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新史・源氏物語  作者: John B.Rabitan
若紫
17/251

10

 姫はなかなか寝つけないようでいたが、やがて源氏の腕の中でまどろみはじめた。源氏は自分が眠ってしまうと、せっかく手にした可憐な花が消えてしまいそうで、とうとうそのまま夜を明かした。風はひと晩じゅうやまなかった。

 翌朝、思い思いの所でうたたねをしていた女房の中へ、源氏は姫を抱きあげたまま現れた。

 少納言という乳母が起きてすぐに、それに気がついて立ち上がった。

「あ、どうなさいます!」

「決めた。姫を私の屋敷へお移しする」

「そ、そんな、ちょっと、お待ちください」

「私は決めたんだ」

 源氏の言葉には、力が入っていた。

「そんなことをされたら、私どもの立場が……。姫様の父君に、何と申し上げたらよいか」

「ではあなたも、いっしょに来られるとよいでしょう。他に女房も何人かいっしょに来て下さい。今すぐというのが無理なら、あとからでもいいから。それと北山の、犬君という子供も連れてきて下さいね。私の屋敷でいずれ姫付きの女房として使うつもりですから」

 源氏はそのまま姫を抱いて、車に乗せようとした。今しかないと、源氏は思っていた。躊躇していたら、頭中将が姫を引き取ってしまう。頭中将の方が父親としての大義名分があるだけに、源氏は抗うことはできなくなる。

 あとのことを考えないでもなかったが、今は心よりも上の次元の、魂が命ずるままに彼はことを起こした。折しも二条邸は、西ノ対が空いたはかりだ。そのことも彼に決心させた要因だった。

「ねえ、どこへ行くの?」

 さすがに姫も、心細いようだ。

「昨日、約束した私の家ですよ」

「え、やだ、そんなの。少納言!」

 乳母を呼んだ少女は、ついに泣きだした。

「今さら、どうしたんです」

 源氏は困った。少女は抱かれながらも、手足をふって抵抗する。

「姫様!」

 乳母は恐れおののきながらも、源氏の身分が身分だけに手荒いこともできす、廊下にすわりこんで泣いていた。

「少納言、いっしょに来なさい」

 源氏に言われて、仕方なく乳母も立ち上がった。

「では、したくをする間、しはらくお待ちを」

 とにかく源氏は、姫を車に乗せてしまった。

「少納言!」

 ずっと姫は泣いていた。

「少納言も、すぐ参りますから」

 やがて乳母がやってくると、姫の気分も幾分落ち着いたので、源氏は車を出させた。門を出る時に左右をよく見るよう、源氏は惟光に言いつけた。この大路は頭中将が出仕する時に通る道でもある。

 門から出る所を見られたりでもしたら、あとが面倒だ。

 幸い朝の大路には貴人の車どころか、人影すらなかった。雨風はかなりおさまっていた。

「寒い」

 と、姫は車の中でつぶやいた。すぐに乳母が姫を抱き包む。今はまだそれでよいと、源氏は思っていた。

 二条邸では西ノ対に車をつけた。すぐに調度などを源氏は調達し、気のきいた女房をつけた。高辻の邸からも女房がおくれて参上し、北山に呼びにやっていた犬君も、他の三人はかりの童女とともにやってきた。

 源氏は二日と空けずに西ノ対にわたり、姫の相手をした。人形遊びの相手をしている時など、自分の所為がわれながらおかしくなってしまったりもする。

 時にはそのまま泊まっていった。

「私、少納言と寝る!」

 などと、姫はだだをこねたりするが、源氏はそれを優しくたしなめた。

「もう大きくおなりになったのだから、いつまでも乳母となど寝るものではありませんよ」

 そうして源氏はやはり単衣で姫をくるみ、そのまま寝る夜もしばしばだった。ふと源氏は、この少女は自分のいったい何なのかと思う。まだ少女であるから当然妻ではない。かといって娘や妹であったとしたら、もうこの年になったら抱いて寝ることなどないはずであった。不可思議な存在とその関係に源氏はおもしろみを感じつつ、やがて年号が変わってはじめての年が明けていった。

 

 正月の大響も宴も節会せちえも、この年は華々しく行われていった。故院の喪中であった昨年とは様相が一変した。一世源氏ゆえに親王扱いなのですべての宴に参列しなければならない源氏だったし、中将としての宮中宿直(とのい)などもあって二条邸を留守にしたあとは、まっさきに彼は西ノ対へとんでいった。この屋敷にも、華々しい花一輪がそえられたのである。

 時には手習いを教えたりもした。母には事後承諾を得た。しかしそれ以外には、本当に気のきいた家司以外には、西ノ対の姫については明かさなかった。

 しかし人の口に戸はたてられぬもので、西ノ対ノ姫は誰なのだろうという噂で、二条邸の政所はもちきりになっていった。

 噂は宮中にも飛び火した。

 源氏は姫を迎えて以来、頭中将と顔をあわせるのをばつが悪く思っていたが、ある日とうとうつかまつた。

「聞いたよ、聞いたよ。源氏の君。西ノ対に姫をかこっているそうな、どこの姫なのだ?」

 おもしろ半分に、頭中将は歩きながら源氏をつっついてくる。しかしこの男にだけは、姫の素性は明かせない。彼は西ノ対の姫を、妙齢の姫君と思っているようだ。

「ま、いきなり自邸に迎えたとなると、そう身分は高くないだろうけど、でもさほど高貴な身分でなくても受領階級の女の中に、とびきりの拾いものがあったりするからねえ。君もやったな。全く隅にも置けない」

 ひとしきり笑う頭中将の脇で、源氏は渋い顔をしていた。その姫がまだ少女で、しかし頭中将の娘だなどとは口が裂けても言えないし、頭中将もまさかそうは思ってはおるまい。

「君の方はどうなのだ。浮いた話はないのかね」

「いや」

 頭中将は首を横にふった。

「ないね。それよりも探していた娘だけどね」

 源氏の背に何かが流れる。

「やっと見つけたと思ったら、その祖母が尼になっていて、なかなか渡してくれそうもなくってね、その尼が亡くなったというので引き取るいい機会だと思ったんだけどね」

 頭中将は少し言葉を切った。真顔に戻っていた。

「いなくなったよ。また。私はよほど縁がなかったんだな。尼君は私が姫を引き取ることに大反対していたから、きっとその遺言かなんかで乳母あたりが隠したんだそう」

 まさかその姫が自分のところにいるとは、頭中将はつゆも思っていない様子なので、源氏はさすがに頭中将に対して罪悪感を覚えた。本当に申し訳ないと思うし、いずれはとも思う。しかし今は、源氏にとって姫はかけがえのない存在なのだ。

 やがて季節は、源氏が初めて姫と出会ったのと同じ季節へと変わっていった。

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