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暗くなるまでには都へ着きたかったので、一行は山道を急いだ。源氏の車は空のままにして、彼は権中将と同乗していた。ここではまだ、酒宴が続いていた。
ほんのりと黄昏があたりを包む頃、都が一面に見わたせる峠道へと一行はさしかかった。
「どうです。少し降りてみませんか」
権中将に誘われて、源氏も車から出てみた。昼は晴れていれば汗ばむこともあるくらいの陽気だったが、夕刻ともなると少し冷えた。
夕闇のどす黒い底に、京の都は横たわっていた。
「今まで行ってきた北山が極楽であったとするなら、これから我われはあの地獄の底に戻っていかなくてはならないのですね」
源氏がふとつぶやくと、権中将は彼の隣に並んで立っていた。
「ほう、都は地獄ですか」
「あの北山の極楽に比べればです。北山が極楽であればある程……」
源氏はため息をついた。権中将もうなずく。
「旅の終わりは、いつもため息ですな」
「これからは、日常が待っている」
その「日常」へたどり着いたのは、暗くなりはじめた頃だった。たった三日空けただけなのに、自邸の二条邸が懐かしく感じたりする。数多くの女房や家司に迎えられ、渡殿を寝殿へ向かって歩くうち、どうも彼は妙な気分になった。同じはずの自邸が変わって見える。そのうち彼は気がついて、ばかばかしいと苦笑した。変わったのは自分の方なのだ。
まず病というものを祓い落として、すっかり元気になって戻ってきた。しかしそれとは別に、この邸を出る前になかったものが、今の彼にはある。
北山の少女の面影だ。
自邸の柱にも床にもそして御簾にも、その面影はこびりついているようだった。
翌朝早くに、母が北ノ対から渡ってきた。庭の木々もすっかり初夏めいてきて、若葉が今にもふき出しそうだ。
母はすでに夏ものの小袖に更衣をしていた。
「いかがでした、北山は」
「は、母上のお勧めに従ってよかったと思っております」
「でも、わが家もいいものでしょう」
「ええ。どんなに北山が極楽でも、そしてたとえここがそうでなくても、自分に与えられた生活の場は結局ここしかないんだなあって、朝起きて庭を見てそう感じました」
「それでいいのですよ」
母は満足げにうなずいていた。そして久しぶりに、彼がそこで生きていくしかないもうひとつの場――宮中へと向かった。北山へ行く前の長欠も合わせると、本当に久しぶりだった。
近衛府は他の役所より朝が早い。久しぶりの中将の出仕とあって、近衛舎人たちが一斉に立礼で出迎えた。たいていの役所は漢風建築で土足で入り、椅子と立礼という形式だ。和風なのは内裏の中だけである。
彼が詰める左近衛府は、大内裏の東端であるから東側の陽明門から入ってすぐだ。近衛府が朝が早いのは宮門の開閉がその職掌になっているからである。他に宮門内の警護、内裏の宿衛、京の町中の巡検などがその仕事だ。
さっそく彼は書類の山にうずもれることとなった。最も多い案件は、市中警備に関することだった。彼がまだ中将に就任する前のことだが、この年の二月には摂政左大臣より左右の近衛府、衛門府、それに検非違使庁に仰せ下しがあった。それを受けて町中の夜間警備について、関係各所庁は対処を決めねばならなかった。
何も今に始まったことではないが、京の都は夜になれは完全な無法地帯だ。盗賊、追剥の類はあとを絶たず、それが群盗となって貴人の邸宅にすら押し入ったりする。それが時には白昼、内裏へも入ったりしているのだ。内裏へ入るには内裏の門はもちろん、大内裏の門もあり、当然衛兵がいるはすだ。それをまんまと入りこむのだから、非は衛兵の方にあると言ってもよい。摂政の仰せ下しはもっともなことであった。
京の治安維持という任がある以上、右近衛中将の源氏がそれに没頭しないわけにはいかない。久し、ぶりに出仕した日を皮切りに、そんな毎日が続いていった。
時には左衛門督で検非違使別当を兼ねている中納言の邸を、公務で訪ねたりもした。また左近衛府としての案件、例えば左近府生の欠員補充に関する文書などを決済して、上役である右大臣へ上呈したりする。右大臣が左大将を兼ねているからだ。その三条右大臣は左大臣家から見ると傍流で、故父院の生母の弟つまり外叔父、源氏にとっても大叔父だが、間もなく六十という高齢であってあまり発言力はないようだ。
源氏の働きぶりは、あの北山へ行く前と比べたらまるで別人のようだった。今は何もかも忘れたように、若い彼は仕事に没頭していた。仕事がようやくおもしろくなりかけたのである。
時には先例と習慣という宮中の隠の主人が、見えない糸で彼を縛ろうとすることも多々あり、そんな時は落ちこんだりもするが、その時はふと彼の頭の中に権中将の言葉が蘇ったりする。
――自分たちが先例としきたりの権化になろうじゃないか――
その言葉が、まだ何を意味するのか彼は分からなかった。
近衛府は帝の最も即近の護衛部隊でもあるので、その中将である源氏もたびたび御前に召された。これは彼がただの中将ではなく、故院の皇子、つまり帝にとっては腹違いだが兄に当たることにもよろう。
帝の常の御殿は、今は弘徽殿であった。母后弘徽殿中宮と同殿している。源氏は庭先に控えた。彼はまだ昇殿が許されていないのである。
昇殿は五位以上の者に許されるもので、本来は清涼殿の殿上の間に上る資格を言うが、清涼殿が宵御殿となりつつあった昨近、それは常御殿へあがることの意味にも同時になっていった。
五位というのは昇殿を許される基準だが、五位になったら自動的に昇殿を許されるわけではない。昇殿を許される条件にすぎない。
源氏は元服と同時に従四位下になり、今や正四位上である。故父院が在位中は当然昇殿は許されていた。しかし昇殿とは永久資格ではない。帝一代限りの権利で、帝の代が変わるとご破算になる。そしてあらためて五位以上の者(と六位の蔵人)から選び直される。今の帝の即位からは、源氏はまだ許されてはいないということだった。
御前の庭に参ったとて、まだわけがお分かりになっていない九歳の幼帝からは何ら下問もなく、隣に居あわせた摂政左大臣が相手だった。
「少し、おやつれになりましたのう」
「は」
源氏は庭先にかしこまり、北山の聖の霊験あらたかなことなどを述べていた。
「それはそれはよい聖に出会われた。阿舎利などになってもよいような者でござるようですな。なにぶん修行ひと筋で、ここへはその名も伝わっておらぬのでございましょう」
「はい。それもこれもすべて、宰相中将様のお勧めによるもの。宰相中将様の御父君であらせられます左大臣様にも、厚く御礼申し上げます」
「いやいや。ところでひとつ、たまにはまろの邸にもいらして下され。老人の相手はいやでございますかの?」
「いえ、そんな」
源氏は再び恐縮して、頭を下げた。その時源氏はいやな気配を感じていた。どこかで自分を見つめている眠がある。それも冷ややかに。あるとすれは同じ弘徽殿の中にいるはずの、帝の母后の眼しか考えられなかった。
そうこうして政務に没頭していたある日、北山の僧都より文が届いた。源氏は帰洛してすぐに北山の寺へ布施を送り多額の寄進をして、寺で自分のための読経を依頼していた。それと同時に僧都へも文を送っていたのである。
あの姫君が忘れられないという内容の源氏の手紙への返事は、「やはりまじめなお申し出とは思えませんが、妹が病もよくなり帰洛した暁に、そちらの方へおっしゃって下さいませ」という内容だった。
源氏はまたため息をついた。
ところが同じ日に、彼にとってはほとんど忘れかけていた存在――六条の御息所からの文も届いたのである。せっかく晴ればれとした充実した毎日を送っていたのにと、源氏は腹立たしくもあった。
その文は心にどっと重くのしかかってくるものであった。北山へ行く前の、あの心の暗さの原因のひとつともなった女だ。それを今さら何だというのか……。
源氏はよはどその文を見ないでおこうかとも思ったが、性分上開かざるを得なかった。
光待つ 下にかかれる 露の命
消えはてねとや 春のつれなき
まさしく恨みの歌だ。しかしこれでは今にでも死んでしまうという、そんな宣言みたいではないか。
しかし今の彼には、御息所の元を訪ねる気はなかった。御息所自身を嫌いになったわけではない。しかし彼女は源氏にとって、今や忌まわしい過去であった。その忌まわしい過去の中へ出向いていく気には、とうていなれない。この文のせいでその夜は一晩不快感があったが、とにかく翌朝は返事を書くだけは書いた。
うぐひすの 木伝ふ花に ふみつけし
跡の見えぬを いかで尋ねむ
やんわりと断った。あとはまた政務に没頭し、忘れようとした。
それだけでなく、今の彼には御息所を忘れさせる反動があった。年上の熟女である御息所に対して、北山の可憐な少女。その二つの存在はいい対照であった。自分の北山の少女への想いは、もしかしてうんざりする熟女への反発かとも源氏は自分の心を分析したりもしたが、すぐにそれは違うと自分に言いきかせた。




