8. やっぱり手作り品が一級品
翌日、ラファエル様が周知したのだろうか、結婚式のことが使用人のみんなに知れ渡っていた。
おめでたいムード一色で、誰にも失恋のことは気付かれていない。むしろ「良かったわね!」「これで安泰ね!」なんて私に声を掛けてくるくらいにはバレていなかった。そこは安堵した。
笑顔で同意しておいた。
大丈夫。やり遂げてみせる。
私は傷付かない。演技でもいい、清く正しく強くあれ。
この世界で誰からも失望されたくない。私にとってここは大切な世界だから。
「アンジュ、今日は体調は大丈夫なのか?」
珍しくダイニングルームで朝食を取るラファエル様。人前に姿を表すのがあまりお得意ではないようで、ここでも人を下げて二人きりで、大きくはないテーブルでの食事だ。
いつもと違うのは、きちんと席に着いてテーブルをはさんでいること。いい感じに距離をおけている。これからもこの距離感になるよう努力を続けよう。
「はい。おかげさまで落ち着きました。昨日は急に申し訳ありませんでした」
「今日も無理をしなくて良い。ところで衣装のことなんだが」
「はい。本日にでも手配いたします」
「いや、そのことなんだが、昨日メイド長に結婚式のことを話したら、すぐに屋敷中に広まってな」
メイド長、仕事が早い。みんなに知れ渡っていたのはメイド長のおかげか。自分の口から自分が傷付くようなことを周知しなくて済んだのは普通にありがたかった。
「お前は使用人たちと仲が良いだろう? 結婚式のドレスを作らせてくれと嘆願されたんだ。うちの使用人はちょっと特殊で針子の経験者も普通にいてな、裁縫は普段からしているし、全員でかかれば半年以内に完成できると断言していた。それで、お前はどうしたいか聞きたかったんだ」
なんと、私のプランニングに協力体制が敷かれた! みんなありがとう! 私頑張るよ!
「みんなが協力してくれるなら心強いです」
あ、でも、お嫁さんの服のサイズわかんない。
ご紹介くださった服屋さんに依頼すれば問題なかったけど、そうしないならお嫁さんへのお呼び立てが必要になってしまう。遠方の方だったらどうしよう。
「でも寸法分からないです。採寸のために案内状を用意しないと」
「? 仕立屋をか? 必要ないだろう? むしろ採寸の必要がないくらい知っているからこその提案だぞ。最近はドレスの着付けを手伝わせてたし、以前までは私服を作ってたくらいだしな。もちろん、ある程度完成したら試着して微調整も必要だが」
服を作ってあげてた?! みんな知ってる人なの?!
どうりで盛り上がってたわけだ。知り合いが結婚するならおめでたさも倍増よね。
最近も会ってたってことは、そんなに遠方の方ではなさそうだし、みんなとも顔馴染みなのだろう。
「それならば安心です。皆さんにお願いしましょう」
「ああ。デザインはアンジュが決めてくれ」
「ドレスをお送りする旦那様がお決めになるべきでは?」
「いや、アンジュにすべて任せたい。それに……、何を着ても可愛いから、問題ない……」
ちょっとだけ頬を赤らめて、でもそっぽを向いて誤魔化す姿は、私のハートを撃ち抜いた。クールビューティーが照れるとか尊すぎて死ねる。
本当に好きな方と結ばれるんだろうな。
……やばい泣きそう。
結婚式にはおめでとうって言わなきゃいけないのに、今ダメージ受けてどうするんだ。こんなことで。本番はもっと辛いのに。
「分かりました。責任を持って旦那様とお揃いのデザインをご用意いたします」
笑顔、笑顔。私は傷付かない。
結婚式の後は二度と会えないかもしれない、その辛さより今の方が百万倍マシだろう。今目の前にラファエル様がいることが何よりも幸せじゃないか。
食べ終わると、ラファエル様は鍛練場に行く。行く前にキスしようとした気がしたが、食器の片付けをしてやり過ごした。
この調子、この調子。
「もーアンジュ何してるのー! 片付けなんてしなくていいわよー!」
「でも私の仕事……」
食器を載せたワゴンを運んでいたら、なぜか注意されてしまった。
「アンジュの仕事は旦那様のそばにいることでしょ。結婚式を控えてるんだから、軽率に下働きしないでちょうだい」
「うー、でも! 今だけなんです! 結婚式が済んだらもうできないんです」
結婚式を終えたらお別れである。ラファエル様だけじゃない。親切にしてくれたみんなとも会えなくなるかもしれないのだ。
「……そうね。こんなお気楽に話せなくなるのよね。そう思うとなんだか寂しいわね」
「はい。とても寂しいです。もっとみんなと一緒にいたいです」
「アンジュ……」
あ、閃いた。
引っ越せばいいじゃん。使用人部屋に戻るのだ。
幸いにも、結婚式の準備は手分けしているから仕事は別々で、食事もダイニングルームでとることになったし、部屋を遠くにしても支障はないはず。物理的に距離をおくことも、とても良い案に思える。
ナイスなアイデアを思い付いて少し心が軽くなった。
「そうだ、ドレス制作のこと聞きました。今日は生地屋さんに行きませんか? お店でデザインを提案してくれるかもしれませんし、生地から選ぶドレスも良いと思います」
「それはいいわね! アンジュとの買い物久しぶり~」
「えっなになに?! ドレスの生地選び?!」
「私も行くー! 待って仕事すぐ終わらすから!」
あれよあれよという間に人が集まってきて、仕事にならなくなってしまったので、メイド長が厳選した人たちだけで生地屋さんに行くことになった。人選ポイントは、服飾関連の前職を持つ人だそう。
それに、使用人たちの間ではドレスデザイン大会なるものが開催されていて、ドレス案が既にいくつか上がっているのだとか。みんな結婚のこと今日知ったばかりなのに? 予期してたわけでもあるまいし。
経験者は強いなぁ。非常に頼りになる。協力体制敷かれてて助かった。
私のセンスが決め手になるのだが、テーマはもう決めてある。ラファエル様がお召しになって似合うドレスだ。相手がどんな方でも、ラファエル様の隣に並んで釣り合うように。
シルクサテンのエレガンスな白い生地。飾り付けはビーズと刺繍のみで、フリルなどでボリュームは持たせず、ガーリー感は少なくする。でもフェミニンにしたいので、緩やかなドレープを用いてシルエットを際立たせる。インテリジェンスなのにセクシーに、アシンメトリーな形にして。
やっぱり生地を見に来て正解だった。あれこれと話し合いながらデザインが決まっていく。
あれ? このメイドさんたち絶対プロのデザイナーさんだね? なんでメイドをやっているのか不思議なんだが。レベル高い美人ばっかだし。
どの世界でも綺麗な蝶は美しい花に集まるものなのか。ラファエル様はなんと罪作りな美しさか。
「あ。旦那様の生地も選ばないとです」
「あははっ、忘れてたわ、肝心の主役のこと!」
「えー、主役は花嫁じゃない?」
「違いない!」
みんなで笑い合う。旦那様に着せるつもりでドレスを考えていたので、私もすっかり忘れていた。
ああ、楽しいな。
ずっとこんな日が続けばいいのに。
大量の高級生地を購入し、屋敷に戻った頃には日が沈む直前だった。すぐに着替えてダイニングルームに行く。
じきにラファエル様が来て、共に食事をとりながら本日の作業報告を行う。
「それでですね、本日から元の使用人部屋に戻りたいのですが、よろしいですか?」
「……は?」
さっきまでにこやかに話を聞いていたのに、急に低い声になった。思ってた反応と違う。
「業務に支障はないですし、構いませんよね?」
「いや構うが。俺に何か不満があるのか」
「え? いいえ? 大変良くしてくださってありがたく思っておりますけれど……」
「なら今のままでいいじゃないか」
今のままでは困る。なんでダメなんだろう。
「旦那様、私の仕事に何か不手際があって許可できないのであれば遠慮なくおっしゃってください」
「そういうことではない。何なんだ、なぜ急に」
「結婚式を終えたらもうみんなと一緒に過ごすことはなくなるので……、覚悟はしているのですが、やはり寂しくて」
「う。ま、まあ、結婚後の立場をちゃんと考えてくれるのはやぶさかではないが。そうだな、結婚したら、そうなるな、それは仕方ないだろう。不満があって言っているわけではないことは理解した」
分かってくれたので胸を撫で下ろした。
ラファエル様は「結婚した後か……」などと呟いてソワソワしている。せいぜい幸せな新婚生活を過ごすがいい。
ひとまずはオッケーをもらったので、トラブルなく引っ越すことができた。同室の仲間たちは喜んでくれて、私もすごく嬉しい。刺繍のお手伝いとかしたいな。