愛という名の猛毒
重い話。苦手ならひとつ飛ばしてください。カーラの根っこはわかるかな。
生まれてすぐの頃の記憶って、なんとなくあるんだよな。まあ目が見えたわけじゃないけどなんか苦しかったのだけは覚えている。
七つより前の子供の頃は母親もまだマトモで一緒に新聞読んだりテレビ見たりしてたな。当時はブラウン管だったが。しかしこの頃から両親の喧嘩はよくあって自分が泣いて止まるってことがあった。なにかを欲しがったりして泣くと殴られるもんでそのうち泣かなくなったが泣くことが悪いことだとは思ってないのはコレのせいかもしれん。やるなって言われたら人間は反発するものだ。
この幼少期に母親の家出に付き合わされた経験からか嫌なことがあると家出するようになったな。七、八歳ころだいたい数十キロは歩いて帰ってから泣きながらご飯を食べて、そんな時には両親は甘やかすんだ。二人とも。嫌なことは嫌だと主張するのはこのせいかもしれない。
夏休みとか田舎の爺さんの家に預けられることも度々あって虫や動物と触れ合うのはそこで覚えたな。爺さんには感謝しているが小学校高学年の時に亡くなった。爺さんも酒飲みだから早死しても仕方なかったけどな。酒は発がん性もあるし肝臓が悪くなることはオマケだったりするんだよな。まずは頭がやられる。見えないし痛まないものだから気づかないが性格は徐々に荒くなって無気力なので犯罪には行かないが無法なこと、飲酒運転などでも抑えが効かなくなったりろくなことにはならない。まあわかってなかったのでそのうち私も酒に溺れたわけだが。早くやめないと飲酒欲求は頭ではわかってても止められないから早めにやめるべきだぞ。絶望するまでやめられない。絶望したければ飲むといい。
小学校に入ったばかりの頃は教師の体罰もまだ問題になってなくて宿題をしていかなかったら平手打ちされてた。勉強が徹底的に嫌になったな。夏休みの宿題とか十月まで放置したり。この頃から不良だったといえばそうなんだろう。ちなみに成績は良かったのでなんで宿題なんかしなくちゃいかん、とすごい反発してた。
この頃にはクソジジイの浮気も始まってたしそれを知ったオカンが包丁持ち出して脅したこともある。見てた私がなんて言ったと思う? そんなヤツ刺しても損だからやめろ私が迷惑だって。荒れ狂ってたオカンはそれで止まったよ。クソジジイはそれからしばらくは浮気をやめてたみたいだが小学校卒業する頃にはどっちも浮気してたんだからもう、恋愛なんてクソくだらないと思っても仕方がないだろう? 何度か母親が家で男とヤッてたとこに遭遇したりした。まあその男に殴られてから二度とうちに来なくなったのでオカンも私のことを考えてはいたんだろう。いや、貞操の危機だった可能性はあるが。
この環境で「愛は素晴らしい」なんて言うヤツがいたらおかしくないか? 他のヤツが色ボケたことを言ってたら殴るよな? まあもちろん悪いのは私になるしおんなじやつを何度も殴ってイジメと言われたがどちらかと言えばその前から貧乏扱いされたり無視されたり物を盗まれたり壊されたりしてたから私のほうが先にいじめられてたわけだ。陰気なガキだからいたぶっても問題ないと思ったんだろう。イジメは長くは続かなかったさ。全員に仕返しで机を破壊したり心当たりのあるやつの靴を全部焼却炉に放り込んだりしてやったら怖かったんだろう、やらなくなった。やられなきゃわかんないんだよ、やるヤツは、その当時はそう思ってたな。今は犯罪だとわかってるからな、流石に。
この頃はイジメの話なんて少なくて、田舎の感性だとそんなもんだったしな。今だったら復讐して捕まるなんてダルいと思うだろうけど。だってイジメられて復讐するたびに問題になって教師が頭を下げさせるんだ、相手に。でも上っ面だけで謝ったって意味ないんだよ。そんなことして復讐の種を作るだけなのなんでわかんないんだろ、って思ってたな。概ね無視だけど。大人は子供が振る舞うことに多くの嘘があることを知らなすぎる。精霊じゃないんだから嘘もつくし罠も張る。保護するなんて思ってるのは大人だけだろうな。教えることは強制することじゃない。矯正とは言うが意味が違うだろ。矯正は強制しなくてもできる。環境を与えればいい。社会協力しないと生きづらくなるだけだってわかるように。教えないでわかることなんて興味のあるところだけだろう。まあ今はもっと子供のやる気はなくなってるみたいだけどな。
中学の時は燃え尽きていたので、それでも授業だけは聞いていたけど、放課後は家に帰らなかった。オカンはメシを作らないで金だけ置いておくようになってたしその金でたいていゲーセンでたむろしてたが、だから食わなくてチビのままだった気はするが、この頃には星のんと喧嘩したりしてたし、無口クールぶってる女を連れ回したり、方言直さないからいじめられてたんだけどコイツも気が強くて反発するもんだから私と一緒に孤立してたんだよな。不良仲間には身長のデカい女とかいたけどチビとデカいやつがいたら喧嘩になるだろ。まあ喧嘩するほど仲が良かったわけだけど。
星のんと喧嘩した時はなんかあわれむような顔で「不良なら学校に来たり勉強なんてやめて好きに遊んでたらいいのに」とか言われてムカついてドロップキックかました。両腕で受けてきたけど星のんもチビだったからすっ飛んで、むくりと起き上がってきたと思ったらスタスタ距離を詰めて大外刈りらしき技で投げられた。グラウンドの砂を掴んで顔に叩きつけて走り込んでラリアット食らわせてバックドロップされて……ガキの喧嘩としては派手だったと思う。問題にならなかったのは星のんが手を打ったんだろうな。
それからなぜか放課後一緒にゲーセンで格ゲーしたりするようになった。星のんは金持ちなんでいろいろおごられた。さすが星のんは神、って言ったら神を敬えーとか言って遊んでたな。まあいろいろ事件に巻き込まれてたらコイツほんとに人間じゃないかもとか思ったことはあったが、死ぬ前にはそんなことを考えていても思考コントロールされてたのかすぐ忘れてた。
私と遊んでても一日一時間も勉強したら十分だろ、とか言ってたな。じっさいめちゃくちゃ優秀だったわけだが。そんなとこもいやみったらしいよな! 私は成績は普通だったが内申点がめちゃくちゃ悪かったんだよ。無気力すぎて喧嘩もほとんどしなかったんだけどな。髪とかは染めてたけど。当時は珍しかったんだよ。
山野とは小六の時に山野が主体でイジメをやってたからそのことをクソジジイに話したらそのときはパソコン通信だったと思うがネットに話を上げたらしくそれが原因でなぜか特定されて政治家をしてた山野の親父が失脚して山野も引っ越すことになった。そこまでするつもりはなかったんだ。やっぱり正義ってクソだなって思った。まあその後に山野から手紙が来て文通するようになったんだけど。
クソジジイに協力を求めるのはそれきりやめたけど、協力してもらったこと自体は嬉しかったんだよな。クソジジイもオカンもひょっとしたらもっと頼るべきだったのかもしれない、そう思う。私も悪かったんだよ。自分がクソだから両親もクソになったんだ。私はそう思った。
山野がイジメをしてた原因はそのいじめられっ子が人の物ぶっ壊しておいて謝らなかったばかりかどんどん反発していたかららしい。リーダーだった山野がそいつを叱るのは当たり前だったが、正義は行き過ぎれば時にイジメになる。私はよく知ってる。集団正義とイジメに違いはない。法に従うならそれで問題ないのか? 法の力を下すのは個人であるべきじゃない。少しは自分で考えるべきだけど、子供だったんだよな。普通は子供がいきなり責められたら怖くて謝罪とかすぐにはできないもんだし、それもわからなかったんだろう。謝罪なんて意味ないしな。改善とか建設的な議論をするべきなんで頭を下げたらスカッとするやつがいるだけで、謝罪では何も変わらない。感情的になれば人は間違える。
人の気持ちを考えろ、と怒鳴ってるやつはそいつの気持ちは考えていない。遊んでるやつや公然で怒鳴られるやつの気持ちを考えちゃいない。正義なんてクソだ。筋が通ってないんだよ。
まず第一に全部がこうしなきゃいけない、そんな考えが受け入れられることはない。なのになぜか私に「決めつけるな」と言う馬鹿なヤツがいる。私が決めつけてると決めつけてる。もう少し柔軟に考えろよ。
例えば他人はいつも助けてくれてるのに自分は気づいていないとか。まあそれはいいや。言ってもわかるもんではない。
物事を細かく決めつけ過ぎたら例外にブチ当たって悩むことになる。まあそれも人生だからな。悩みがない人生には価値が無いらしい。だって望みがあるから悩むんだからな。望むのをやめることと希望を捨てることは意味が違うんだよな。希望は持ち続けなくちゃダメだが望みが叶うと思っちゃいけない。人は都合よくは動かないもんだ。
クソジジイの葬式の時は泣いたよ。見舞いに行ったら小遣いを渡そうとしてきやがったけど、そうじゃない。その日がたまたまオヤジの最後の日だった。
私が前に小遣いもらえないなら面会に来ないって言ったからなんだろうけど、そうじゃない。
アンタに、私にかまって欲しかったんだよ。最後まで馬鹿な親父だった。葬式の時の涙はきっとそういうことなんだろうな。ちなみに浮気相手は来てなかったよ。
オカンの方はその時より前から酒に溺れてたけど酷くなった。下手に働かなくてもいいだけ金があったのがダメだったんだろうな。だらしねえとは思っていたがすでに酒のせいでまともに運動もできなくなっていたらしい。感情の起伏も鈍くなるしやたら喧嘩を売るようなことを、まあテレビに向かってつぶやいていたな。めちゃくちゃダメ人間だった。酒のせいだと気づいたのは自分がそうなってからだったが。
こんな状態の母親を放置できないんで入院させてはそのための道具、寝間着だの洗面具だのとかそろえて見舞いに行って、高校卒業してからもオカンは入退院を繰り返してた。進学なんてできるはずがない。酒はやめさせようとしたがやめれないようだった。無理したらよけい隠し酒とかするし。そんなにいいもんかと思ったもんだ。それが悪かったんだろう。
二十歳になってからビールを何本か買ってジンとか強い酒も買ってきてコーラとかで割って飲むことにした。オカンとお祝いしようとか思ってたんだけど。
酒を買って帰ったらなんて言ったと思う?
「ありがとう、こころ。愛してる」
アンタに愛していると言われてから、自分が自分にとってどれほど価値を失っただろう。なんてな。
愛という名の猛毒は、その時私にトドメを刺した。一生涯人を愛することも家族を持つこともないだろうな、私は。こんな家に子供がいたら悲惨すぎる。こんなのは私だけでいい。
自分のことはそんなに痛まないんだけど、他人や特に子供が苦しむのは私には辛かったんだ。だから愛なんてものは私と関係のないところで唱えていればいい。愛なんて必要なはずないだろう。私を不幸にする猛毒を。
そして私は酒に溺れ、まともに物も考えれなくなっていく。母親の入退院や施設に入れてからの世話も大変ではあったがすでに日常になっていたな。母親が死んだ時の気持ちは今も覚えている。
やっと解放された。
それから私は底辺として生きて、つまんない男に追い回されたこととかあったけど、愛もなく、友達とも手紙とメールだけ。
そしてやがてはアル中で入院を繰りかえして、けっきょく酒をやめたことでやっと前向きになれて、そして、そのタイミングで死んだ。
他人から見たら不幸な人生かもしれない。客観的に見たら不幸なんだろう。私が見てもコイツは不幸だなと思うんだが、どういうわけか私は自分が不幸だとは思わない。長い人生にちょくちょく嫌なことがあったな、くらいだ。
ならば私を不幸にしているのは、私以外の誰かなんだろう。お前らが私を不幸に仕立て上げて自分が幸福だと思えるならそれでいい。
私は自分を不幸にするやつと一緒にいる趣味はない。
だからおそとは怖い。怖いなあ。
それでも前に進まなければいけない日が、いずれくる。私はとうに知っている。
寝間着にナイトキャップして床に敷いたラグの上に寝転がってゴロゴロしながらゲームしてるとミネルバと星のんが話をしていた。
「まあそんなふうに愛を求めながらもそれに愛想をつかしてむしろ遠ざかるようになったヤツを放っておけなかったのかもね」
「たいていのことはどうでもいいのに?」
「神にしてみれば手出しすることに意味はないもの。だからといって痛まないわけではない」
「神もしんどそうね」
「まあミネルバはまだ無理でしょ。どっかでイルマタルみたいに女神やる?」
「そのうちね」
神のレベルの話はわからんけど、なんかやっぱりえこひいきされてるみたいだな。気まぐれなんだろうけど。
調子に乗ってお願いなんかしたら二度と私の前に現れるなって言われるんだろうけどな。それは悲しすぎるから言わん。でもだから友達なんだろうけど。
「まあ見てるといいよ。コイツはただの、普通の人間だから」
「ひでーなー、普通なんて難しすぎて無理だぜ〜」
「ゴロゴロしやがって私もするぞこらクッション召喚」
「そんなとこに無駄に神の技使うんじゃねーよ!」
「カーラそっちのマンガとって〜」
「ミネルバお前もか! お前ら私のマイルームでくつろいでんじゃねーよ!」
まあもらいもんだしいーんだけどさー。うさぎも文句言えよ。ぷいぷい〜。うさぎだけだなかわいいのは。あーはいはいベルもかわいーねー。スライムたちとウルドもトゥッカもかわいい……いや、イソギンチャクのトゥッカはかわいくねーけど。
ふー、明日はキャンプしようかな〜。
自分の人生は不幸だと思いますか?
他と比べたら糞だなとは思いますけど今がそうでもないので自分の人生が不幸? そんなに? となりますね。苦しいならなにがなんでも逃げます。
ちなみにこのお話はカーラの行動を推奨するものではありません。普通に犯罪だコラァ! つまり自分の罪はその当時は見えていなかったって述懐です。当たり前ですけど小説のキャラなので。




