそパワーである。最後はパワーなんである。まあ冒険者がパワー重視とか終わってるけど。正直ドラゴンのウロコを通す片手剣があればいい。それで最強の冒険者になれる。Sランクになろうが魔女にパワー負けするんだからそこを目指しても仕方ない。卑怯に迂遠に計画して警戒して警戒させず罠を張って、それを最後にぜんぶ力でぶち壊しにするのが魔女だしね。真似したら駄目なやつ。レベルのある世界なんだからとにかくモンスターを倒す、それがすべてだ。ある程度儲けてドラゴンの牙のナイフでも買えばいい。敵の動きを止めてトドメを刺す、冒険者がやるべき戦いはそれだけだ。
寝てるゴブリンエンペラーを巣ごと焼き払えばAランクだし気絶したドラゴンの首に竜の牙で作ったナイフを刺せたらSランクだ。楽勝だな。え、無理? 窒息したらゴブリンエンペラーも死ぬ道理なんだけどな。炎の竜巻に巻き込まれたら呼吸する生物は助からん。火刑でじわじわ焼くんじゃなきゃ業火で焼いたらまず窒息する。焼けて死ぬなんて簡単じゃないからな。手足がなくなっても死なないんだから肺が焼けるとか、とにかく脳幹が酸欠で止まれば死ぬ。失血とかじゃ遅すぎるし焼いてたら血は出にくい。火刑が恐ろしいのはじっくり弱火の時だな。私はやられたくないぞ。フリじゃないからな! 魔女は火刑かな〜。まあマイルームに逃げるけど。
神の力を借りてるのに魔女っておかしくない? まあ自分らで楽しいから名乗ってるんだけど。神の使徒とか言ったら背筋寒くなるもん。もう三十年若かったら考えるけど。
十年年取ったらどうなるかだよ。その間力や頭の回転は鈍るだろうけど現場や状況に慣れてこなした経験も増えて強くなる面はないのかって。そこを鍛えないとダメなんだよな。だって年は取るんだもの。そのうちサイボーグ化できるかもしれないけどね。
子供の生まれない世の中とか私は嫌だな〜。まあそれはいいや。
集団戦闘とかもできるんで疑似スタンピードとかやってみる。冒険者チーム十チーム以上私らの話を聞いてたのでガチの戦争も体験させてやろう。すごいよな、マイルーム。私のギフトだけど。
「ウコンバサラ見せてやろう」
「おー、風やのに雷使えるんやな。ウチも雹とか摩擦で雷作れんかやってみよ」
「じゃあ水野のはトールハンマーな」
「ケラウノスもえーけどな」
「西洋人雷大好きだよな。日本人も雷神好きだけど」
インドラとかはインドの神様だけど。日本だと帝釈天だっけ。まあ神仏混交でいろいろ混ざってるよな。神道ってどんな神様も取り入れちゃう性質なんだよな。新しい神様も作れるし。宇宙開発の神様とかあるんだぜ。宗教も面白いけどこの世界の宗教もまあ新しい神のせいでいろいろ別れてる。あれだな、世界中にいろいろな宗教ができてしまうのは必然ではあるのかもしれない。
まあそれは今はいいや。冒険者たちが力こそパワーでモンスターの軍団を倒している。私は他の方向で水野と立石と遊んだ。大量破壊してたら冒険者見にきたけど。派手なのは心踊るよな。あんまり意味ないんだけど。
容赦なくウコンバサラやディバステイティングストライクでぶっ飛ばしてやるとなんか水野や立石にも白い目で見られたんだが。楽しめや。せっかくやってるのに。
「ウチの攻撃系ギフトより威力あるんどないなん」
「普通の魔術でこれはおかしい」
「魔術だからみんなできるだろ」
「なんか制限設けたほうがよくね? 星野も止めないからいいんだろうけど」
「星のんはだいたいなんでもオーケーだからな。摂理に沿ってやってんのに文句は言ってこないよ」
「うーん、ゼロを大規模にかけれんかな。半径三百メートルくらいで。……あ、できた」
「お前がチートじゃねーか!」
攻撃系ギフトガチヤバかった。私のは準備に時間かかるのにサラッと。サラッと全部凍らせた。ちくしょー!
「いや、ギフトやのん魔術に負けてたら名折れやん。星野もそんなつまらんことせんやろ。なんか他にも応用できそうやし考えとこ」
「いいなー」
「お前が言うな。マイルームのほうがひどいスキルだろ。私のなんて職業スキルがギフトなんだぞ」
「アンタのもたいがいやろ。なんで七つもギフトあるねん」
「普通の人間にしたら三人とも化物だけどな!」
なんかSランク冒険者のグイードに突っ込まれた。こいつの雷撃魔法も十分チートだと思うけどなあ。私には効かないぜ!
そんな感じで冒険者たちと遊んだ。違った、教育したぞ!
「そういや今度新人の勇者の面倒見ることになったんだよなあ」
「勇者とかつまらなそう」
「最高位天職のひとつだからね? つまんない言われたら普通の天職立つ瀬ないからね!」
でも天職スキルって最高峰である立石の七つの美徳は半端ないけど私の怠惰とか水野の嫉妬はたいしたことないんだよな〜。この世界は天職よりレベルと鍛錬だと思う。魔術でなんでもできるしな。
それで、その勇者を連れてしばらくグイードは国に帰るらしい。ありゃりゃ、私に会わせる話じゃないんかい。




