勝てるかあんなの!
風の精霊竜戦、けっちゃ……くはしません。
ふかふかのソファーでごろーんところがり漫画の続きを読む。味方のラスボスっぽいのが敵のラスボスと一騎打ち始めた。うおー、盛り上がるな。
おしゃれなガラステーブルに置いたストローを刺したタンブラーを手に取る。ん〜、ミルクセーキだけどバニラかなり効いてるからプリンっぽいわ。うまいな〜。辛いスナック菓子とあう。ポリポリ。貯金も億もあれば目一杯ニートできるよな。平和である。専業主婦の時代は令和で終わりだから金持ちニートが一番だよな。ごろんごろん。
「なんか腐りきってるわねえ」
「うっさいわ。新品ピカピカツヤツヤだわ」
「昭和ねえ」
「うっさいわ。へんに若作りするほうが痛々しいわ」
「いいじゃん見た目幼女なんだし」
「幼女言うなオバサンだわ」
「中身までガキじゃん」
うっさいわ。どうせ一個も成長せずに年だけ取った老害だわ。お年寄りは大切にね! まあ若者のほうが大切だけどね。子供が一番さ。甘やかしは虐待だからしない。
そういえば週刊誌も十年以内なら買えるんだよな。ちょっと未来のも少しずつ増えてるし。この漫画の続きは週刊誌で読んでみようかな〜。ふむふむ、あ、アイツが勝ったのね。そりゃそうだ。負けたら打ち切りか連載終了だわ。メタ読みはつまらんからやめたほうがいいけど。
ん? 風の精霊竜? なんだっけ。
あ〜、あの生きたトルネードみたいなヤツね〜。いたよね〜そんなの。あれは今から十年前……。
「現実逃避してるんじゃないわよさっきのことでしょ倒したの?」
「うん? まあね、五千気圧ぶっこんだらね、パーンって散らばったけどね……」
「やったか?!」
「やってねえわ! 勝てるかあんなの!」
ドバン、と大爆発が起こって辺りにクレーターができるくらいの爆発でヤツも一旦は消し飛んだんだが、不滅は伊達じゃなかった。不老不死とは違う、風がある限り空気がある限りなんなら恒星が太陽風を噴き出す限り消えない存在だ。すぐに目の前に復活してケタケタと笑ってやがった。どうやって勝てっつーの。え、認めさせてみよ、とかそんなパターン?
「まあ倒すのは不可能だからねえ」
「マジかぁ〜今週の手術海鮮おもしれ〜」
「どんな漫画よ。現実逃避してるんじゃないわよ」
「するさ現実逃避鮮やかにスルーさあ」
「ダメだこのニート早くなんとかしないと」
なんとかすんのかよ。ミネルバもなんもしねえくせに。働きたくないでござる〜。
「このチョコロールクッキー美味しいわね」
「そうだな〜」
「突っ込めよ」
「燃え尽き症候群ぶり返したわ〜やる気でね〜わ〜」
「根っこからニートねえ」
不幸だったから頑張った、みたいな話好きじゃねえんだよ。不幸を仕方なかったみたいに言われるのもムカつくしあまつさえ逆境は素晴らしいみたいな論調。クソ食らえ。不幸を無くすのが大人の仕事だろうが。漫画とかゲームとかの疑似体験的な不幸はもっと推奨されるべきだが。それは楽園ネズミは滅びるしかないからな。日常にストレスが一切なかったら欲も一切無くなる。それはけして良いことではない。無気力な社会が生まれるだけだ。
強すぎる欲をコントロールする理性こそが必要なんで無欲は正義になりえない。なにもいらないなら他者を救う意味もないからな。なぜわかるかって私が一切欲がなくなって身動きすらできなくなった経験があるからだよ。欲がなきゃ生きてる意味もない。当たり前だが存在そのものに価値なんてないからな。世界から人類がいなくなっても誰も困らない。困るのは人類を必要としてる者、欲のある人類がいるからだ。
存在意義がないと人は無気力になる。当たり前だよな。世界一の金持ちに憧れる人なんてよっぽど現実が見えてない無意味に欲深い人間だけだろう。それでも本気で目指すなら社会の原動力になるんだから悪いことではないし、なら目指した方がいいかっていうとそれを最終目的に据えるのは名誉以外意味がないしな。責任や仕事で潰れたいならやったらいいがおよそ無責任な成金になって終わりだろう。金は程々が一番だ。私はニートするぅ。まあ勝ち負けにこだわる意味が一番ないからな。損して得とれっていうか負けて得とれってか。満たされない暮らしになるのが一番しんどいからな。自分で意味を作っていかないとただの欲深さでは力にならない。目的を持たないと。
走ることが好きでもゴールを作らないとただ走るのは辛いからな。
まあ現実逃避はこの辺りで……。とりあえずトレーニングルームで遊んでこようかな。私に努力や修行なんて言葉は存在しないからな。遊んでたら強くなってました賢くなってました、それが一番よ。試合中心にメニュー組んで遊んで強くなる部活動って一番だと思うんだよね。楽しんでるヤツが一番強い。根性論は昭和で死んだ。ワクワクしなきゃね! まあ根性も努力もやってる人は素晴らしい、けど他人に押しつけんなってことよ。楽しんでたらなんでもいいんだよ。みんなで楽しんでたらな。
「う〜ん、どう考えてもマナが足りないよなぁ」
「そうねえ。マナストレージ増やす?」
「ステータスで与えられるライフポイントやマナの基礎ポイントってかなり少なくない?」
「そりゃ、あちこちに世界滅ぼすようなヤツがたくさんいる世界とか嫌でしょ」
「前世でも数人は世界滅ぼせそうなヤツいたけどねえ」
「経済規模から言って難しいは難しいけど賛同者が大勢いたらできなくはない程度だけどね」
「まあ世界滅ぼしてもまったく意味はないもんなあ……。神にはなんの痛痒もないんだこれが」
「そうねえ」
人類は宇宙で地球だけ、かはわからないもんね。地球人が滅びました。とても善良な種族でした。だから?
だから滅びるのは生まれた時から決まってるんだと思う。滅びのない世界にはそれを阻止しようって原動力も生まれない。生きることに意味があるのはそこに死があるからだ。不幸には不幸の意味がある。だけど悲しいし寂しいだろ。私は嫌なんだよ。生きてるからな。星のんは死んでるからな。というか魂の世界の支配者みたいなもんだから。だから魂を基準に考えている。世界はゲームみたいなものだろう。生きているものからすれば必死になってしがみつきたいものなのに。しかしこれが次元が違うということだろう。私達が家畜を可愛いと思っても可哀想と思っても畜産を止めることにはならないし畜産農家にしてみれば牛や豚の奴隷となって働いてるのに対価もなしに仕事をやめろなどと言えるはずもない。死んだ命の価値は生きているものに残る。殺せば殺すほど生き物は死ねなくなっていくんだろう。それは大きな視点で見ればリソースが移り変わっているだけでしかないが。
世界が滅びても恒星が無くなっても地球のリソースは残るし、未来に宇宙人が取りに来るのかもな。それもまた一興だろう。滅びはただの自然現象にすぎない。そこに居合わせたらたまったものじゃないが。
なので生きている今は生きていくことのために生きる。子供を大切にするのは未来を残すためじゃなくて自分が命であるためなのかもしれない。幸福に生きていたけど死にました、あとにはなにも残りませんでした。それが寂しくないなら別に構わないんだ。そう考えると想像力の欠如が一番貧しいことの気がするな。考えておくべきなんだ。自分の死んだあとのこと。
日本が軍事費にお金をかけたり税金を上げたりするのは通貨の信用のため、豊かに暮らすためだけど表面を見る人間には戦争したいのか、とか国民から搾り取るのか、とかになるんだろうけど、財界人だって政治家だって馬鹿じゃない。けっきょくは国民が豊かにならないと経済も回らないしな。そのためのエネルギー政策だろうし。
例えば働くのがロボットだけになったら。エネルギー開発も生産も文化レベルの向上も創作もすべて機械任せになったら。残った人間はなにをするのか? 存在意義はあるのか?
哲学者とかなら答えを見つけているのかもな。私にしてみれば生きることこそ存在意義だけど。
なのでヤツに勝たないといけない。アイツは風なので空気がある限り必ず追いかけてくるだろう。それはウザい。マイルームに閉じ込めたら消せるか、それもかなり怪しいな。風のすべてがアイツの核になるとかだとお手上げだ。認めさせる以外の勝ち筋はない。
問題はどうやって鍛え上げるかなんだが。……なんとなくこの島の全容を探ってみようかと思い立った。たしかダンジョンがあるはずだよな。
一キロ離れたところで外に出るとすぐに空気が荒れはじめアイツに見つかったのがわかる。まあ普通に立ってて嵐になったらそうだよな。ポインタを移動させてもう一度一キロ範囲を確認。島の中央に移動してみる。何度か外に出るがどうやら追いかけっこと思ったのか嬉々とした鳴き声が聞こえる。
「ぴいいいいい♪」
「うぜえ」
すぐにポインタを移動。タッチパネルで操作してポインタをずらす。外に出る。ヤツに見つかる。ポインタ設置、マイルームに戻る。元のポインタを消す。繰り返す。おっと、あったな、ソリド島のダンジョンだ。なんか神殿の門みたいな鳥居みたいなものがある。場面をその前に移動させて外に出る。風は……吹いてこない。どうやらダンジョンには近づかないか近づけないようだ。
うーん、石造りの門みたいな、と思ったが門の内側部分は黒い壁になっている。触れる距離に行くと自然と視界が切り替わる。……もう一度外を見る。中を見る。外を見る。……うーん、スムーズに移動できるが明らかに場所が切り替わっている。顔を半分だけ出そうとしても全体が切り替わる。壁に触れた瞬間に変わっているらしい。謎だな、ダンジョン。
ダンジョンの中は風が荒れていない。アイツはここには入ってこれないらしい。ダンジョンって一つの精霊のような生物の扱いになるらしい。そのコアが心臓、支配するマスターが脳。一番奥で待っている。その中、体内と呼べる場所に入れるかどうかはマスターの気持ち次第だ。マイルームと同じだな。
ダンジョンの中は昔の3Dダンジョンみたいな灰色のブロックが積み上げられている。壁の中にいる、とかは幸いなかった。天井はアーケードみたいな半円状でところどころ光るブロックがあり奥の方が明るく見える。そこまで行っても光源が他にあるわけではない、不思議な空間だ。まあこの世界でダンジョンと認識されている空間は私のマイルームと同じデータ空間だからな。ダンジョンマスターがどんな形にも好きに作れるんだ。
ダンジョンにしてみれば客がいないと力が発揮できないんだよな。訪れた人たちの最大マナの総量でダンジョンの力が増えていく。いわゆるダンジョンポイントだな。なので滞在施設じみた物や温泉のようなもの、アトラクションとしてのトラップなどがあったりする。まあ冒険者ならモンスターと戦い、危険な環境に挑み、誰もが聞いたこともない冒険をすることこそダンジョンアタックの醍醐味となるだろう。
この大陸ではダンジョンコアをいたずらに奪おうとすると外の冒険者たちは食い扶持を失うわけで英雄どころか処刑されかねないらしい。物語との違いは出てくるよなあ。経済なんだ、これも。
ただまあ田舎の人跡未踏のダンジョンなんて勝手に攻略しようが破壊しようがなんの問題もないだろうが。しばらくキョロキョロしてるとどこからか低く声が響いてくる。地獄の底から湧き出すような声が……。
『きゃく……』
「ん?」
『……だよな……』
「んん?」
『客だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』
「うっせえええええええええっ!!」
なんかダンジョンの奥からうなり声って物語の定番ではあるが普通は厳粛な、厳かな声だろ。なんだこの寂れて客がまったく来なくなって数年経ったラーメン屋に久しぶりに客が入ったジジイ店長みたいな声は! 私は帰る!
『待ってええええええっ! 帰っちゃいやあああああああっ!』
「めっちゃ会話が成立するダンジョンのうなり声ってなんだよ……」
ファンタジー感台無しだよ! まあもともとこの世界そんな感じだけど!
『アンタ最近越してきた魔女さんだろおおおお! 遊んでいってくれよおおおおっ!』
「え〜…………うるさいからヤダなぁ」
『宝箱いっぱいあるからああああああっ!』
「いちいち叫ぶなよ。うるせ〜……」
『ごめんよう……』
「弱気か!」
なんだこのダンジョン。こいつ喋るぞって言えばいいのか喋ったあああああああって言えばいいのか。なんか貧弱そうだしそんな良いおたから無さそうだよなあ……。
『今なら五十連ガチャ無料! 五百名様にSSR武器オリハルコンソードが確定で当たるぅ!』
「アプリの広告か! しかも微妙にしょっぱいヤツ!」
どうせ課金させたいんでしょ! まあなんでこいつそんなネタ知ってんの、とは思うが天使や女神や偽神まで転生者で固めてる世界なんだよな。知識チートは自重してるのに必然的にゲーム知識や漫画知識などが蔓延するというよくわからんことになってる。
まあそれはそれとして、ダンジョン初探索だな。せっかく異世界に来たのになんにもイベント無いままドラゴンまで倒しちゃって……。あとで真竜ステーキ食べないと。少しずつ異世界に馴染んでいってる感じがするがそれが一番だよな。いきなり引きこもりを外に放り出してたくさんの人の中知らない環境で仕事しろっていうのは無理がある。相手の気持ちを考えないとな! ニートしたい! ダメです! だよな! 平和な世界!
『このダンジョンはトラップ少なめ! 宝箱多め!』
「ミミックも多め?」
『バレた! 大丈夫、UR装備も出るからぁ!』
嫌だよミミック暗いの怖いしな。
「なんで必死なの? 別に潜るよ?」
『本当? ありがとう。寂しかった……』
大丈夫かこのダンジョンマスター。声はお爺ちゃんぽい嗄れたボイスだけど精神は部屋に閉じ込められた女子高生のようだな。なんかおじいちゃんに転生した女子高生ってギャグネタの小説あった気がするな。
まあいろいろ置いといて、初めてのダンジョンアタックしてみるか。ダンジョン産のスフィアとかなら売れるし儲かるのは儲かる。それに自分でもダンジョン作ってみたいしな。そのうち私に会うためにダンジョンアタックする人たちが、みたいなことになるかも。引きこもるぞ!
どうにも人との摩擦って嫌なんだよねえ。自分の環境をかき回されたくないんだよ。私は自由にやっていたい。まあイザとなればどこからでもマイルームに逃げ込めるからな。本当にこのスキルは最高だぜ。
まずは一階層、このダンジョンを攻略してみますかね。
『ようこそ、ソリド島海底神殿へ!』
☆きいろメモ☆
ダンジョンマスターはマナ値など物理量のような制約しか制約がありませんがある程度節度を守らないと天使がやってきて刺されます。ダンジョンの終わりです。
ダンジョン内にルールを作ってマスターが死んだら終わり、とすることもできます。そういう遊びをすることはあるようです。




