人間の脳
マナ操作を極める修行をします。時間はかなり経過しているはずです。
マナを動かしてるのは意識だ。脳みそに力の中枢はあるはずだが私はまだまだ手足でマナを動かそうとしてる。そこは必要ないはずだ。マナの手足を広げることこそ重要になる。漫画なんかでもよくある自分の領域を広げることだな。別に印とかは組まなくてもいいがルーティーンというのは自分のセットアップをするのにわかりやすくて必要なものなんだ。私のルーティーンはわかりやすくて杖か剣で空間を三角に切り取る動きをする。これだ。いつ考えたかって? 中二病患者に聞くのは野暮だろう。いつもこんなことばっかり考えてるよ! イタくない! ちっともイタくない! さすが不老不死! 関係ないわ!
アホな中年の主張は置いといて、実際にやってみるとアルファの形を書くのが一番速くて自分でビシッとした感じになる。先が尖ってるのでアルファではないし順番も右下から上、左下、右少し上にビシッ、ビシッ、ビシッと振る。うん、気合入った。この瞬間自分のエリアを確定してマナを広げる。自分の中に詰め込んであるマナの束縛をただ放つとマナだけがすっ飛んでいくので無数にポイントを放つ感じで、なんと言うのかな、マナを握りこむようにして集中するポイントをいくつも作ってそれからは意識を離さない。その中にあるもの全体の情報を情報ストレージに移す。そこにあるものがガチガチの固体だろうが流動する液体であろうが関係なく支配を伸ばしていく。意識が薄く伸びていく。夢の中にいる感覚に近い。
脳みそから糸を伸ばしてつないでいく。脳から直接なので体は動かさないがついつい動いてしまうよな。こればっかりは慣れないとしかたない。
なんというか本当に修行って感じだが、楽しいのでオッケー。楽しさはすべてを許容する。仕事だって楽しんでいい。勉強だって楽しんでいい。単純作業だって楽しんでいい。楽しいとは自分をコントロールする最強の手段だ。
自分の五感と周辺の物質に宿る精霊がリンクする。自分を中心に十五メートルくらいでいいかな。それでも直径三十メートルの球体が自分の知覚に収まっていく。……無敵な感覚がする。
試しに五メートル先の地面を持ち上げてみる。ボコリ、と三十センチくらいの土の塊が持ち上がった。持ち上げてる間にもマナ消費が増えることはない、というのもこの領域を保っている間はマナを消費し続けている。それはそこにあるすべての物質とエネルギーに干渉し続けているということだ。消費は速いがなぜこんなことができるのかといえば普通に人を殺せるほどのエネルギーがわずか二ポイントのマナで実現できるくらいマナは大きな力を扱えるからだ。百ポイントあれば五十倍、つまり五十人。そんな馬鹿げた力なのだ。ただ空気を動かしたりするのに大した力は必要ないし物質を持ち上げるのもマナの性質から言って引力を逆向きにするだけなのだ。大きな力はいらない。物質を切断するのが難しいがこれもナイフとかを使えばできる。刃物の厚さでマナの集約を補助できるからだ。それ無しで細くマナをまとめる。うううん、難しい。これできたらかっこいいよな。この領域展開はドミニオンという魔術の奥義としてこの世界でも知られている技らしい。使える者はわずかで使用時間も短いが。
今の私はこのくらいのエリアならミスティルテインを使ってストレージのマナまで使えば三十分は支配できるかな。まあ対象のマナ次第ではある。マナ量が多ければそれを支配するのも大変だ。なにしろ自分を守ろうとする意思があるのでマナを奪いにくい。
「大剣、ちょっと協力してね」
「ぷぅぷぅ」
黒うさぎの大剣に協力してもらって両腕を押さえ込んでみる。ピンポイントなら格上の大剣が身動きできなくなることがわかる。相手の指を体幹で抑え込むと相手は腕を持ち上げられなくなるような感じで力を直接相手の体の芯から離れたところを抑え込むように使えばその動きを抑え込める。つまり合気の技みたいなことを手を使わず体を使わず念動力でやってのけているわけだ。これは物理戦闘系には天敵だな。オーラは全身にまとう性質からピンポイントの圧に弱い。遠距離攻撃はピンポイントに込められるマナが十分に強くないと生命の精霊により集約したマナに弾かれる。しかしこれは体外から抑えるだけなので激しい抵抗が自動では起こりづらい。それを全身あちこちにやられたら動けるはずがない。ひとつひとつが人を殺せるエネルギーの玉を全身五十カ所に貼り付けられたらと想像してみてほしい。格上だろうが動けるはずがない。この状態ならこちらから攻撃し放題に思えるがもちろん無理だ。すでに相手の肉体の動き出そうとする部分を順次抑えるために意識を向けている。
マルチタスクは脳では二つか、できて三つまでだという。マルチタスクできてるように見えるのは高速で思考を切り替えているからだとか。私の実体験からすると複数のことをこなす動きを記憶してそれを再現することで擬似マルチタスクできる。つまり体で覚えるとか慣れるというのはこういうことだ。ゆっくり動くトレーニングの意味がここにある。
頭はクールに。人間の脳は複雑だが物理物質であることは疑いようがない。ファンタジーは存在しない。コントロールするにはそれを外部として認識することだ。感情も痛みも外部からの干渉。脳は痛みを感じない。すべては情報だ。心は別のところにある。自分を機械的にコントロールすることで心を失う、そんな馬鹿なことはない。むしろ心のためにそうするんだ。目先の感情につまづいてしまわないためにも。自分が求めることのためにも。
私は人間の作る暖かな世界が好きだ。それがずっと続いてほしい。無駄なことも無意味なこともあるものか。私が、求めている限り!
「自分を支配する」
「……カーラって本当に不思議よね。なんでも分析してしまうんだ」
なにも知らないということは暗闇の中で音もなく床の感触も重力もなくすべての感覚を遮断するのと同じことじゃないか。だから私は知りたい。自分が、自分であるために。自分の目を開いていきたい。すべてを捉えたい。すべてを私の思うままに、つかむ。
「世界が見えるみたいだ。自分が完全にこの領域を支配した」
「ぷぅぷぅ」
「大剣、ありがとな。もう動いていいよ」
領域を解いて大剣を解き放ってやる。キツくなかったかな?
「ぷー!」
「おわっ?!」
胸元に飛び込んでくる黒うさぎ。思いっきりすっ転ぶ。下はなぜか花畑になってるな。ミネルバか。大剣に抱きつかれた。もふもふやでぇ……。ごろんごろん。わっしゃわっしゃ。なでまくり。
「ムツゴ○ウさん?」
「懐かしいな! 今の子知らないだろ!」
「カーラゴロウさんになるといい」
「マジで魔法生物学やろうかな!」
ごろんごろん。ふぅ、ずいぶん緊張して疲れていたみたいだけど落ち着いた。ストレスは敵じゃないよな。だってお湯に浸かって幸せを感じるのは疲れてるからだし。上手にストレスを作るのも生きていく上では必要なことなんだ。理不尽は無くならない。ならあとを楽しみにしてやればいいのだ。切り替えは難しいけどな。
マナはだいぶつかんだがまだ本質までは遠い。マナの物質変換について考察しておかないとな。これはマナの仕様において核心なんだけどいまいちわかっていないことは多い。
まずはストレージは物質を格納したり取り出したりはできるがその際に物質量は増えない。マナストレージにおける物質の合成が問題だ。本来なら無から有は生まれない。ここが鉄則なのは物質が無制限に作られれば宇宙のルールが変わってしまうからではないだろうか。
たとえば無限というのは概念に過ぎないが原初の宇宙は無限と推測されている。つまり無限が発生するということは世界がまるごと書き変わることを意味する。無制限は実行できるがこれは半永久ではあっても永久ではないため事実上無限とは異なる。無限というのは相転移を起こさないと実在できない。よって次元を超えたり別の宇宙に物理的に繋がったりは現実的ではないことになる。
宇宙全体の時間は巻き戻せないが擬似的に物を元の位置に戻すことはできるように時間にはその方向を示す要素がない。つまり光の動きを巻き戻しても光が逆向きに飛んでいるように見えるだけで時間が経過しているのか巻き戻っているかの指標はないのだ。よって時間そのものは存在しないのではないかと考えられている。つまりすべての物はエントロピー増大していってるだけ、ということらしい。よってこの世界には時間魔法は存在しないが元の状態を記述し直すことはできる。ドミニオンで支配すれば時間を擬似的に巻き戻せるわけだ。
たとえば時間を止めるとあらゆる力の働きは止まるがこの際止まらないものは設定されないと止めた瞬間死亡することになる。脳が動いているのに血液が動かないなどだ。自分、というのもそもそも概念でしかなくて自分と世界の区切りはつけづらい。たとえばあなたの吐いた息はあなたなのか、ということだ。血液に取り込まれた酸素は? そこに区切りをつけるのは難しい。これはストレージでも同じでどこからどこまでを個とするかはその人の感覚が反映される。だけど固体を分割する力はストレージ自体にはない。ストレージ内の物を分割する別系統のスキルはあるがたとえば相手を中途半端に収納したら殺せる、みたいな技は存在しない。これはイルマタルの制約だろう。そんなスキルを作れなくはないからだ。
ストレージ内の物をコピーしたら物が増やせるのではないか、と思うがここで精霊量保存則が関わってくる。要するに世界に存在する情報量は一定でないと成立しないというルールだ。これがないと栗まんじゅうが一日で世界を覆い尽くすことになる。その前に相転移を起こすと思うけど。
世界の情報量は保存される。実はそこに魂の実在が……などというのはオカルトでしかないけど。私としては脳量子理論みたいなものに興味はある。まあこの世界では前世の本を買い漁るしかないけどな。私たちが真空と陸続きで真空に情報が残っている可能性はあるんだろうか? そしたら魂はあるのかもしれない。というか私が転生したので魂はあるってことだけどそれがそもそもな、私はただのコピーでしかないとしても私に魂があって転移したという事実とまったく差異がないんだよね。つまり証明する手段はない。神に聞いたらどうかって、神はそんなこと必要ないと言うだろうね。つまり私が前世でまったく完全に消費されて消えてもその実感は無いしある必要もない。魂が実在するかしないかは異世界転生においてはまったく意味を成さない。
元の世界ならどうなんだろう。たとえば私たちの意識は無意識で連絡しあっていて記憶は残されている、とか。赤ちゃんがその信号を受け取って擬似的に魂の記憶を再構築しているとか。その際に忘れられた情報はたぶん必要がない情報なんだろうな。デジャブはその魂の記憶を再構築する際の感覚だったりして?
人間の脳はまだ解明され尽くしていないんだよなあ。
でも私には心がある。ここにある。それがプログラムだとしてもそれは他動的に植えつけられたものではないと断言できる。だからそれでいいんじゃなかろうか。
完璧ほど不完全なものは無い。そんなのは私は小学生の時に悟った。四角四面に物を考えるクセはこんなに適当になっても変わってくれない。もうこれが私だと諦めてつきあうしかないね。筋が通らないことは嫌いなんだよ。
大切なのはみんなが自由で楽しいことだ。日本人はみんなが幸せなほうが摩擦やストレスも少ないことを知っている。きっと私も日本人なんだろう。
なんか楽しくなってきたな。
なんだっけ。また話が盛大にそれたな。そうそう情報だっけ。つまりマナにより物質を再構成するときに必要なのは情報であってそれを操作するのがマナである、それが基本なんだよね。その情報の最小単位が存在である。槇中マナ理論である。ノーベル賞は取れません。存在を収納した際に情報世界にそれが移るだけで存在そのものの定数は変わらないということか。そのためコピーしたらそのぶんの情報を消費しないといけない。これは外からの情報だけでなくて情報世界で損失されたり使い道がなくて所有者がなくなった場合も存在だけは別にされていて情報世界で別のものに再構築される。なにかの間違いでその情報がふたたび必要になると別の存在が与えられて再構築される。そういう仕組みになっているんだろうな。
存在ってなんやねん。量子は箱に閉じ込めても箱の外にある可能性があるらしいぞ。存在ってなんやねん。まあそれでも量子は光速を超えないんだけどな。電気的に閉じ込めて動きを制限することはできるらしい。確率で存在している場所は変わるけど存在するかしないかは変わらないんだけどね。量子論とか理解するのは大変だけど面白いよね。なんでも興味持って調べてみるとどんどん自分の世界が広がる。
意識はつまり量子の影響も受けているのかもしれないな。脳という限定された空間だけじゃなくて世界とも繋がっているのかもしれないね。それが魂を作るのかもしれない。
人間は理解力を持たなくてはいけない。他人は自分と違うし違っていいがそれは理解しなくていいことを意味しない。わかりあうことが大切だ。一方の主張だけを通すことを分かりあうとは言わない。すべての人がそれをできるようになるのはもう少しだけ未来だろう。
わかりあった末に個性をなくすんじゃ本末転倒だけど。さあどうするね? 誰に聞いてるんだよ。
なんの話だっけ。大本をたどればマナが存在情報を情報世界とやり取りすることで核反応とかヤバいエネルギー崩壊を防いでいて無限や情報の損失、無から有の発生が現実的ではない説明だな。
その上でマナを人の脳が扱えるのはなぜか。これは脳のような意識を作り出すプログラムがマナを励起させているからだな。マナは真空として偏在していてそれを意識が呼び起こして現象を起こすわけだ。そのプロセスはさすがに物理学者じゃないのでわからんけど。つまり意識を広範囲に広げて情報を掴んでコントロールする能力でマナが動くわけだな。マナは密度を上げれば反応も良くなるのでマナを吸収する力がマナを扱う力やマナの総量と比例するわけだ。純粋なMPが細かい摩擦とかは抜きにすれば魔力というべき力のすべての基本となる。わかりやすいが魔術となると違う。現象を起こすために精霊に知識を与え仕事をこなしてもらう能力、これこそが魔術師の力となる。
私はここに存在する。その主張は大切だ。そして精霊たちも存在する。相互理解をするためにはまずは自分を持ち、相手に伝え、相手に聞き、理解する。その流れが重要だ。
他者を馬鹿にする必要なんてないんだよな。位置は変わらない。今自分が何者であるのか、あれるのか。
それをただ示すだけだ。
私はみんなと楽しく自由に暮らしたいな。
そう思い続ければ、世界が応えてくれる、きっと、そんな気がする。
やがて、その時が来た。
☆きいろメモ☆
マナを支配するとそのマナを他の存在が利用することができなくなります。実質精霊などですら侵入不可能の空間を作ったりそのスペースの時間、というか運動を停止できます。生物の体内のマナに介入するには何倍もの強さのマナがあればできてしまいます。
次話、第一章完結!




