第十話 深層に潜む影
体に受ける風が、現実世界に来たと感じさせる。しかしその風はまるで台
風のごとく激しく体に打ちつけてくる。目を開くとその光景に唖然とした。高架
線をとてつもないスピードで走っているのだ。
(( どこへ向かってるんだ? ))
「 ん?誰だ? 」
突然俺の思考が流れ込み、驚く様子は見せながらも走ることをやめない。
(( あっ!えっと、風間・・・じゃなくて幸太郎の同級生の半部です ))
「 覆蔵のせがれの不久良か!どこから話している? 」
(( えっと・・・ ))
俺は、詳細は黄の屋敷に行ってからとし、信じてもらえない前提にこれまで
のことを大まかに話した。
「 ふむ、たしかににわかに信じられんが、話の内容は理解した 」
(( 驚かないんですね? ))
「 むしろ君のほうが自身に起きたことを信じられんだろ?特殊な一族の血を
引いていることを知ってからは、君ほどでないにせよそんなことが多くあった。
今は、どんな話も受け入れるようにしているよ。で?俺のところに来た理由
がなにかしらあるんだな? 」
(( はい、これから1時間位後に、親父とおふくろに危険が訪れます。事前に
連絡して、何とか回避できないかと・・・その連絡をしていただきたくて ))
「 なるほど、君には酷な話になるかもしれんが、冷静に聞いてくれ。まず、連
絡はしない 」
(( なんでですか!!た・たしかに親父は竜人になれば、死なないかもしれ
ない!けど、けどおふくろは普通の人間なんですよ!! ))
「 だから冷静に聞けと言っている!!そんなことは言われなくても俺だってわ
かっている、が、俺は覆蔵がそう簡単に死ぬとも思えんし、美雪さんを死な
せたりしないと 」
(( そんな・・・ ))
「 君も両親を信じろ!そう簡単に納得はできんだろう。しかし、二人が目的
を達成しなければ、今の君はいないんじゃないのか?二つの一族の血脈
が混じり、君に何らかの使命があるとするのなら、それは、二人が臨んだ未
来なのでは?たとえ、その結末が死だったとしても 」
俺は何も言えなかった。史歴書に書かれていた血脈と使命のために二人
はゴルディア王国に行った。あの二人のことだ、目的を遂げるまでやりきるだろ
う。袋小路の洞窟、待ち伏せする敵がいようとも。
(( 今、ここに俺がいることが、連絡をするしない問わず結末は変わらないと
いうことか・・・ ))
「 っと、すまんが目的地に着いた。君の気持ちもわからなくはないが、俺も確
かめなきゃならないことがあるんだ。ひとまず納得してくれ 」
会話の途中から高架線を大きくずれ、山中に足を運ばせていたのは見て
いた。山頂付近の森にぽっかりと木々がない場所があり、そこには古びた建
物がたっていた。
(( ここは? ))
「 嵐山記念病院。戦後、戦争で大きな怪我をした者や、戦争
孤児も看ていたと。ただ、その後人体実験の噂がたち、倒産寸前に。それ
を引き継いだのが、現社長【 門平 将 】.その後、青木
ヶ原源三という、有能なパートナーを得てFUJI製薬と社名を変えた。君も
知っていると思うが今や製薬会社のトップと言っても過言ではない 」
(( FUJI製薬?あの大臣との裏金問題に副社長が関与しているかもって奴
ですよね? ))
「 成田が・・・す・すまん 」
(( いいえ ))
ふとした間が、成田さんを思ってのことだとわかる。
「 彼が掴んだ情報は、たぶんガセだ 」
(( えっ!? ))
「 TV局にしか流れない情報に、新聞社各社がやきもきしててな、俺もその
一人だ。なので彼にも探らせていた。あんな結果になるとは。悔やんでも
悔やみきれんよ 」
成田さんは確実になくなった。俺の能力で過去が変えられるかもしれない
し、それを望んではいたとしても、現状は希望でしかない。それよりも彼の死
を無駄にしないために目的を果たそうとしているのがわかった。
「 ただ、そのおかげで、この建物のことを思い出した。たぶんだが、関与してい
るのは社長のほうだ。そのせいかはまだわからんが、副社長との確執ができ
内乱状態。あのネタは社長側の副社長の失脚を狙ってのものだろう 」
(( 自社の名に傷をつけてでもですか? ))
「 それでも何とかなるのだろう。それは、大きな後ろ盾があるということ。その
大物と社長、そしてこの施設。ここは、人体実験の噂がたってのち、手放さ
れ廃墟と化した。その後、突然国の管理下になり、自然保護区域として
数kmにわたり立ち入り禁止となった。が、調べたところ、この元記念病院
跡だけは、いまだFUJI製薬の所有物となっている 」
(( 国の管理下でありながら、一会社の所有物。たしかに不自然ですね ))
「 ああ、事件や事故が相次いだため危険として、国が保護区にして立ち入
り禁じたという話だ。廃墟と化し利便性も悪いとなれば買い手もつかない
のも予想はできるが・・・ 」
(( それで、風間さんはここに何があると? ))
「 人体実験の噂が本当だとしたら? 」
(( 実際にあったというんですか!? ))
「 それを確かめに行くのさ。門平社長は変わった経歴でな、彼の主とした研
究は物質や材料、簡単に言えば、強度が高く軽く安価な材料といったも
のだ。そして、元軍人だ 」
(( 軍人?それが、どうして製薬会社の社長に? ))
「 ありえないことではないだろうが、不自然。しかし、これまでの私の話しはす
べて仮説。何一つ確証はない。だから、確認しに来たんだよ 」
(( え?でもあの嵐山さんって人に、ガセだったらただじゃおかないって ))
「 何もなければ、謝るさ 」
まるでいたずらっ子のように笑みを浮かべた。
「 少し話が長くなってしまったな。時間もあまりない。君は・・・ 」
その瞬間唐突に暗闇が訪れた。
※※:※※
その和室には二つの影があった、十畳ほどの広さで真ん中にぽつりとテーブ
ルがある。夕暮れ時にも関わらず、電気をつけることもなく暗がりの中、二人
が話をしている。
「 法師様、お体の具合はいかがですかな? 」
スーツ姿の男性がそう切り出した。声から40代くらいだろうか。向かいに座
る法師様と呼ばれた男性は、和服?いやどちらかというと、お坊さんの袈裟
に近いものを着ている。
「 心配するなら、早く研究を進めんか!まぁ、儂が死ぬことはないがの。とは
いえ人の体は脆いのう 」
声や言葉の感じから、60は超えていると思われる。
「 それについては、良い報告ができそうですな。近々次の体をご用意いたし
ます。鬼の体を 」
「 ほう、鬼とな。いつそんなものを手に入れた 」
「 5年ほど前ですが、万が一があってはいけないので、色々調べておりました 」
「 これだから、研究者は嫌いじゃ!そう言って自分が研究したいだけじゃろ。
まったく、儂の力なら鬼ごときの体、制御するのは問題ない事くらいわかって
おろう 」
「 法師様を欺くことはできませんな。とはいえ、おかげさまで計画も順調にい
っております。法師様の野望も早期に実現するやもしれませんぞ 」
「 力が満ちるまではまだまだ時間がかかる。早期に実現することはない 」
「 法師様ほどの方がずいぶんと慎重でございますな 」
「 これまでも何度と邪魔され、焦りも災いしての。じゃからそれまで計画を強
固なものにすればよい 」
「 かしこまりしました 」