終 遅くなったけど
気が付けば15年の月日が流れていた。
29歳になった私はあの時のイリスよりも年上になったかもしれない。
本当は彼女の年齢を知ってるんだけど、あまり思い出したくない。
イリスの残した雑貨店は私が継いだ。
彼女の生きた証を失うのが怖かったのもあり店を畳めなかった。
ただそこにそれが存在するだけで私の心は安らぐ。
手伝いくらいしかしてなかった私は仕事のやり方がよく分からず店を危うく潰しかけた。でも、いつか彼女が帰って来た時にガッカリさせないためにも頑張った。
帰って来ないのは分かってるけど、そう思わないと挫けそうになる。
その甲斐もあってイリスがいた時と比べて客足が増えた。
知り合いが増え、友達も少しだけ出来た。
嬉しいはずなのに満たされない。
違う、満たされるのが怖かった。だから幸せが大きくなると私の方から突き放した。
私は幸せになってはいけない。イリスの願いとは逆のことを続けて来た。自分で自分が許せなかったから。
幸せになるのが怖い。
彼女と一緒にいた時以上の幸せはいらない。
だからまだ幸せになれてない私を許して欲しい。
父の墓や街中で私を捨てた母を何度か見かけたことがある。
その表情はいつも幸せそうだった。
だからと言って特に羨ましいとかは思わない。
目が合うと決まって母は気まずそうに目を逸らし、急ぎ足で逃げていく。
後ろめたい気持ちが強いんだろう。捨てた私の事が怖いのだろう。
でも私は母に対して憎いとか恨めしいとかそんな感情を、不思議と抱いたことはなかった。
母も私と同じ被害者だったから、同情したのかもしれない。
それに、人を殺したりイリスの命を奪ってしまった私には誰かを憎むことができない。
だから私は母を追いかけない。
私はたまにイリスと出会ったあの荒れた公園に行く。
その公園は今でも荒れている。
今日もその公園に行くと薄汚れた格好の少女が呆然と空を眺めていた。
何してるんだろう?
イリスも私の事がああ見えたのかな?
私はイリスが私にしてくれたことを思い返す。
イリスは私を受け入れてくれた。
だから、私もイリスのようにしたくて少女へ声を掛けることにした。
「ねぇ、何してるの?」
今までここに来る子供は親と喧嘩したとか些細な理由の、帰る場所がある子達ばかりだった。
でもこの少女はかつての私みたいにどこにも行く場所がないようだ。
「お腹空いてるでしょ? 私の家に来ない?」
私は少女を家に連れ帰った。
そして一緒に住むことになった。
少女の名前はティナ、11歳。
その日からイリスに向けていた想いは徐々にティナへと移っていき、悲しいとか辛いとかそんなことを考える余裕が減っていった。
気が付けば毎日がティナの事で頭がいっぱいになった。
一人でいた時よりも忙しくて大変だけど、おかげで心は満たされている。
私は幸せになるのが怖かったけど、この幸せだけは手放したくないと思った。
「お母さんまだー?」
ティナは私の事をお母さんと呼んでくる。私が呼ばせたわけじゃない。ギリギリ親子と言えなくもない年の差なので私はその呼び方を受け入れることにした。
お母さん呼びをしてくるティナは楽しそうで、それを見ると私は嬉しい。
ふふ、親子……ね。
そう呼ばれてもおかしくないくらいに年を取ったのかと、少し不思議な感じがした。
「ちょっと待って、今行くからー」
今日はイリスの所へティナを初めて連れて行く。
だから私は機嫌が良くて嬉しくて、ついティナの頭を撫でてしまった。
でも彼女は幼いころの私とは違ってそれが恥ずかしいようで、すぐ手を掴まれてどかされた。
「ごめんごめん。じゃあ行こうか」
少し寂しいけど、まぁいいか。
イリスは私に幸せになってと言って命を託した。
ようやくそれに応えられる気がする。
今の私を見たら喜んでくれるかな?
私は軽い足取りで家を後にした。
おしまい