プロローグ
「 ありがとうございました~ 」
元気で明るい女の子の声が店内に響く、ここは喫茶店『 龍の巣 』。
俺【 半部 不久良 】のバイト先。高校生の俺を残して一週間前
海外に出張に出た親の知り合いで、今現在の保護者替わりというところだ。
声の主【 佐川 鈴女 】は俺の同級生。
そして、厨房の奥では店長の【 佐川 龍ノ助 】が下げた
食器を洗っていた。そう、ここは親娘で経営している店だ。
母親は鈴女を生んですぐ、事故で亡くしたと以前聞いている。
流行らなそうな名前のわりに、18時近いこの時間でも客がチラホラいる。読書
している者、恋人?や友人と会話する者、スーツ姿の上司と部下みたいな2人
組もいる。
(( にしても、今日は一見さんばかりだなぁ ))
いつものこの時間ならいるはずの常客が今日はまったくいない。
大通りの店がある側にオフィス街、向こう側に俺の住むマンション含めた住宅街
があり、地域柄この時間から客足が鈍くなることから、閉店を19時にしたらしい。
そして、18時に近づくにつれ、一組、また一組と帰り始める
(( 今日は引きが早いな ))
そんなことを思っていると、時計の針が18時を指した。
「 店長!お疲れ様で~す 」
厨房の奥にいる店長に声をかける。
「 お~半部くんお疲れ様。明日は遅刻せんでくれよ~ 」
すると、その言葉に敏感に反応した鈴女が睨むように俺に顔を向けて言った。
「 そうよ不久良!明日も遅刻したら、パフェくらいじゃ済まないんだからね! 」
「 はいはい、わかったわかった 」
そう言いながら手をクイクイっとして鈴女を呼ぶ。
「 なによ・・・ 」
不機嫌そうな顔の鈴女の耳元で、俺は囁いた。
「 太るぞ 」
「 うるさ~い!遅刻する気まんまんじゃない! 」
「 あははは・・・じゃ! 」
顔を真っ赤にし、怒鳴る鈴女をあとに俺は店を出た。
ポツリ
店を出てすぐ顔に冷たいものが、見上げると空は怪しげな雲で覆われていた。
(( え?学校からの帰りは、雲一つなかったのに・・・家までもつか? ))
ザァー
突然目が霞むほどの雨が降ってくる。
(( あちゃ~ついてね~ ))
店に戻ることも考えたが、あっという間にずぶぬれになった俺は、十分とかからな
い自宅へ帰ることを選択した。
後はこの先の大通りを渡れば自宅まで十数メートル、交差点にたどり着くと、
信号待ちしている後姿の制服を着た少女が視界に入る。
少女もまたずぶぬれだった。
自分も同様の状況にもかかわらず
(( かわいそうに… ))
少女を見ながらそう思った。
すると少女がゆっくりと振り返る。
霞んだ視界、目に入ってくる雨でしっかりと見えるわけではないが、クリっとした
目に雪のように白い肌の美少女。ただ、どことなく寂し気な、そんな印象だった。
(( そりゃ、こんな目にあえば・・・ ))
と、思わずにやけてしまう。
すると少女も、ついてないですねと言わんばかりの顔でほほ笑んだ?
思う間もなく、少女の視線が交差点に戻り、少女はゆっくり動き出す。
信号は赤のまま。しかし、少女は止まらない。
交差点を行きかう車、それでも歩みを止めない。
(( おいおい、何考えてんだよ! ))
「 おい! 」
大声をあげながら、体が反射的に動き、少女の手を引いた。
その反動でバランスを崩した俺の体が車道へと飛び出す。
(( やべ・・・ ))
“ ド ン “
大きな音と体に走る衝撃、それだけの記憶を残して意識はなくなっていた。