ブロッサム計画
送ってきたのがたった二十人だったわりに組織に近づいてから出てくるヤクザ者の数はなかなかのものだった。一発キャンディを爆発させてやったら全員その場で失禁した。ああ、音を制限しないとガチで死ぬんだった、失敗失敗。マイルームマイワールドで全員生き返らせて動けないように転がしていく。さて、どうしよう。ぜんぶ刈り取ると計画がな〜。まあいいか、ひとりひとりやる必要もないか。
「呪術展開。さてさて、どう条件をつけるかな。義侠心を高めてやればいいか。お前たちの仲間であるスラムの弱者たちを守れ。楽に溺れるな。ほかは好きにしていい」
犯罪行為を犯せないようにするのも考えたが別にそこまで縛る必要はない。悪法がはびこる世だってあるしな。それにこいつら法律を理解してると思えん。人を殺すな、程度はつけ足しておくか。相手を痛めつけるな、とか言ったら解釈しだいでは敵に対して動くことも難しくなる可能性がある。そこまで心優しくないか。ケモノに着ける首輪ってのは難しいものだ。締まらないように、忘れないぐらいにしばってやらないとな。最低限私の命令に従わせたらいいか。
呪術をかけたのでお出かけする。全員マイルームから出したらそのままヘタった。うーん、精神構造的に受け入れられない呪いとかあったのかな。そうなると呪いが発動して全身を痛みが襲う。これがまた肉体の痛みじゃないから耐えられない上に際限がないんだ。私ならそんな状態になるのは嫌だね!
プライドを曲げるのもまあまあ痛いからなかなか折り合いがつかないのかもしれないが何人かは呪いから立ち直った。解けたんじゃなくて逆らわなくなったってことね。うーん、時間がかかるみたいだし放置するか。今は命令とかしてないし弱者を守るのと人を殺さないのだけだと思うんだけどそんなに嫌なのか? たぶん理解できないとかそのせいで受け入れがたいとかそんなとこなんだろうな。痛みを強めにしてもいいがそれだと学習効果も下がりそう。ムチを打つようなやり方は嫌いじゃないかって? 大嫌いだよ。こいつらみたいなのにしかやるつもりはない。少なくともこの程度の縛りで苦しむとか普通にバカなのか悪人なのかわからん。私はまあまあクズの自信があるが悪人の気持ちって今ひとつわからんのだよな。なんで法律破っても平気だと思えるんだろう。普通に国家権力なんてにらまれたら邪魔くさくてしょうがないだろうに。楽に生きたいなら犯罪が一番遠いしな。
人間の精神は脆弱だ。こればっかりはどうにもならん。進化するか考え方を変えるかだな。OSが世界標準に達していないって言ったらわかるかね。世界でこれは当たり前にやっといたほうがいいこと、やったら損すること、それを一通り理解することからはじめてみんなが生きやすいように生きることはそういう社会を作る礎を作ること、そこまで考えが行き着いたら悩む話もなさそうなんだが。
与えることと甘やかすことは違う。これは絶対だ。甘やかすことはその人の時間や正確な判断や自主性を奪う最悪の行為だ。休息が必要だとしてもそれもまた与えるということでしかない。それだけになったら時間や力やお金やいろいろなものを失ってしまう。それは生を削ることだ。百パーセントの癒やしって実はかえって重要な緊張とかも失ってしまうんだよな。八割回復が一番いい。体も心も完全にリラックスなんて求めたら際限がなくなるしな。厳しさとも違う。こんなもん厳しさって言うか? まあいいや、普通にちょっとダルいくらいのほうが私は生きてる実感が湧く。
疲労しきったとこで布団に入ったらすげえ気持ちいいだろ。適度なストレスは体にもいい。なんもしたくないってのはなんかの精神障害かもしれん。散歩とかから始めたら少しずつは改善するはずだ。自分を労ったり律したりは最終的に自分で判断するしかないぞ。そこを他人に甘えてもそりゃ裏切られる。普通に他人の気持ちなんてわからんからな。ようするに要求が高すぎる。そうすると満たされる経験が少なくなって人生の不満ばかり言うことになりさらに人が遠ざかる。
人に期待したらダメだな。他人をコントロールできるなんておこがましい。私は神じゃない。神もやらないけどな。神はお人形遊びをしない。
ゴロツキどもも立ち直ってきたらしいのでアジトに向かわせる。すごい従順になったけど別に洗脳はしていない。
「魔女さまあ、アジトまでもう少しでさあ!」
「足元危ないんでお気をつけて!」
「くっせーなー、掃除しておくか」
「おーら、そっちは危ねえぞお!」
……こいつらは善良になったわけじゃない。もともとこうしたかった、というのがあったのをやっているだけだ。楽であることばかり求めなければ人は普通に変わる。休みすぎたらダルくなるんだよな。それはいくら休んでも筋力が落ちていくだけだし、正直余計にダルくなるぞ。動けないなら泳ぐとか布団の上でゴロゴロするとこからはじめるといい。やれとは言わん。言って変われるなら世の中ダメ人間はいなくなる。自分にできることは環境を変えることだけだからな。この世界なら呪術で縛るとか荒技も使えるけど。
真面目に生きたほうが楽なんだよ。心が特に。
他人任せとか他人の物を奪うってそれ人にやられたらどうなん? やっぱり悪人の考えはわからん。自分だけが特別とかその考えが間違ってる。なにも特別じゃない。自分を認めない世界も悪くない。人間と社会の関係ってパズルのピースみたいなもんで合わないとこには合わないからな。それを嘆いても仕方ない。幸いなことに人間は形を変えられる。人の言われるままになんでもやる人間が好きなの? 甘えすぎだろ。さすがに気持ち悪い。
「問題は生産性が低いことだよなあ。なんでおまえらダンジョンとか行かないの?」
「ええ、ダンジョンは死ぬかも」
「ここで私みたいなのとか騎士かぶれに殺されるほうがあり得ると思うけどなあ」
「うーん、やっぱり法を犯してて表に出にくいのがあるかもなあ」
「なるほどなあ。私自身はやりなおしゃいいと思うけど社会はそうは思わないもんな」
寛容になれとは言わないけどなんでも死刑死刑言うのはな。けっきょく問題を投げてるようにしか見えない。人を死刑にしたら心が落ち着いた話なんて聞いたことないんだよな。失われた家族の命は戻ってきません。当たり前だ。大事なのは教育だしね。現実に最終的にはだが、死刑はなくなるべきだと思う。今すぐ可能とは思わん。よく「自分の身になって考えろ」というが逆に被害者じゃない人のことや犯人のことは考えないのか。片手落ちなんだよな。犯罪者の心理を理解するのは犯罪をなくしていくためだ。人が恋愛しなくなったら犯罪率減っていくんだよな。だいたい犯罪って不遇か身の丈に合わない欲から生まれるものだから。つまり自分が恵まれてないと思うから奪って補おうとするわけだな。愛されていないと思うから傷つけて自分のことしか考えられなくしてやる、とかいう気の狂った発想に至るんだからエロ画像で我慢しとけ。男なんて特に抜いたら終わりじゃん。
まあそれはいいや、私には一番どうでもいい。生きていくのにモテないのが辛いとかよくわからんだろ。私にはわからん。恋が苦しいならやめたらいい。執着なんだよなぁ。精神の病気だ。
酒もそうだが害を見なければやはりやめられないんだよな。実害のケースを見ていればいい。愛への深い執着が起こした事件とか小説を見ればいい。最近の三文小説はそこが詳しく書かれてないのが嫌なんだよな。悪人の気持ちにリアリティが無い。まあそれはいいや。私もこいつらの気持ちわからんもん。
でも犯罪を犯してしまったからもう世間は許してくれないと思ってその道に染まっているならやはり許しは必要なんだろうな。もちろんただ許すなんてありえないんで楽園か地獄へ落とす。刑務所も実際罰を与える施設というより隔離する施設でしかないからな。考えてみればわかるんだが自分は日の目が見れない立場の人間だ、と思いこんでるやつを罰したとこでやっぱり許されないんだと思うだけだからな。罪を感じてるヤツを罰さないとどうなるか考えてみるといい。罰されないって実はすごい怖いんだぞ。
私も不良だからな、山野のこともあるが正義のつもりでふるった暴力で人が怪我をすることはよくある。そんなときにいつも思うのが謝っても許されないって気持ちと、罰がほしいって気持ちだ。こいつらがもし罰を求めていたら、そのためにより深い罪を犯していたら。悪人の気持ちってそんな感じなのかもしれないな。身を焦がすほどになにかが欲しい気持ちはわかるけど私はブレーキ踏めてるからな。そこはわからん。アルコール依存症はアルコール欲求に負けたら終わり。欲に身を任せても死ぬだけだ。私はよくわかってる。
罪を償いゼロからスタートできる、そんな土俵を私が与えてやろう。もし立ち直りたい、もう一度明るい場所で立ち上がりたいと思いながらも弱い心に、恐怖に負けて立てないと言うのなら。
この魔女が杖を貸してやろう。私は魔女だ、正義なんて偏屈なものはどうでもいいんでね。
真面目に生きてみろよ。話はそれからだ。
さて、こいつらのボスのとこついたわけだがやっぱりワラワラとまあ雑魚が出てくる。身の丈ニメートル超えるようなのが出てくるけど雑魚なんだよなあ。そいつを拳で沈めたら周りも引いたわ。逃さんよ、楽園送りだ。
きったない階段を登って、対面から降りてくる雑魚をシバいてほかは呪いをかけていく。なに、みんなに優しくする程度の呪いだ。
きったない廊下を呪いにかかった奴らが一生懸命掃除してるのを見ながら奥の部屋へ。……本当は掃除好きの悪党っているんだな! 掃除する呪いなんてかけてないのでこいつらはやりたいことをやっている。ある意味開放だな。
やっと奥の部屋にたどりついたが門番とかいないのね。というかぜんぶ呪ったから門番ももう掃除とか始めてるらしい。お茶をお持ちしました、とか言って山賊風の男が執事のようにワゴンを押してきた。なにそれこわい。まあそういう、見た目のせいでできないことってあるわけね。私呪いかけたよね? 全員開放感ありすぎじゃないの??
扉を開ける山賊風の執事? の、あとについて入る。中にいたのは黒髪に片目を眼帯で塞いだ浅黒い肌の男だ。意外と若いしイケメンだな。よくこんなモヤシにこいつらが従ってるもんだ。
「おやおや、誰かと思ったら白の魔女様じゃねえか」
「お初にお目にかかる呪われろ」
「いきなり?!」
グダグダ話しててもやるこたぁ一緒だもの。殺しはしない、スラムの奴らのことを考える、行動する、その程度の呪いだからかボスと思しき男にはあんまり効果がないようだ。もともと持ってたね。まあ私の命令を最低限聞くようにってのもあるんだが。
「じゃあおまえら、今日から私の傘下ね」
「いきなりだな、魔女様。いや、抗争して勝てるとはこれっぽっちも思ってねえよ? だがこっちにもヤクザもんのプライドってもんがある」
「そんなもんにこだわってるからあんたらはヤクザなんだよ。人の靴舐めても金が欲しいくらいの執着はないもんかね」
「魔女様は言うことが違うねえ」
ボスの男はケラケラと笑う。まったく緊張とかしてないあたり腹が据わってるな。まあ私は殺しはしないからな。死んじゃうことはあるけど。象が足元を避けられないみたいなもんだ。生き返らせるし。
「こわい」
「あんたらは私を善人か偽善者かと思っとるかもしれないけど、私ゃただの魔女だ。好きな世の中で暮らすために好きなことしてるだけだ。あんたらのやり方が悪いからいいやり方を教えに来ただけさ」
「ほお、そんなシノギがあるのかね?」
「名付けて、ブロッサム計画」
「形から入るタイプ?」
うっさいわ、形から入るのは立石の得意技だからな。なんか再会したから移っちゃった。コロナじゃあるまいし。それはいいや。
「簡単に言や私の傘下に入って冒険者育てて派遣する程度のお仕事だな」
「冒険者派遣会社ねえ。いくつかの商会が広告塔になる冒険者を雇ってやり始めたやつだな」
「まあ神たちもいるからそういう企業が考えそうなことはやってるんだねえ。私の傘下なんだからもっと特別だよ。武器や防具やポーション類は支給する」
「……そこは値段つけて売るべきじゃねえか?」
「まずは人間を集めるんだよ。動く人間を集めないと企業なんか動かねえんだからまずはやる気出させないと」
「そういうもんかねえ」
「とうぜんその武器や防具にポーションはレンタル扱いだ。壊したり使ったり無くしたら借金生活さ」
「それなりに悪いこと考えてるのがすげえな」
「無理な利子つけたり取り立てはしなくてもこっちは売値が回収できるんだ。商売は成立する。そいつらの冒険談をまとめるヤツも集めて有料で取材時間を取る、冒険談を本にまとめて売る、吟遊詩人に持たせて契約したホテルとか回らせる、あの冒険者が持った武器、アイテム、と銘打って売りだす。ちょっとお高めのから実用的なレプリカまで」
「総合的にやるわけか。これは人がいるな」
「だろ? 他のヤクザもんたちはそのうちまとめるとしてお前さんたちが商売で儲けるとこから始めよう」
「……なあ、俺は金儲けの話を聞いてるはずなんだが」
「なんか文句あんのかい」
「……いや、儲けから考えるたってずいぶんうちのためになるんじゃねえか?」
普通そうだろ、儲けってのは信者って書くように信用させてこそ金は集まるんだ。当たり前の商売でいいんだよ。
「……どんな視点ならそんな発想が浮かぶんだろうな」
単に商業主義資本主義の社会に染まってただけだ。人を集めりゃクズでもそのうち役に立つ。使うための資本があればやるべきなんだよな。人が集まればどうやったって儲かるんだから。練気術は体内で気を回すけど錬金術は社会内で金を回すんだよ。
「馬車なんかもうちの会社で回して食堂も作る。傘下以外からは普通に金も取る。他にも冒険者相手に稼げそうな商売探しとけ」
「がぜんやる気になってきたんだが。まあ他所のグループの対応はそのうちとしてうちの組はアンタの傘下に入ることにする」
「素直だねえ」
「一番は話が美味いからだな。それとなんかな、アンタは信じていい気がする」
「ヤクザ者としてそんな素直なのはどうなんだ」
「そこはまあ儲かりそうだしな!」
「なっとく!」




