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4. 世界の事情を赤裸々に

 怪我をした腕を庇いながら執務に勤しんでいたとき、執務室にノックの音が響く。

 執事長とメイド長が俺に報告があるというので入室を許可してみれば、非現実的な寝言を報告してきた。


「ああ? そんなわけないだろうが!」

「い、いえ、本人がそう申したのですよ……!」


 二人は昔から俺のことを知っているが、凶悪な面構えにプラスして声を荒らげればさすがに(おのの)く。二人を宥めるように、声を落として聞き返す。


「あの子どもが17歳でここに来た? どう見ても10歳(とお)かそこいらだったと思うが? 何を寝ぼけたことを報告している」


 さすがに成人女性相手ならばちゃんとした雇用契約を結んでいただろうが、あれは子どもで、ただのメイド見習いである。


「私共も同感ではありますが……、思い返せば、最初から計算もできましたし、仕事の覚えも悪くありませんでしたし、子どもにしてはいささか出来すぎと申しますか……」

「ほう。思うところがあると」

「はっ、左様にございます」


 確かにあの子どもは最初から普通ではなかった。


 第一に、この俺を一切怖がらない。

 これは明らかにおかしい。


 言葉が通じなかったことより、

 魔獣の森の中に一人でいたことより、

 異国の縫製の服を着ていたことより、

 何よりも絶対的に決定的に異常なことであった。


 **********


 自分の姿が人々から畏怖されることを、いつの頃からか当たり前のこととして受け入れてきた。

 幼少期はまだ可愛げがあったが、成長と共に、猟奇的な悪鬼のごとき顔貌がはっきりしてきた。月並みな人生を歩むことは不可能だろうと、両親すら早くから覚悟するほどに。


 だからこそ肉体を鍛えた。

 魔法を学び、誰よりも強くあった。

 そうしなければ迫害されるだけだからだ。

 幸いにも辺境伯という地位にあったため、権力もあった。


 そんな両親が死んだのは俺が成人する少し前のこと。魔獣の発生がやたらと頻発し、辺境の街が襲われることが多くなった。両親は対応に追われ、俺の預かり知らぬ間に魔獣に襲われて殺された。


 仕方なく家督を継ぐが、新たな当主の尋常でない醜悪さに、使用人は一人、また一人と辞めていく。新しく募集をかけるも、爪弾(つまはじ)きにされた者や見目の良くない者ばかりが集まる。


 いつの間にか、屈強な騎士団と、強面(こわもて)の使用人を持つ、反社会勢力のような集団になっていた。


 そんな中現れたのがあの子どもだ。


 普通の人間であれば、俺を見て泣き叫ぶ。魔獣から助けたとしても、助けた張本人の俺に殺されると恐怖し、命乞いされることも珍しくない。


 ところがあの子は俺にしがみついた。行かないでくれ、連れていってくれとでも言うように、必死に俺を求めた。抱えて持ち運ぶことがわかってようやく大人しくなったほどだ。


 孤児であることは確実だが、ひとまず屋敷に置いておこう。


 そう結論付け、連れ帰ってきた。

 子どもの服などないので、使用人の服を着させると、他の使用人の真似をして仕事を手伝い始める。通じない言葉も懸命に覚えようとする。


 容姿もたいそう愛らしい子なので、みんなから天使(アンジュ)と呼ばれた。すると、それが自分の名前だと思ったのか返事をするようになる。

 こうして彼女の名前はアンジュになり、強面の使用人たちに囲まれて怖がることもないので、みんなから可愛がられた。みんなで寄ってたかって色々なことを教え込むものだから、そのうちに一人前に仕事をこなすようになり、普通の使用人として雇えるくらいになった。


 最初はおどおどとしていた態度も次第に柔らかくなり、俺は安心していたのだ。子どもらしく笑えるようになったと。


 **********


「で? お前たち、俺に何を言いたいんだ」


 執務机から椅子を少し離して足を組む。大体何を言いたいかは予想できるので、ふんぞり返って横柄に質問してみた。


「そのぅ、不躾ながら、旦那様を好む女性というのは非っ常~~に稀少な存在でして、ええ」

「このような相手は二度と現れないのではと、この機会をモノにしていただいた方がよろしいかと、具申致した次第であります」


 震えながらも言いたいことは言う部下である。遠慮がちと見せかけて、結構ひどいことを堂々と提言している。

 家臣に跡継ぎの心配をされるなど、当主として情けない。


「はぁ……。あり得ないとは思うが、それならアンジュを連れてこい。俺が本人に確認する」


 二人は顔を見合わせて不穏な笑みを浮かべると、意気揚々と部屋をあとにした。


 ……もし本当にあの子が成人済みの女性だとしたら。


 俺を怖がることもなく、率先して俺の世話をしたがり、他の使用人とも上手くやっていて、俺のことを慕っている。

 しかも、美少女ときた。

 くりっとした目は適度に離れていて、鼻は低くて、口周りはぷっくりしていて、世間一般的に誰が見ても可愛いとされる容姿だ。だからこそメイド長は街への外出に同行させることを提案してきた。おかげで使用人たちの買い物がスムーズに行くらしい。


 あの子をずっとここに置いておけたら。

 あの子を俺のものにできたら。


 ……馬鹿な。

 どう見ても子どもだろう! 自分は何を考えているんだ!


「旦那様、アンジュを連れてきました。よろしいでしょうか」

「入れ」


 ノックの音に返事をし、招き入れる。執事長とメイド長の後ろから、彼女が悲痛な表情を浮かべて入室してきた。


 大人の振りをしたい年頃なのだろう。

 嘘をつくものではないと軽く説教をして、さっさと済まそう。たいした嘘でもないことだし。

 ついでに事情でも聞いて、過去と比べて今の扱いの方に問題点がありそうなら、是正して環境改善してやれば従業員満足度も上がるというもの。


「アンジュ、お前、ここに来る前はどうやって過ごしていた。特に問題なかったから今まで訊かなかったが、今ここで説明しろ。聞けばお前はもう成人しているそうだな」

「……成人? えっと、私の世界は、私は成人。でもここはみんな長生き、私の年、子どもと思うです」

「は? お前の世界で成人? どういう意味だ? お前は子どもなのだろう?」

「旦那様、私を子どもと言いました。だから、違うと思いました。何歳? 成人?」


 なんでカタコトになっているんだ。普段は敬語も駆使して会話できているのに。

 彼女は時々こうしてコミュニケーションが下手になる。


「この国では15歳で成人として認められる。お前はまだ15歳ではないだろうが」

「……!」


 息を飲み、彼女は言葉を続けた。


「わ、私、たぶんもう19歳……」


 ぎゅっと両手でスカートを握りしめ、覚悟を決めたかのような表情を浮かべる。


「私、仕事、終わり、解雇です……? 私、住所ない、この世界知らない所」


 年齢の背伸びはともかく、知らない所というのはどういうことだろう。


「何なんだ世界とか知らない所とかいうのは。じゃあお前はどの世界から来たというのだ」

「ニッポン、帰れない所。この世界は突然、森に居る、居たです。分からないです」

「……突然」


 古代魔法の書で読んだことがある。転移魔術という技術がかつて太古の昔に存在していた。

 だが彼女に魔法の才は皆無だ。魔術などもってのほか。突然森に居た理由としては、到底考えられない。何者かに魔法を行使されて飛ばされたか、知らずに魔術を発動させたとでもいうのか。


「お前たちはどうだ、アンジュの嘘はどこからだと思う」

「いいえ! 旦那様、何てことを仰るのです! この子は嘘をつくような子じゃありませんよ!」


 すかさずメイド長が私を非難してきた。


「私からもよろしいですかね? そもそも旦那様を怖がらない時点で異常なんですよ。どんな理由であっても、そのこと以上に不可思議なことはありません」


 執事長はなかなか失礼なことを言う。しかし悲しいかな、的を射ているので反論のしようがない。


「確かに」


 賛同以外できなかった。


「あのっ、私、ニッポンでは、低価値、低級、無能、下層民、悲しいいっぱいです、でした。だけど、ここみんな優しい、みんな親切、みんな好き。ここ居たいです、旦那様、どうか、何卒お願いいたします……!」


 難しい単語を知っているのに話し方はたどたどしく、敬語だけは最後に付けるというちぐはぐさは、一体何なのだろう。知識はあるが表現が下手なのか。


「おい。そのニッポンという国ではお前は迫害されていたのか」

「……うぅ、はい。私とても醜い生き物、迫害の対象です、でした……」


 醜い?


「「「?」」」


 彼女以外の全員の頭に疑問符が浮かんだのは言うまでもない。

 そんな俺たちとは対称的に、彼女の目には涙が溢れんばかりに溜まっている。


「……っ! 私はっ、旦那様みたいな美貌無いっ、美しい無いっ、だからっ……! 仕事、頑張るっ、のに……!」


 俺みたいな美貌? 俺を美しいと思っている?

 自分が醜くて?

 は? どういうこと?


「アンジュ、落ち着いて。解雇なんてしないから。そうですよね、旦那様」

「あ、ああ。そうだな。お前はよくやっている。その点は安心しろ」


 メイド長が背中をさすって「大丈夫よ」と慰める。彼女の泣いている姿は庇護欲を誘うだけで、醜いなどと評しようがない。


「あー……、アンジュよ、先程は何と言っていたかな? 旦那様が、何だって?」


 耳を疑った執事長が、一番気になることを訊いてくれた。俺も聞き間違いだと思うので、良い質問である。もはや年齢問題よりよほど重大な確認事項である。


「旦那様はっ、私と違ってっ、ひっく、美しくてっ、お綺麗でっ、ひっく、強くてっ、格好良くてっ、逞しくてっ、頼りがいがあってっ、なのに(たお)やかでっ、上品でっ、麗しくてっ、(あで)やかでっ、それでいて(みやび)でっ、素敵でっ、だからこそ尊くてっ、さらには気高くてっ、輝かしくてっ、煌びやかでっ」

「あー、ちょっと待て?」


 言葉の破壊力に耐えられなくて止めた。新手の精神攻撃か何かか?


 百歩譲ってゴマをすっているとしても、本人を目の前に咄嗟に言える言葉ではない。というか、なぜカタコトながら俺を称賛する言葉がすらすら出てくるのか。

 正直、言葉に詰まるならまだ分かる。


「執事長。俺は幻聴が聞こえる。どうやら体調が悪いようだ。今日はもう下がって良い」

「……旦那様。実は先程から私も幻聴が……。もう引退を考える年かもしれません……」


 それを聞いたメイド長が、アンジュを抱き締めながら、キッと俺を睨み付ける。


「お二人とも何をおっしゃってるのですか! アンジュが一生懸命話しているのに聞かなかったことにするなんて!」


 メイド長は当主の俺よりも彼女を支持する。メイドとして失格だが、この屋敷に勤める使用人の中ではこれでマトモな方である。


「アンジュはきっと年齢に不釣り合いな見た目のせいで迫害されていたに違いありません! これが嘘をついているように見えますか! 見た目が幼いからといってその通りの年齢とは限らないのです! 旦那様だって見た目で苦労なされているのだから分かるでしょう!」


 そう言われてみれば納得である。彼女の俺への過度な心酔はともかく、嘘と決めつけて失礼な態度を取ったことには違いない。


「旦那様はアンジュの話をきちんと聞いてやってください!」


 そう宣言すると「失礼します!」と執事長をつれて執務室を出ていってしまった。

 両親がいた頃からずっと勤続しているだけあって、メイド長はなかなかに豪胆な女性である。


 残されたのは、泣いている美少女と化け物の俺。


「あー……、その……」


 立ち上がって彼女の前に行く。ひょいと抱き上げて執務机に腰掛けさせ、立場を逆にした。彼女が座って俺が立つ。これで少しは話しやすくなったろうか。


「お前は、可愛い」

「ぅえ?」


 もし、彼女の言うことが本当ならば、俺は欲しい言葉を与えてやれる。俺こそが人々から疎まれる側だから、知っているのだ。


「触れても、いいか」

「ぁう、はい」


 涙で濡れた頬にそっと触れる。びっくりした顔でこちらを見つめる表情は、嫌悪ではなく、恥じらい。はにかんであわあわと照れている。


 ああ、本当なのだ。


 誰もが恐れる容姿を持つ不幸な男の元に、女の子が突然やって来て、しかも結婚適齢期の美少女で気立ても良く、しかも俺の容姿を憎からず思っている。

 何という奇跡。何という運命。

 転移魔法を使った誰とも知らぬ者と、ニッポンという未知の国に、感謝せねばなるまい。


 俺なら、彼女の欲していることが分かる。


 どうすれば喜ぶか。

 どうすれば安心するか。

 どうすれば心を掴めるか。

 どうすれば俺のものにできるか。


「お前、俺のことをどう思っている」

「……どう?」


 怖くないと思われていることは知っている。それこそ初対面から。


 これからは、俺無しでは生きられないように依存させてやるのだ。俺ならば容易に彼女を落とせる。


「……好き、です」


 え。


「お慕いしています」


 気が付いたら口付けしていた。

 舌の根も乾かぬうちに俺が落ちた。

10歳=10進数で12歳です。最初は小六くらいに見られたことになります。

15歳=10進数で17歳です。異世界での成人の年は高校生くらいです。

19歳=10進数で21歳です。日本だと就活を始めてる時期です。

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