青の魔女
方言のルビは最初だけ多めで、この二話以降はほとんどルビ無し。わかりにくいとこはルビを打ってます。
私は水野とまり。水たまりと呼んでいい。無視するから。
毎日ドラッグストアでレジ打ちしてるだけの私。負け組と言ってきたヤツもいるが当然無視した。私がひたすら成功というものから逃げているのも、私がとても強欲で嫉妬深いからだった。
他人の物を見たら欲しくなる。
四歳頃、親戚の家に行ったとき、従姉妹の持っていた人形が欲しくてたまらなくなり、黙って持って帰ろうとした。当然、子供の浅知恵ですぐに両親に見つかり、返すことにはなったがその時、……自分はなんて汚い人間なんだろう、と、思い知った。すべての始まりはそこからだ。
私は欲深い。嫉妬深い。人の物は欲しくなるのに買ってもらったぬいぐるみを嬉しく思えなかった時。
私はもうなにも欲しがるものか、そう、思ったのだ。
それからは無気力でなるべく人と関わらないようにしていた。幸いなのか引っ越しが多くて友達はほとんどできなかった。またすぐ転校するから。そういえば人は私を避けていった。これでいい。そう思っていたのに。
中学になって引っ越しした先であいつらにあった。星野と槙中のふたり、だ。私が徹底的に人を避けようとしてるのになぜかあの二人は私の行く先々に現れた。次に高校に入る時にまた引っ越すのがわかっていたので仲良くなんかしたくなかったのに。
やたら槙中は絡んでくるし星野はどこにでもいるし。一度土管の中に隠れて座ってたら隣に星野が座ってたし。こわすぎ。槙中も引っ張って連れてこられてたけど。
そんなだから大して仲良くはならなかったけれど、仲良くなってないつもりだったけど槙中には考え方も変えさせられた。
「人生なげーのに失敗なんかむちゃくちゃしまくっていいんじゃね? 折れなきゃいいんだよ」
失敗しまくる、か。一回の失敗で怖がるんじゃないと。それどころか失敗しまくれと。
失敗するとわかっていたらリカバリーもできる。なら私は。
「そんならウチは死ぬまで逃げるだけやわ」
「じゃあ捕まえに行くわ」
「ウチ足速いで」
その時、つい笑ってしまったわ。まあさすがに四百キロ以上引っ越したら追ってこなかったけど、メールはずっとやってた。最初は手紙だったんだけど携帯使うようになったら速攻メールにしたわ。アイツは字が上手いんだもん、悔しいじゃない。嫉妬するわ。
そんな人間なもので結局こうやってドラッグストアの店員をしているのだが品出しをしているとレジで外国人らしきお客様に他の店員が絡まれていた。こちらの言葉が通じてないのかずっと怒鳴り声を上げている。一時間くらいは様子を見たがそのお客がニヤニヤしているのがわかったのでそっと通報した。最近はこういった迷惑をして笑いものにしようとするヤカラが増えた。まったく私達を人間とも思ってないのだろう。
最近は最低時給を国が上げてくれているので前よりは楽になったが一時間七百円とかの時代もあったのだ。今は千円。それだけ最低時給が増えれば私達フリーターを使っている会社はそりゃ物価を引き上げて対処しようとするだろう。本末転倒だけど。企業努力できないなら潰れたらいいのにね。多くの会社は中小企業でも企業努力してるんだから。私はそういう会社で働くから。人を奴隷としか思ってないなら潰れていい。それを政治のせいにするのは無能にすぎる。ほんの数百人の人間に任せようなんて虫が良すぎるわ。
まあ私の斜めな考え方なんて誰にも冷たくあしらわれるから言わないけど。私のことを冷たいという人がいるが世の中のほうが冷たいと思うの。
槙中なら……馬鹿にしてきそう。想像したらムカつくわ。考えても無駄なこと考えてたら前に進めないだろうって言いそう。
槙中は気づいてないみたいだけどアイツは人の心を読む。そしてバカにしてくる。ムカつくわ。いや、気づいてるから人の顔をあまり見ようとしなかったのね。人の心を読むなんて失礼だと思ってそう。アイツがそういう力を持ってしまったのは親の顔を常に伺っていたからだろう。虐待されてたって言うし。
私もアイツなら嫉妬する必要もないわ。私よりずっとひどいもの。うちはお金持ちだしね。まあ私は曲がって生きてるけど。
お金目当ての男とか嫌すぎるし胸が小さいほうが好みとか言ったヤツは張り倒してやったわ。モテるのは私自身ではない。それはそうね、私は氷みたいだものね。
ある日、暗くなった道を帰っていたら突然閃光が。次に来たのは衝撃。……どうやら車にはねられてしまったみたいね。飲酒運転だったのかしら、スキットルみたいなものを咥えた運転手らしき男がチラッと見えた気がした。
あーあ、つまらない人生を送ったわ。
「ここは……」
う、いろんな人の考えが伝わってくる。うーん、いやいや、本気で好きだったとかいいから。どのみち私が人と付き合うとかないわ。私は嫉妬深いのよ。きっと傷つけてしまう。
「ウチは……生涯負けたままでええけん」
「じゃあ負けを狙ってるのに勝ち組とか負けたことにならない?」
「星野?!」
「やっほー、遊びに誘いに来たよ」
「ええけん、本題に入りまい」
「はやっ、冷たすぎない? 方言やめないの?」
「これはウチの誇りやけん」
人から奪うこともない趣味みたいなものね。郷土愛とか誰とも競い合う必要がない。
「水のんも槙のんも不器用すぎるのよ」
「そやろか? むしろ器用やからいろいろ貧しゅうても満足して生きてられるんやないん?」
「それもまた真理。次の人生は天職を敗北者、スキルはゼロにしよう。名前はフローラね」
「冷たすぎん? まあ人のこと言えんけど。フローラってかわええな」
「槙のんもいるから一緒に遊ぼうぜ」
「! そう」
またアイツとつきあうのね。仕方ないわね、あのチビ一人で喧嘩売りに行ったりして危なっかしいもの。なぜか無傷で帰ってくるけど。自分の倍以上体重がありそうなヤツを倒したの見たこともあるし。体重差って格闘技だと致命的じゃないの? まあえげつない攻撃ばっかりこともなげに選ぶから強かったのかしら。男は弱点が多いとか言ってたし。こわっ。
「転生ってわけやね。まあ物語っぽくてええんかいの」
「すべては自分のためにあると思うこと自体は実は問題ないのよ。他人もそう思ってると理解していれば」
「ウチに奪う側へ回れゆうんか? ……いや、自分の取り分は確保するべきと」
「じゃあ、楽しんできてね」
「ええけんどその容姿とかツッコミどころ多いねん。なんでなんもないように流そうとしよんな」
「これこそ我が魂の姿なり!」
「ええかげん中二病治しまいよ! あーもーたいぎいけんどやったるわ!」
星野の黒いゴスロリに眼帯って古すぎると思うけど似合ってるからかぜんぜん違和感ないわね。可愛いって得よね! 嫉妬するわ! 眼帯外したらヘテロクロミアだわ! どこまで盛ってるのよ!
「じゃあね、勝ち組人生を味わうといいわ!」
「それこそ負けやん、じょんならんわ。けんどやったるけん、見よりまい!」
「楽しみにしてるわ」
えーい、女は度胸、魔法の世界とかチートがなきゃ行きたくないけど、もらえるなら行くわよ! さあ、負け組人生の続き、始めるわ!
と、思ったけど。
「いきなり森の中とかじょんならんけーん!」
放り込まれたのは暗い森の中。服装は魔法使いのかぶる帽子とコート、どちらもくすんだ暗い灰色っぽい青色。白いシャツに革のブーツね。うわあ、魔女っぽい。青の魔女って呼ばれそう。……似合うわね。ほうきとか乗るのかしら。
ん、ステータスを見るとどうやら私には食事とかいらないらしい。仙人ってまたツッコミどころ多いわね。まあ助かるけど。生活に追い回されるのは好きじゃないもの。私を追い回していいのは槙中だけよ。逃げるけど。ルーザーのスキルは敗北経験値獲得、逃げたらそれも経験値になるのね。戦っても逃げてもレベルが上がるのね。楽だわ。
「ん、なんかおるな……。獣やな、くっさいわ」
動物ってお風呂とか入らないものね、すごく臭うわ。動物って鼻がいいはずなのになんであんな臭くて平気なのかしら。まあ奇襲をかけられても今なら大丈夫みたいだけど。なんなら逃げても経験値。
出てきたのは二メートルくらいの黒い熊のような化物。まあ、レベル上げしましょうか。さあ、おいで。
「ぐがあああああああああッ!!」
「やかましわ。ゼロ」
さっそくギフト・ゼロを使う。すべて、狙ったもののエネルギーをゼロにする。温度、光、振動、運動、分子間力、強い力や弱い力、重力すらも私なら選んでゼロにできる。もちろんマナを食うのでどれだけでもとは行かないけど、その制限がないと世界も終わらせられるからね。
「ゴバ?!」
「まあ生きもんは肺凍らせたらしまいやんな」
「ゲフッ!? がホッ!? ガは……」
「はい、おなくなり」
初戦闘。大したことないわね。ステータスを見るとレベルが一気に五つも上がってる。ルーザーという天職は基礎のライフは三ポイントだけどマナは八ポイントもある。レベルが六なら四十八ポイント。今使ったのが一ポイント。レベルアップで回復。……これ反則じゃないの?!
ま、まあ女神のギフトが反則じゃないわけなかったわ。女神じゃなかった、奇妙なストーカーだった。ひどくない?って星野の顔が見えた気がしてクスッと笑う。どうせ神って呼んだらごまかすわ。他人の評価なんてコントロールできないものは気にしても仕方ないものね。だから人に言われたらごまかすくせにカッコつけて自称しそう。
マナはすぐに回復する。私の種族スキルのマナ回復中だと二時間でマナが全快になるので百二十ポイントあれば一分に一回ゼロを放っても無制限に放てるわね。まあ一分に一回ってことはないかな。必要ならもっと大規模に凍らせないとダメだろうし。レベル上げるまでは注意ね。
カマクラみたいに壁を作ってこもったりもできそう。絶対零度の空気の壁なら触れば凍るし外からの温度も完全に遮断できるわね。焚き火したら暖かくなるはずよ。断熱材として熱振動しない氷の壁は有効なのよね。
熱伝導や運動も遮断はできるけど時間で累積するエネルギーはマナも引き続き払わなければならないのね。当たり前か。常に浮いてたりしたら怖いわ。え、魔法なんかなくても常に浮いてる? う、いいのよ、人を傷つけたくないもの。私の意見なんて誰も聞く必要ないわ。どうせバカだし役に立たないわよ。成績は家庭教師もいたから悪くはなかったけどそれだけよね。人間の賢さは成績じゃ測れない。状況を見極めて正しい選択をできるか、よね。
槙中みたいにバカみたいに適応力が高かったりはしないけど私もそれなりに頭は使うわよ。さて、じゃあレベルを上げていきましょうか。
どうやら森の中に放たれたとは言ってもマナを感知したりはデフォルトでできるみたい。マナを感じ、マナを動かす。それにより離れた物もつかむように感じ取れる。これは便利ね。
念動力のようなこともできるみたい。まあずっと浮かせるにはマナが必要になるけど。
モンスターとのエンカウントも適度なので一匹一匹倒してレベルを上げていく。ゼロはマナを直接当てるので距離で減衰するみたいね。ただ五十メートル程度ならゆうゆう射程圏だわ。マナ使用量1ポイントがまあまあ大きいのがわかるわ。ゲームなら2ポイントもMPを払えばレベル1の人を一人殺せるものね。1ポイント以下のマナも使えるみたいだわ。ふむふむ。こういう細かいのは私好きよ。
敵の胸や頭にゼロを当ててやるとそれだけで即死する。魔法自体は表面を凍らせるだけだけど考えても見れば絶対零度の皮膚が体に張り付いたらそれは死に至るわね。まあ熱が伝わりきるまでに少し時間がかかるけどマナを強めて無理やり押し込んでやったら死ぬ。まあそれはどんな魔法でも同じね。
ゼロは魔法と言うより魔術と言うものに近いみたい。こちらの意思を大きく反映してくれる。例えば呼気を凍らせて口に放り込むとそれだけで致命的ね。私自身がゼロの影響を受けないのは助かるわ。まあ氷の魔法が効かないとかではないみたい。私のマナを帯びたものは私を傷つけないんだわ。限度はあるけど。例えば凍らせたものに触ったら冷たいと思う。あくまで直接の魔術の効果だけは受けないのね。
レベルは気がつけば二十を超えていた。強い相手ばかり倒していたみたいね。人生をかけてレベルを上げることを思えば三日でレベル百になるようなゲームのようにはいかないはずよ。それなのにこの速さ。鑑定スキルもおまけでもらえてるので見てみたらクマとかレベル八十あるのだけど?! どんな地獄に突き落としてんのよ! ……いや楽勝だけどぉ!
はあ、槙中みたいなツッコミしてしまったわ。私のほうがツッコミ肌よ! ……いつもボケに回されてる気がするわ。まあいいわね、困るのは槙中だもの。ふふふ。
しばらく森の中をさまよう。ちなみにアイテムストレージとか素材ストレージという物もあるのでそれで倒したモンスターはまとめておくわ。……星野のおせっかいでいろいろスキルがもらえてる。説明書なんてものもあるわ。歴史とかまで書いてるけどなぜ他の大陸の話ばかりなの? うーん、そっちに槙中がいるのね? ふふふ、驚かせてやらなくちゃ!
ゼロの使い方に慣れてきたけどなにか普通の魔法もほしいわね。ダンジョンに落ちてるスキルスフィアを拾えば魔法やスキルを取れるみたいだしダンジョンを探しましょう。
まずはひと休み。マナを回復させる。二時間くらいはすぐに経つし全部のマナを使うような真似はしてないからね。三十分から四十分くらい休憩したかな。マナを広げてダンジョンを探してみる。感知には三通りある。自分からマナを伸ばして探るもの、場にあるマナを読み取るもの、他者が放つマナを感じ取るもの。私はマナを伸ばすものを使うことにした。この方が隠れてるものも探しやすいわ。範囲は狭くなるけど距離は伸びるし。空間のマナを感じるのはマナを停止させて姿を隠してるものを見つけるのには有益。広範囲だしね。他者のマナを感じ取るのはわかりやすくて消費もないけど相手に隠されたらわからないからね。
んん、いっぱいモンスターいるわね。こっちに気づいたヤツはその場で仕留める。マナを伸ばしてるからこそできる技ね。サーチアンドデストロイよ。死体を収納するには目視しないとダメみたいね。距離も三メートルくらいまで近づかないと無理ね。取り出しは手の届く範囲だけ。制限がないと収納スキルはすぐチート化するからそこを縛るのは頷ける。
んー、デストロ〜イ、デストロ〜イ。
お、あったわ、ダンジョン! らしきもの! マナが平たい壁みたいなものを捉えたけど家ほど大きくはない。特殊な渦のようなマナも感じ取れるし生命反応っぽさはないわ。ここね!
その場所まで行くといかにもな蔦の紋章に囲まれた闇のように黒い壁。触れると景色が変わる。一瞬で灰色のレンガ造りの部屋へ。うーん、昔の3Dダンジョンみたいだわ。迂闊にテレポートしたり罠に引っかかったら壁の中にいるやつね。ふふふ、楽しそう。私お金持ちだからゲームもたくさんしたわよ。まあ親が昇進するたびに引っ越すから引っ越しが多かったんだけど。
ふうん、ダンジョンと言ってもすえた匂いもしないし壁も明るいわ。発光の原理がわからないけど自然光を取り込んでるみたいな明るさね。マナを伸ばしてみればモンスターはちらほらいる。この辺りのモンスター強いものね、ダンジョンの中も油断できないわ。まあ攻撃を食らってもそうはやられないけど。食らうというか見つけた瞬間に倒してるけれど。
ダンジョンの中で杖や水の魔法スフィア、お金にストレージなどのスキルスフィアも手に入れたわ。杖術のスフィアはありがたいわね。魔法使いを極めるわ!
ダンジョンの中でレベル上げしまくることにした。どうせ槙中たちはすごく強いんでしょ。私も皆と遊ぶために強くないとね。
少なくともドラゴンくらいは倒したい、と思っていたけどゼロが強すぎる。一撃で脳髄まで凍らせて倒してしまえたわ。殺す気ならけっこう無敵なんじゃないかしら。私以外にもいるらしい魔女たちがどんなものかはわからないんだけど。
ゼロは実際はすさまじいギフトなのですがフローラ、水野はまだ気づいてません。フローラとか現地名つけたけどカーラたちも仲間内ではほとんど現地名呼ばないんですよね。




