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9. ソーイング・ビーたちの反乱

 衣裳制作作業は主に午前中。回せる仕事を午後に回して作った隙間時間にみんなで協力して進めること、早ひと月。


 具体的なデザインを詰め、型紙(パターン)も準備した。

 ちなみに私は何もしていない。同僚(プロ)たちで進めてくれた。私がしたのはレース生地にビーズ刺繍をする作業だけである。それも本当は「やらなくていいから!」って言われたのだけれど、無理矢理やらせてもらった。優先的にデザインも決めてもらった。

 式の招待客数がまだ決まらないらしく、実は暇なのだ。


 少しずつの作業とはいえ早いもので、それからまたひと月。


 カッティングして仮縫いをした。

 ちなみに私はこの工程でも何もしていない。高級サテンのカッティングはべらぼうに難しくて、とてもじゃないが私の腕では無理だったのだ。プロたちだけで進めてもらう。

 私はまだまだビーズ刺繍が終わらない。


「ふー。こんなもんかな。第一弾の仮縫い終わったわ~!」


 全然分からないパーツを組み合わせたら、服になった。

 すごい。ジグソーパズルより難しいのに、なんで組み合わせられるんだろう。プロすごすぎる。


「お疲れ様です。第一弾てことは、二弾も三弾もあるです?」

「あるわよ~。フィットするまで繰り返すわよ、覚悟してね」

「普通の服はオーバーサイズで作っとけばなんとかなるんだけど、ドレスはここからが長いの」

「ようやくアンジュの出番よ。ちょっと脱いでちょうだい、合わせるから」

「?」


 合わせるって何をだろう。私の出番て、何を持ってくれば良いのかな。脱いでって聞こえた気がしたけど。


「何してるのよアンジュ」

「えっと、材料何が必要です? 次の工程分からないです」

「試着よ試着。試着して補正していくの」


 何だってー?! 工程を理解してなかったばかりに手を抜かった!

 お嫁さん、呼んでない!

 このままじゃ試着できない!


「アンジュー? 早く着てちょうだい」

「なんで私ですか! 意味ないです!」

「はぁ? 何を言っているの? あなたのドレスでしょ?」

「わっわっ私のドレス~~~~?!?!」


 ここに来てみんなの勘違いが判明する。

 全員が全員、私のドレスを作っているものだと勘違いしていた。つまり、ラファエル様のお相手が私だと思われていたのだ。

 あり得ない誤解である。


 やばい。

 全身から血の気が引くのが分かった。


 揃えた材料はすべて最高級品。布は既にカッティング済みで、銀糸もビーズも刺繍で使ってしまっている。明らかに返品不可だ。

 私の給料では弁償できないレベルの途方もない金額。


 血の気が引いて寒気がする。

 やばいやばいやばいやばいやばいやばい。

 とんでもないことをしでかしたことを実感しガタガタ震えてくる。


 私はラファエル様の幸せを願って、

 最高のウエディングプランを提供したくて、


 ぶち壊した。


 どうしよう。


 どうしよう。

 どうしよう。

 どうしよう。

 どうしよう。


「……アンジュ、大丈夫? 落ち着いて?」

「ね、ねえ、ちょっとアンジュしっかりしてよ」


 挽回できる? できない? 懲戒解雇(クビ)は確定だけど、結婚式を取り止めは不可能だから、もう一度予算を割いてもらって、でもドレスは既製品になっちゃう? お相手の方に謝罪に行って、ラファエル様に修正計画(リスケ)を報告して……。


「旦那様の結婚相手はあなたよね? そう言われたでしょう?」

「?! 言われてないです! そんなわけないじゃないですか! 旦那様には心に決めた女性がいるです!」

「「「はぁぁ~~?」」」


 心外だという表情で見る者、呆れた表情で見る者、憤慨した表情で見る者、みんなの表情が槍のように私に突き刺さる。


「これは、間違いなく事案ね」

「事案だわ。メイド長を呼びましょう」

「アンジュは悪くないから、大丈夫」

大丈夫(だいじょば)ないです! 旦那様に謝罪するです!」


 どうどう、と仲間たちが私を落ち着かせようと集まってくる。

 みんなにも悪いことをした。余計な手を煩わせて、自分たちの仕事だってあるのに、私に付き合って。


「ごめんなさい……。ごめんなさい、私のせいで、ごめんなさい。皆さん、ごめんなさい」


 泣いている場合じゃないのに。戻らない時間と戻らない費用を嘆いても仕方ないのに。

 よしよし、と仲間たちが私を安心させるように笑いかけてくれる。でもその笑顔は困ったような戸惑ったような微妙な顔であることが見て取れる。


「話は聞いたわ。アンジュ。みんなで旦那様のところへ行くわよ」


 メイド長がやってきて、厳しい視線で私を見据える。怖い、けど頷いてメイド長に従う。


「改めて訊くけど、旦那様から結婚の申し込みをされたわけではないのよね?」

「はい……、そんなの当たり前です、ぐずっ」

「そう。では、いつどうやって結婚式の準備を命じられたのかしら?」

「ふた月ほど前、馬車の中で、半年後に結婚式をすると……、こちらの主催で……、それで準備を……ぐずっ」


 メイド長が溜め息をつく。


「これは、事案だわね」

「「「事案ですよね!」」」


 メイド長の後ろには、他の使用人の人たちもいて、全員が険しい表情を浮かべている。怒りをあらわにして、悪態をつく人もいる。


 怒るのも当然のことをした。みんなの給料にまで響いてしまったら、恨まれても仕方がない。ラファエル様に、それだけはやめてくれるように頼まなければならないだろう。


 良い人の振りなんて私には無理だったのだ。さっさと諦めてここを去れば良かった。

 最低だな、私。最悪だよ。


 鍛練場に使用人全員で向かう。


 ここに来るのも久しぶりだ。失恋してから避けていた場所である。


「どうした? なんだ? ずいぶんと仰々しいな」


 さすがにすぐに気付いて鍛練を中止してくださった。


 私はこれからこの敬愛する方から責められるだろう。罵られ、軽蔑されるだろう。

 腹をくくって一歩前に出て、ラファエル様と対峙した。


「旦那様……っ! わ、私は、大変なことをしでかしました。申し訳、ありません!」


 これでもかと頭を下げて謝罪をしてから、そのままの姿勢で報告する。


「ド、ドレスが、私のせいで、無駄になってしまいまして、作り直しの必要が出てしまいました……!」

「昨日までは順調ではなかったか?」

「はい、そ、それが、サイズ全然違う作るですっ……! あのっ、一生掛けてでも弁償ですします! お金、必ず返すですので! 体でも何でも売るです……!」

「おいやめろ」


 やっぱり怒っていらっしゃる。

 後ろでは使用人一同が圧をかけてきているのが肌で感じられた。


「申し訳ありません……! 申し訳ありませんでした……っ!!」


 更に深く頭を下げて、この場にいる全員に向けて謝罪した。

 後ろにいるメイド長も前に出てきて私と同列に並ぶ。


「頭を上げなさい、アンジュ」

「申し訳っ」

「いいからこちらを向きなさい。何が起きているのか、私から旦那様に説明します」


 ようやく顔を上げ、メイド長を見やる。私の説明では埒が明かないのだろう。コミュ障ここに極まれり。


「コホン。それでは、旦那様。私は存じ上げませんでしたけれど、アンジュとは別に懇ろな女性がいらっしゃるそうですね」

「はぁ? そんなわけないだろう! 誰がそんなくだらんことを」

「アンジュから聞きました。そうよね?」


 メイド長から同意を促す視線。当然のことなので「はい」と答えると、ラファエル様が目を見開いて私を見る。


「な、ぜ……」

「今日ドレスの仮縫いが終わって、ようやく試着できるようになりましてね、アンジュに着てもらおうとしたら、断られたのですよ。なぜ自分が着るのかと、結婚相手は自分ではないと」


 私の頭に優しく撫でる手が添えられる。メイド長の安心する手。いつも私を助けてくれる手。

 メイド長は、許してくれるの……?


「聞いたところによると、旦那様から正式に結婚を申し込んだことはないそうですね」

「そんなはずは。いや、そんな、あ? 俺言ってないのか? だが、普通分かるだろう?」

「『普通分かる』ですって~~?! アンジュは普通じゃありませんよ! 何を寝言をほざいてらっしゃるのですかね?!」

「ああ、確かに」


 私は普通じゃないと思われていた。


 良い人の振りしてたことなんて最初から読まれていて、他人と同じ幸せを欲しがるなんて烏滸がましいことだったのだ。


「私、嫌い、嫌われですか……。悪い人間だから……、醜い人間だから……」


 事実を口に出すと、もう涙をこらえられなくなった。ぽろぽろと雫が地面を濡らす。


「はっ?! だから、なぜだ?!」

「そんなこと絶対ないから、落ち着きなさいアンジュ。旦那様からも普段好きとか何とか散々言われてたでしょう?」

「いいえ……っ、そんな、ことっ、言われたこと、ないっ……」


 その途端、私の頭を撫でる手が硬直した。


 後ろで見守っていた使用人たちが息を飲んだのが分かった。空気が一瞬のうちに冷えて、私はとても怖くなった。


 日本にいたときと同じ。やっぱり私は変われなかったんだ。

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