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新史・源氏物語  作者: John B.Rabitan
浮舟(うきふね)
242/251

 狩衣姿なのに、束帯のときにく太刀を薫は手に持っていた。匂宮――殺してやる! 薫の憎悪は炎となって燃え上がり、太刀が抜かれる。隣で中君が叫ぶが、薫の太刀は振り下ろされた。血しぶきが上がる。だが、その時絶叫を上げたのは中君ではなく宇治の姫だった。次にやいばは、その姫にと向けられた……


 薫は跳ね起きた。頭が痛く、全身がだるい。

 外はもう明るいようだった。

 動機がするし、呼吸も荒く、顔じいにまるで夏のような汗をかいている。これではとても、宮中への出仕は無理だった。

 薫は家司を呼んで、假文けぶみを書かせて宮中へと持たせた。

 再び褥に入った薫は、目をつぶってぼんやりと考えていた。あの夢は心の奥に秘めた真情だろうか……生まれたばかりの赤子であった頃から慣れ親しみ、ともに遊び蹴鞠もし、ともに楽を奏で、恋について語ってきた匂宮をその手で殺すなど……。

 しかし、あのような夢を見るということは、どこかにそのような感情があるからに違いない。

 昨夜はかなり酔っていて、考えていたことも支離滅裂だった。だから今はもう少し冷静に考えたいと思うが、まだ頭が重い。

 問題は、今後姫をどうするかだ。やっと手に入れた人なのだから、このようなことがあったからとて手放して終わりにしたくはなかった。執着といえばそれまでだが、たとえ夢の中であったとはいえ殺生という大罪を犯した自分なのである。

 今さら、み仏に顔向けはできない。これがかつて自分が戒めてきた愛欲の地獄で、薫は今そこに陥ってしまったことが自分ながら滑稽であった。だが今は、自分の心に正直に生きたいと薫は思った。正直な心を押し殺して生きる方が、よほど醜いことなのではないかと思ったのである。

 とにかく予定通り、新邸が完成したら無理にでも姫を連れてくることだ。自分自身で宇治まで出かけていって、少々強引な手を使ってということでも構うまい。

 そうしたら匂宮も手出しをできず、すべてが自分の思惑通りになる……と、薫は思った。あとのことは、その時に考えればよい。彼女の心が全く匂宮に向いていたとしても、再びこちらに向けさせればよい、自信があるといえば嘘になるが、やってみるしかない。

 匂宮も同じことを考えているといけないので、その対策でもある……。

 薫はそこまで考えると、起き上がって家司を呼んだ。

「侍所の別当をこれへ!」

 内舎人うどねりという官職を持つ荒々しい男が、やがてやってきた。異例のことだが、その男を身辺近くまで呼び寄せ、薫は言った。

「ありったけの侍を宇治に送って、山荘を警護してくれ。あの山荘には、蟻の子一匹近づけさせないように。いいね」

「は」

「こういうことを命じられたということは、弁の尼君と姫の乳母殿にもはっきりと申し上げるんだ」

「は」

 その日のうちに、侍たちが大勢宇治へと出発していく様子を薫は感じていた。

 これでいい……と、薫は思っていた。あの宇治の山荘に匂宮を今後は一歩でも近づけさせないというこの処置が、自分の姫への気持ちだと感じていた。

 これで匂宮が姫を宇治から連れ出そうとしても薫が派遣した侍たちに拒まれることになるし、匂宮の文使いもその道を遮断されることになる。今まで無防備すぎたことへの反省を含めてのことで、姫を都に迎えてからも同じように警護を固めるつもりでいた。

 侍を使って自分の女を警護するなどということはおそらく前代未聞で、父の光源氏の頃には考えられなかったことであろうが、あの頃よりも今はずっと武士という存在の力が強くなっている。

 もう、時代が変わったのだ。

 そして姫にも裏切りに対する報復をしないと気がすまないと感じた薫は、姫を都に迎えるその日まで文は一切送らないことにした。

 一種の意地ではあるが、全く音沙汰もない状態にしておいて、ある日突然自分が姫を迎えに行こうというのが薫の算段だった。

 そのときはどんなことがあっても、無理やりにでも姫を都に連れてくるつもりであった。

 薫は、これで完璧だと自分の策に酔っていた。姫にとっては少々残酷かもしれないが、これが薫の姫に対する心のすべてであり、また残酷さが裏切りへの報復でもあった。


(つづく)

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