力量
転生者たちは知識チートを避けていますが時々避けられず伝わっていることがあります。おおむね2020年前後に転生してきています。
(冒険者ギルド受付嬢、ソフィア視点)
カーラ様に感じるのは強者の気配。殺気やオーラなどは一切しまわれていますがそれが余計に彼女を大きく見せています。まったく力の入らない、あの構えは?
「あれはまさか、キサラギ流片手剣術奥義、不動!」
「知っているのですかフォルゴレさん!」
語りだしたのは物知りなCランク冒険者さん、二つ名はフォルゴレ、雷電という意味です。ご自身で名乗ってらっしゃいます。古くから続く武家、ガンバ子爵の三男だそうです。本人は武術オタクらしいです。
「キサラギ流開祖は異世界の殺界阿なる武術の達人であり、この世界に移り住むに際し片手剣を持つに至る。その妙技は足技を主体とした相手を蹴り倒すものであったが改良を重ねた末に片手剣術として開眼されたという。その技は足技に始まったものの最後には奥義不動に行き着く。不動は一見なにもしていないように見えるがそれが殺気を持って立ち向かう者には逆に恐怖となり、威圧となるのだ。脱力から始まる高速の一撃は見ることも叶わないとされる究極の剣技の一つとされている。我が愛読書「異世界サッカーの伝道者は剣の達人?!」より抜粋」
「そ、そうですか。さすがの知識量ですね」
つまりあの姿勢は究極の剣技の体制でなにもしていないように見えるのは命のやり取りをしようとしている場面では殊更に異常だと言うこと。それができるのは胆力やそれを裏打ちする技術があるということ、それが示されているから相手は迂闊に動けないということらしいです。確かに隙しかないのが逆に打ち込みを迷わせています。隙に打ち込んでも制圧されるとなると打つ手がありません。そして確実にそうなるのでしょう。アンドレア様は冷や汗を流しながら隙をうかがいカーラ様の周りを回ろうとしますが、そのたびにカーラ様は音も立てず体の向きを変える。これはいたずらにアンドレア様が動かされているということで大した運動には見えないかもしれませんが精神の兼ね合いもあり相当に消耗しているはずです。大剣を上段に構えていれば腕も疲れます。上段の構えは高速の打ち込みによる、攻撃こそ最大の防御とする構えでしょう。時間を掛ければ不利になるはずです。
「う……む、……っせぇや!」
アンドレア様が踏み込もうとした際にカーラ様もするりと体を向かわせた、と思ったらすでに剣はアンドレア様の喉に突きつけられています。……これが剣術と言うこと。スピードも力もいらない、相手が踏み込んでくるならそれは自身のスピードでもあるのだからただ剣を差し出せば相手はそこに来る。これがカウンターの術理でしょう。相手の構えに合わせ先に攻撃が届くように体を入れる。速さは必要ありません。上手に対し上段の構えで踏み込んだことがすでに悪手です。その術理を理解してこその不動の構え。……いや、あれ? カーラ様は魔術師では? ま、まあ剣もすごいと言うことですね。
「ま、参りました」
「うん、剣も性格も素直だねえ。次の子おいで」
「魔法対決でいい?」
「うーん、勝負にならないけどいいよ」
「むう、じゃあ行くよ」
次は風の魔法使いフィオレラ様。どうやらカーラ様の魔術が見られるようで、そう思ったのですが。
「あ、無理だわこれ。ちょ、ドミニオン何メートル広げられるのよ!」
「アンタ相手なら十メートルは余裕で支配できるね」
「勝てるかぁ!」
……マナの空間支配、ドミニオンはその支配した空間のマナを相手に使わせないための技でもあります。普通にマナは距離に反比例して威力が落ちるので十メートル先の人間が一メートル支配しようとすれば十倍の力で抑え込まなければいけません。魔法や魔術を発動する際のマナは一部ですがドミニオンのマナは再利用可能なのでほぼすべてを出せます。よって支配域でも魔法は起こせますが相手のほうがはるかに強ければそのまま力負けしてしまう。単純な力の差の勝負に近くなるわけですね。魔法に使われるマナは規定の量になります。最大マナが高ければその力は強くなりますが規定値なので、例えば一割のマナで魔法を組み上げようと十回分すれば全部消される、マナ全部を使う魔法はたいてい自爆技なので使いづらい、そんなところです。ドミニオンの中のマナは密集していて循環していますので相手の体内に入ったような感覚でしょう。そこで魔法行使はほとんど無理です。力の差がなければ。
ドミニオンがいかに高等技術かと言うことでもあります。普通は体から離れたマナを体の中のように循環させるのは極端に難しい。感覚の鋭さやマナを捕まえておくマナの高さなど様々な点で魔術師としての技量を必要とします。
普通にこの辺りの普通のランクの魔法使いでは魔術の奥義であるドミニオンを打ち破れません。同じく魔術で立ち向かうなどしなければ。天職スキル頼みの魔法使いでは絶対に勝てないと言うことです。それはBランク冒険者のフィオレラ様でも同じということ。いや、並のドミニオン使いではやはりフィオレラ様には勝てないのでしょうが、相手は魔術師の頂点である魔女なのですわ。
「勝負もできないよー!」
「泣くな、俺も似たようなもんだ」
「俺はパスでーす!」
「イシドロもいけよ! 仕方ない、俺が行くか」
最後にはリーダーのニコラ様が出てくるようですね。グイード様はニヤニヤしています。どちらの意味でしょうね。カーラ様を出し抜けるか、それともニコラ様の能力を見れるか。はたまたそれでも完封されるのか。
……完封されるとしたらニコラ様はあんなにはしゃいでないでしょう。やれる何かを持っているのか、もしくは。完封されるのを望んでいるか。
「俺の師匠は幾人かいる剣聖の一人、オウリ様なんだ。魔術師がそのレベルとか悪い冗談みたいだぜ」
「オウリさんか、一度会ってみたいね。私は、まあ、さんざん鍛えたからね」
「どんな鍛え方だよ」
「剣聖レベルの相手に何回か首をはねられた?」
「どんな鍛え方だよ!!」
ま、魔女は不死とは聞いていますが本当にそんな鍛え方したら心が壊れそうなんですが。どれだけ心が強い方なんでしょう。そしてそんな鍛え方はこの世界の多くの人にできるはずがないものです。それは強くなりますね。……正直剣技や魔術だけで勝てる一般人なんていないでしょう。グイード様のニコニコもどうやらカーラ様の呆れる強さに対するもののようです。ニコラ様もおそらくは。
「ニコラ様も不動の構えですわね。どうなるのでしょうフォルゴレ様」
「不動同士の戦いは一瞬の隙を見せた瞬間に決まろう。おそらくは決着は一瞬」
「隙ですか」
二人はだらりと力を抜いた状態でお互いの周りを散歩するように動いていきます。優位な位置を取ろうとしているのですね。その一瞬。
カーラ様がわずかにじゃり、と靴で砂を踏む音とともにニコラ様がするりと前に出ます。歩荷のスキルの一つ、移動負荷無効です。長く歩いても一切疲れず坂道やわずかな段差は意識する必要もなく移動できるという一見地味なスキルなのですがキサラギ流開祖もこのスキルを持っていたと言われます。つまり彼のキサラギ流は完成されたもの、しかし。
「焦ったね、誘いに乗っちゃ勝てないよ」
「やっぱりかー!! くっそー!」
まっすぐ前にニコラ様の突きが入ったと思いきやするりと回転しながら前進したカーラ様の剣はニコラ様の首をはねるように当てられています。緩やかなのに何が起こったかわからないというすごいシーンです。
「うむう、人間の反応速度は実はわりと遅いのだ。その内をかいくぐる程度の動きで動いているので遠目ではゆるりと見えるが前に立つ相手では消えたも同じだろう。恐ろしきは剣の極み」
「なるほど……これは普通には勝てませんね」
カーラ様は剣も魔術も達人の域、しかも剣聖と渡り合うレベルということ。おそらくは剣では剣聖をしのげなくとも魔術と合わせれば負けない、そういうことなのですね。最強ですね、これは。魔法剣士としても極まっているのでしょうか? その答えはグイード様が見せてくれるでしょう。
「よっしゃ、久々だぜこんなワクワクする決闘は! 頼むぜカーラ様、楽しませてくれや!」
「おお、元気いいね。期待に応えられるといいけどね。さあ、おいで」
ついに、Sランク冒険者グイード様、魔法剣士の極みと魔女様の戦いが始まります。どうしましょう、剣士でも魔術師でもない私がワクワクしています。嬉しい、こんな場所に立てるのが。ギルド職員最高ですわ。
「ううむ、グイード殿でも呑まれているということか」
「グイード様が?」
「あのようにはしゃぐ御仁ではあるまい」
「確かに」
グイード様の武器は長剣、しかも特別な魔法剣です。その刀身から柄まで漆黒で美しくすらあります。漆黒の金属と言えば最高硬度の金属の一つ、アダマント、加工しているのでアダマンタイトでしょうか。剣の中央に通る白い線はマナを通す金属、オリハルコンでできています。最高位の魔法剣ですわね。
「ニヒヒ、ガキの時以来だあ、こんな興奮は!」
「元気いいねえ、そういうの好きだよ」
「つきあってくれ!」
「嫌だね!」
「なにを言い合ってるんでしょう、あの二人」
「緊張感をほぐしているのだ。肉体を固めては怪我をするからな」
「なるほど」
グイード様は肩の上で前方に剣を向ける霞の構えです。ここから魔法剣を打ち出すのですが。
「うむ、己の間合いを保つためだな」
「魔法剣士は前に出る必要がないと」
「そして魔術師に遠距離などやるべきではないのだが、一点突破以外手段がないと見ているのであろう」
「おお、燃えますね」
隣で見ていた青の魔女フローラ様の弟子、マリー様も普段は無口なのに興奮しているようです。顔は無表情ですが頬が赤くなっている。珍しいですね。
「ふっ」
「おっと」
素早くグイード様が雷を放ちますが遠間、二十メートルからでは流石に当たりません。魔法の起こりも見えています。魔力線が見えるなら私でも躱せますが、ただの陽動でしょう。いや、さすがということですね。うかつに踏み込まない。必勝の間合いは近接ではないと考えているのですね。しかしそこは魔術師の間合いでもあります。弓でもあればもう三十メートル離れるでしょう。そこなら魔術師より弓師の間合いですから。
「ディザスター、チャージ」
「お、なんか大きい魔法だね?」
ディザスター、災害、竜をも屠るとされる雷霆の一撃、その技名です。本気ですわね!
「おおりゃ、はああああっーッ!!」
後ろに大きく跳躍した瞬間、グイード様の剣が振り下ろされ、その空間を埋め尽くす光の塊が放たれます。そしてこの魔法は継続的に雷を落とし続ける!
「……どうだ! ……はあ?!」
バリバリと轟音を立てて落ちる雷、一瞬視界を塞がれ顔を反らしていた人たちもようやく向き合います。そこに起こっていたことは……未だ落ち続ける雷の中をニメートルほどの球体が進む異常な光景。
「大規模魔法は確かに躱せない、だけどね、私が本気でマナを固めたときは諦めたほうがいい」
どこかで聞いたようなセリフを放ちつつカーラ様はまっすぐに歩いていきます。そして間がつまり残りニメートル、カーラ様の剣がグイード様の喉に突きつけられていました。
「ま、まいったあ! うひゃー、つええ! 楽しーッ!」
「楽しめたなら良かったね」
二人は全力でやり合っていたはずですが終始笑顔でした。これが強さ。はるかな高みですね。
「ふうん、えげつなーなっとるな。ほんだらうちともやろか」
「!」
その場にいる全員が注目しました。そう、ここには青の魔女、フローラ様もいらっしゃるのです。魔女と魔女の戦いが、始まるのですか!?
「うーん、お前さんのギフト実戦向きだろ。なんかなあ」
「ハンデにならんやろ。直接はギフト持ちにギフトは当てられんのやけん」
「そうか、そういえばそうだな」
じゃあやるか、そう呟くとカーラ様はフローラ様と向かいあいました。二人の間で繰り広げられるのはおそらくは超絶な魔術戦。……これ、よく考えたら危ないのでは?
サッカーは普通に伝わっているしボールはダンジョンで取れます。サッカー選手とボールを持って帰る冒険者は子どもたちの憧れ。夢が多いですね。




