ワルテルと領主たち
青の魔女って言うか水野たちを連れてまたワルテルのいた酒場に来た。元気なお姉ちゃんが迎えてくれる。なんか貴族風の男に言い寄られて困ってたみたいだったがちょうどよかった感じかね。身長高めでむっちり。好み。水野もこういうスタイルの女の子好き? 立石はこういうの好きだよな。二人ともウンウンうなづいている。やはり美女は世界を一つにする!
今日も銀髪イケオジのワルテルがカウンターに座って腹の出たイケオジの黒髪マスターと話をしている。ワルテルのヤツはなぜかオレンジジュースを飲んでるな。
「貴女がお酒を断っているということですので私もそうしようかと」
「キツくない? 大丈夫?」
まだ依存が浅いなら数カ月や数年酒がなくても平気なんだがある程度進行してしまうとちょっとやめてるだけでもそこに酒が無いというだけで焼けつくほど欲しくなるんだよな。数カ月しても耐えられそうならそのまま止めたほうがいいし止められないようなら入院しても断つべきだ。幻覚とかも見えてきたりするし物理的に離さないと治まらない。経験しないとわからないけど本当にしつこく欲求が湧くんだよな。理性も物理的に溶けてたりするし。早くに断てたらラッキーだ。酒の代わりになる趣味を見つけるといい。一番しんどいのが人間関係だな。ストレスはある程度ないとダメとは言ったが強すぎると抑えが効かなくなる。なんでもホドホドが大事。まあ酒は一度は酔ってからやらかしたことで絶望したほうが止めやすいんだけどそれを勧めるわけにもいかんし不幸を味わえとも言えん。
止めれるなら早めにな。なにかに頼るってことはそれの依存が始まってるってことだから、仕事終わりには一杯飲まなくては、と思ってるなら依存が始まってる。
止めろって言ったって欲求が収まらないんだから人に言われて止められるわけがない。自身の自制心やトラウマみたいな心を縛るものが必要だ。ちなみに私は二日酔いとかの死にかけたレベルのトラウマになってるほどの吐き気を思い出すと止まる。一週間くらい吐いてたことが何度があるからな。肝臓とか膵臓壊すとしんどいぞ。
飲まないならそれが一番だぞ。酒を飲むより生きてほしい。命を大切にしてほしい。飲んで死んだほうがいいってヤツは本当に医者にいけ。病気だ。
まあそれはいいや。自覚あるヤツは勝手に良くなるんだ。自分がダメ人間って自覚は持っとけ。この世になに一つ欠けてない完璧な存在なんかない。だから努力する余地は無限にある。まあ休まないと駄目なヤツはいるけどな。必死に前のめりに生きてるヤツはちょっと止まれ。地面に顔をこすりつけながら歩くような、自分がギリギリだって気づかないヤツはいるよな。疲れてんのよ。休め。
私? 楽しいことしてると疲れてるのは感じない。
「いや、酒を止めると驚くほど体も楽になるし頭も回りますな。止めてよかった」
「それに気づけるのはだいぶ進んでるヤツなんだよなぁ……」
ほんと、寝れない疲れが取れないヤツは酒飲んだらダメ。医者行って眠剤もらってこい。
「ちょっとゆっくり寝たいとき用に比較的安全な睡眠薬用意するぞ」
「いえいえ、仕事がありますのでね」
「仕事減らせ。まあ自分でやりたくてやってることは止めないよ」
止めたらムキになるのはただの脳の仕様だ。自分の現実を振り返って、止まったほうがいいな、って気づかないと止まれない。こうやってちょっと気づくチャンスがあればそのうち止まるだろ。思い切りはいるが。他人がしてやれることなんて本当にないんだよな。ただ苦しいと、努力しないとやめられないというのを自分でやって見せるだけしかできない。他人は変えられない。自分で変わる以外ない。それって怖いことなんだけど気づかないんだよな。つまり人生って広大なフィールドの落とし穴がどこにあるか自分で探すしかないんだから。
さて、断酒会はこのへんにしておくか。領主の話をしよう。
「ここの領主にそろそろ会っておこうかって思うんだが」
「そうですか、ではご案内致しましょう。この暗くて細い裏道をずーっと進んでいくとですね」
「怖がらせようとすんなや。貴族街の真ん中のお屋敷だろ。貴族街ってそんなに貴族いるの?」
「だいたい貴族の三男以下か商人ですなぁ」
「準貴族街じゃん。まあいいけど、ややこしいし」
「貴族に恨みを持つ者たちが隠れ住んでいたりしててすね、くらーいくらーい夜道でシャリッと音がする。バッと後ろを振り向くと」
「怖がらせようとすんなや。いくか」
なんかワルテルは話し方が怖いので話させないようにしよう。ホラー苦手な魔女ってなんだよ。私だよ。
そんなわけでどんなわけだかわからんけど子爵の屋敷へ向かうことになった。いちおう朝になってからワルテルに招いてもらう。……ぶっちゃけマイルーム使えばこのくらいの屋敷に侵入するのはわけない。宝物庫の中身は私のものにできるぞ! 私こそ真の勇者だな! 人の家のタンスを堂々と開けるとか勇気いるもんな! お城の宝箱を漁ったりそこからパンツを盗み出すとか半端な勇気じゃできないよな!
まあアホな話は置いとこう。領主邸はさすがというかデカい。日本人の家はウサギ小屋って呼ばれるけど実際人が住むのにそんなスペースいらなくないか? 猫みたいに箱に入るのもどうかと思うけど寝室とかさ、広いと嫌じゃね? まあ日本人の感性は日本だから生まれたんだろうけどね。平地が狭いのに田畑が必要だしそりゃウサギ小屋にもなるわな。うさぎかわいいしいいけど。ここが豪邸だって話だった。壁はコンクリっぽいんだけどコンクリは歴史深いからあっても不思議はないな。灯りとかは魔導具だろう。ダンジョンでたくさん取れるらしい。邪神ダンテのダンジョン、ソリド島の誰も入ってなかったダンジョンでガチャで出たアイテムの中に何十個かあったわ。あのダンジョンガチャのシステムおしろいからダンジョン内だけで使えるコインとガチャマシン用意させた。楽しいぞ。ボスを初めて倒したらコイン五百枚ゲットでガチャは三百枚で一回引ける仕様だ。ソリド島の開発はあのダンジョン中心にやるつもりだからいろいろ相談してる。ダンジョンでのみ使えるこのコインは邪神ダンテのダンテコインと命名。外にもガチャと商品引き換え所を用意した。ソリド島ダンジョン街とかを作って行きたいんだけどなかなかそこまで手を入れられない。この街の問題が解決したら一回ソリド島に帰るつもりだ。開発進めないと移民を増やせないしいきなり増やすと秩序体系を作れないからな。もう一回帰ったらひきこもって二度と出てこなくなる気もするが。ニートするぅ。
ちなみに青の魔女水野はミルクセーキ飲んでた。もともと酒は飲まないらしい。立石はマイルームにこもりきっとるわ。
さて、お屋敷の奥まではワルテルの案内でついていったのでメイドさんとか執事さんも不思議そうな顔をするだけだった。貴族の客かな、とかは思われているらしい。
屋敷の中はあんまり装飾はないな。貴族なのに貧乏そう。地方貴族の住居用の家なので作りは立派で、自領の顔なんで家の表の作りはしっかりしてる。家が大きくて物がないと貧乏感アップするんだな。中庭とかってあるらしい。メイドさんが今領主にお茶を運んだところだと教えてくれた。
ここの出来の悪い領主の長男がマウロ=ロードバース、次男のよくできたほうがルイジと言う。次男と言ったらルイジだよな。たまたまだけど。
緑豊かな裏庭を進む。こういうのがあるのはいいよな。まあ私はソリド島全部庭だけど。誰かに剪定とかさせようかな。恐竜の形とか。あ、リアルにドラゴンいるわ。
四阿というかガゼボでは数人がお茶をしている。どうも喧嘩をしているっぽいが……声が大きいだけかな。茶髪でヘーゼルの瞳の二人が子爵とその弟かな。弟は立場としては従士ということになるらしい。なんか手柄でも上げたら男爵とかになれるのかもしれん。子爵の権限で騎士爵は持ってるらしい。兄の方は優男っぽく髪はツヤツヤで口ひげを生やしているので現代人の感覚だとちょっと不潔に感じるな。この世界では割と多いしワルテルも口ひげだが。クリームとかつきそう。無精髭とかはないな。身長は兄のマウロのほうが高い。
「だから商人からもっと税金取ればいいじゃーん」
「商人がいなくなったら庶民も仕事をなくすし経済が崩壊すると言ってるじゃないか。商人全員の財産を崩しても貧民が豊かになるわけじゃないんだ」
「だってあいつら何億も持ってるぜ?」
「その何億もの金も切り崩したら庶民の数日の生活費にしかならん。それで商人が逃げたら得られるはずの税も得られなくなるでしょうが!」
「だって貴族より金持ってるやつもいるぜ」
「銀行に金がなかったら金銭の価値もなくなるでしょうが! いったいなにを学んで来られたんですか兄上!」
「じゃあお前がやればいいじゃん」
「嫌ですよ。タダでさえ自由がないのになぜ更に束縛されないとダメなんですか!」
なるほどね、現実に兄も自分はやめるべきと思ってるけど弟のほうはしんどい貴族の学習を真面目にやり続けたのにこの先も縛られるのが嫌なんだな。まあわかるんだが責任はある。金を使う暇さえない貴族当主なのに責任だけ押しつけられたら普通はキレるよな。上の者は楽してるって考える風潮はいつの時代にもあるし。税金とか資産運用とか楽なわけないだろうに。たとえば贅沢な暮らしをしたり旅行したりなにが楽しいかわからんやつだっているだろう。ゲームだけしていたいとか思ったら金なんてそんなにいらないし。責任ばっかついてまわるじゃやってられないだろうな。普通の理由で拗れちゃってる。当主のほうもやめたそうじゃん。私? 私は神に愛されてるからな! まあだから責任をはたしにきてるわけだけど。めんどくせー。挨拶はしとくか。
「よっすー」
「何者だ?! ワルテル?」
「お待たせいたしましたルイジ様、白の魔女様をお連れしました」
「私は無視か?!」
「おや、蚊とかハエとかゴキブリだとか思っておりませんぞ」
「それは虫だ?!」
「ヒゲ似合ってないからそったほうがいいぞ」
「これはローザがおひげ素敵ですねってほめてくれたんだぞ!」
「知らんよ誰だローザああほれてる平民の女だな」
「平民だろうが貴族の養女になれば結婚できる!」
「兄さん、それは建前を整えたらなんとかなるだけで風聞のいいことではないといったじゃないか」
「まあ普通にテゴメにしたふうに見られるわな」
「私は! そんな! 不純ではない!」
「他人がどう見るかの話だろうに。それで弟さんのほうは明らかにコイツよりマシなのになんで当主イヤなの?」
「当主なんて問題山積みで自由な時間は取れないし過労死したり胃に穴が開いた人も多いんだよ。責任とかばかり重いんだ。計算ミスで首が飛んだ人もいるんだ」
「……つかぬことを聞くけど今この領の仕事誰がこなしてんの?」
「……ボクだ」
「変わんねーじゃん」
「いやでもほら責任っていうか首もかかってくるし物理的に」
「ソイツが下手こいたらどっちにしろ連座だろ」
「ああ、ホントだ……。ボクなんでこの家に生まれてきたんだろ」
「お前さんがやるべきだからじゃね? 知らんけど」
マインドセットなんて自分で好きにコントロールしたらいいじゃん。自分はこの領地を良くするために生まれてきた、とか思うのは自分の勝手だからな。気が楽になるのは自分のやってることは必然だし求められてると思うことだろ。そこに事実はいらない。
自分のコントロールって大事。タダだしな。しんどい仕事を自分がこなすしかない自分にしかできないこと、と思ったらやる気出るじゃん。たいてい機械でも済ませるとか思ってるからやる気なくなる。言ったじゃん、事実かどうかそこは関係ない。やらなきゃ回らないならやっぱり自分がやるべきことなんだし。たとえば単調な作業は退屈な仕事と思うよりリズムゲーとか思ってやったら楽しかったりする。そんな自分の心の持ちようで疲れないんだからそっちのほうがいいのになんで疲れようとするのかわからん。他人にいいように使われるのが嫌って言うけど結局その程度の人間なんだから仕方ないだろ。逆にじゃあ自分がいなくて回るなら自分がいらなくなるわけだが。給料払われるのは仕事するからだろうに給料払われてるのに仕事しなかったらニートより厄介なやつだと思うけど。ニートは消費するだけで他人に直接かかわらないけど給料払ってるのに仕事しない社員って普通に害悪だもんな。詐欺師と変わらん。ベーシックインカムなんて実現したらニートがあふれるだろうな。消費するだけ価値はあるのかもしれんけど。経済が回るならそれで社会は持つけど本当に個人の価値なんてなくなるよな。私はちょっとなんの個性もない働かないアリにはなりたくないな。
「まあアンタも自分でやるしかないのはわかってるんだ?」
「助けてくれ白の魔女よ」
「メリットがねえ〜」
まあやるしかないんだろうけどさあ!




