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3 幸せを見つけた

 彼女の名前はイリス。

 勝手に名乗って来た。


 年齢は知らない。

 言って来なかった。


 雑貨のお店を経営してる。

 経営は苦しいらしいけど貯金があるので今はどうにかなってるみたい。

 聞いてないのに勝手にペラペラと喋ってきた。


 私はどうにも頭が回らなくて何も喋ってないけど、イリスはそんなことは気にせず優しく接してくれた。


「服、凄い汚れてるね。風呂に入ろっか?」


 1か月近く入ってない臭いであろう体を綺麗にするために風呂に入れられた。

 その後イリスの部屋に案内された。


 部屋は少し散らかっていて、ベッドは1つだけしかない。

 ということは誰かが床で寝ないといけない。


 外の公園で過ごしてきた私には床でも余裕だ。


「ベッドで寝ていいよ、ずっと外で寝て疲れてるでしょ?」


 イリスは私にベッドで寝ていいと言って来たけど、私は意地でも床で寝ると譲らなかった。


 でも結局イリスと一緒にベッドで寝ることになった。

 そうでもしないと彼女はベッドで寝てくれなさそうだった。

 家の主である彼女を床で寝かすわけにはいかなかった。


 一緒のベッドで寝るのが照れくさい私はイリスが寝た後、抜け出して床で寝た。

 久々に雨風を凌げる場所で寝れただけでも私は嬉しかった。


 あんなに全てがどうでもいいと思ってたのに、なんでだろう。

 心の片隅には常に何かしらの様々な感情が残ってる。

 希望が見えれば砂粒のように小さな感情でも、救いを求めて大きく膨れ上がり存在を主張してくる。

 きっと本能はどうにかして生きようともがいて来るんだろう。





 朝になった。

 あの兎は私の家じゃないからか中には入らず外から私の様子を伺っていた。

 私は面倒だけど話を聞くために外に出てみる。


「ねぇルナ。私の名前はサーナだよ。名前があるのに兎って呼ばれる私がどんな気持ちか分かる?」


 分からない。

 私が人間って呼ばれるような感じだよね。

 考えてもどんな気持ちか分からない。


「分からない、か。でも特には何も思ってないよ。名前で呼ばれる方が分かりやすくて便利だからそう呼んで欲しいだけ」


 なにそれ、じゃあ兎でもいいよね。なんかムカつくんだけど。


「イラっとするくらいには元気になったのね。少し立ち直ったようで私は嬉しいよ。早く完全に立ち直るのを願ってるよ」


 そう言ってサーナはどこかへ去った。

 どこに行ってるかは知らないけど、どうせすぐに戻って来る。





 朝食の後、イリスのお店の手伝いをした。

 いや、させられた。

 人手が欲しくて私を連れて来たのかなと思うと嫌になった。

 でも一緒にあれこれやってると楽しくなった。

 だから嫌と言う気持ちは短い間だけだった。


 店が閉まり、夜になるとご飯を作ってくれた。


「美味しい?」


 イリスは私の顔をじーっと見つめて来る。

 私は返事はしなかったけど、表情の変化から察したようで――


「良かった」


 と彼女は微笑んだ。


 笑顔を向けられた私は、安心して、嬉しくなって、涙が、溢れる。

 そして頭を撫でられた。


「ルナは帰る場所は無いの?」


「……あるよ」


 嘘をいた。

 いつまでもここにいては迷惑がかかる気がした。

 近いうちに出ていこうと思った。


 その嘘は見抜かれてたのかもしれない。


「無いならここで一緒に住まない?」


 イリスはそう言って来た。


 迷惑がかかる、そう思っててもイリスがそう言うなら、と私は甘えてしまった。

 そして一緒に生活していくことになった。


 イリスとの生活は年が親よりも近いからか話が通じやすくて楽しい。

 私の凍っていた心はすっかり溶けて、今までの事が嘘だったかのように死にたいとは思わなくなった。

 どうせ思った所で私は死ねない。

 前は憎かったこの体だけど、今ではサーナに感謝している。


 イリスが私の体のことで気を病むことはないのだから。





 ある日、私はイリスになぜ浮浪者の私を引き取ろうと思ったのか尋ねてみた。

 イリスは「寂しいから誰かといたかった。誰でも良いわけじゃなく、ルナだから」と言ってくれた。

 嬉しかった。


 でも私に気を使ってそう言ったのかもしれない。

 本当の理由は分からない。

 でも本当にそういう理由かもしれない。

 イリスが私を受け入れてくれたのだからそれだけで十分だと、余計な事を考えるのをやめた。





 しばらくして私にとっては幸せな、そんな生活に危機が訪れようとしていた。

 雑貨店の経営はいつまで経っても軌道に乗らずイリスの貯金は減っていく。


 このままでは店を畳まなくてはいけない。


 私はイリスの悲しむ顔は見たくなかった。

 それもあるけど私にとって大切になったこの場所を失いたくなかった。

 問題解決の方法は単純だった。

 

 お金。

 お金さえあれば店を維持できる。


「私、冒険者になって稼いでくる」


 私には力がある。

 しかも死なない。

 絶対稼げる。


 本当は冒険者なんか嫌だった。

 長い事悩んだ末の決断だった。


 イリスには危険だからと止められた。

 だからというわけじゃないけどやめようかなと迷うこともあった。


 でも、やっぱり私には他にいい方法は思いつかない。

 他のお店で働くという方法ではあまり稼げない。

 まだ冒険者の方が危険な分、稼げる。


 私はどうにかイリスを説得して冒険者としての活動を始めた。


 冒険者になるということは外に出る時間が多くなるという事。

 イリスと一緒にいられる時間が減った。


 寂しいけど、それも店の軌道が乗るまでの辛抱。


 冒険者が嫌いな私は一人で活動し、魔物退治で地道に稼いだ。

 駆け出しで低ランク、しかも子供ということもあり信用が低く高難度の仕事は拒否されて受けられない。

 力がどれだけあっても信用も実績もなければどうにもならない。


 簡単に信用を得られるような仕事はなかった。


 でも普通に働くよりは稼げる。

 

 だから地道に頑張った。





「魔王討伐隊に入った方が稼げるんじゃない? 戦場は冒険者ギルドと違って力さえあれば大歓迎だよ。ルナみたいな人達が何人か戦ってるよ」


 兎のサーナは口を開けば魔王倒せ、魔王倒せと鳴く。

 でも戦争の最前線はとても遠く、イリスに長く会えない生活は私には耐えられない。

 それに長い目で見たら危険を無視できる私の場合はランクを上げた方が稼げる。


「あんな遠い所に行きたくない」


 だから私は魔王討伐には行かない。


「あなたの自由だから強制はしないけどね」


 そう言ってサーナはどこかに行った。


 いくら言われようと私は行かないから。




 

 冒険者になって半年が経った。


 地道に冒険者稼業を頑張った私はランクが1つ上がった。

 家に戻るとランクが上がったことをイリスは頭を撫でて喜んでくれた。


 頭を撫でられるなんて子供っぽくて恥ずかしいと親と生活してた時は思ってたけど、今はなんでだろう、恥ずかしいという気持ちは全くないし、もっと撫でて欲しい。


 今日の夕食はイリスがいつもより豪勢な料理を作って祝ってくれた。


 ランクが上がって収入が増えても雑貨屋の経営が上手くいくわけじゃない。私がいなければこの店は成り立たないから私はまだ頑張らないといけない。


 冒険者を辞めたいけど、今はまだ辞められない。


 イリスの大切なものを失うわけにはいかない、悲しむ顔を見たくない。





 ある日、私の体に異変が起きた。

 小さな黒い痣があちこちにできている。

 幸い目立つ場所にはない。


「いよいよ出て来たね、覚悟は出来てる?」


 サーナは私にそう告げた。

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