11. 拗らせ同士の恋愛下手
部屋に戻って息を整える。久しぶりの全力疾走だった。
逃げてきてしまった……。
だって、だってだって完っっっ全にキャパオーバー。
知り得なかった事実を知り、これまでの自分を考えたら恥ずかしくて死ねる時に、衆人環視の中での告白。同時にプロポーズ。
「ああああどうしよおおおお」
硬いベッドにぼふんと倒れ込み、枕を抱え込んで足をばたつかせる。
福利厚生の個室が、実は配偶者の部屋を宛がわれていただなんて。私ってばオシャレ~とか無邪気に堪能していたが、この時点でとんだ一大事である。その前に「好き」とは伝えたけど、それって私から告白してた……ってコト?!
またため息をついてから興奮が戻ってきて足をばたつかせる。
聖女様が私たちの婚姻を支援してくださっていただなんて。あのお茶会では、新人の私に発破をかけてらしたのだと思ってたけど、その時に私「旦那様に相応しい存在に」って妻になる宣言も同然……ってコト?!
私の行動は全部自分のためにしていたことで、毎日楽しく過ごしていただけだ。ラファエル様は私のために色々動いてくださったのに、そんなこととは露知らず、無意味な失恋に浸って、彼を避けていた。
でもまさかラファエル様の想い人が私……? まさかまさか私のことだった……?
プロポーズされたときのことを思い出すと、体がむず痒くなり顔が火照ってくる。
「はぁ……ラファエル様格好良かったー……」
真剣な眼差しで、でも目の奥には男性的な欲が光ってて、それがまた色っぽくて、でも優しい声で、最高、いや最上の高。
「じゃあ受け入れちゃえばよかったじゃない」
「はえぇいっ?!」
驚いて飛び起きると、同室の同僚たちがやってきていた。一人で興奮と消沈をバカみたいに繰り返しているうちにだいぶ時間が経っていたようだ。
笑って誤魔化す。話題を変えよう。
「あっそうだっ、結婚式終えても、私、出ていかなくていいんですよね?」
「あー、この部屋からは出てかなきゃだめよ? 奥様になるんだから」
「お、お、おくおく、おくさま」
パワーワードすぎる。話題を変えられない。
「それより、ちゃんとお返事してきなさいね」
「落ち込んでたわよ、旦那様」
「う。はい……」
そうなのだ。色んな種類の恥ずかしさに耐えられなくなって逃げ出してしまったのだ。
もし本当に私相手にプロポーズしてくれたのだとしたら、私はとんでもない失礼をやらかしてきたことになる。さっき逃げ出してきたことだけでなく、今までの言動すべてにおいて。
「わかってます……。今日の仕事終わったら言います」
「あ、その仕事っていうのって授業のことよね? それ仕事じゃないから。花嫁修行だから」
「はわあ?!」
補佐の業務の一貫じゃないの?!
そもそも補佐に任命した理由が「旦那様の私的な都合でしょ」ってみんな言ってたけど、そしたら私、ここ数ヶ月何も仕事してないことになるね?!
せめて結婚式の準備という仕事はしなければ!
いつもの授業が終わったら、今日も刺繍をして過ごす。
一針一針ラファエル様の幸せを祈って作ってきたウエディングヴェール。これを自分が身に付ける予定というのが今でも信じがたい。信じられない。信じきれない。
夕食はいつもの通りダイニングルームにて待機する。ラファエル様が現れると、私は即座に立ち上がり頭を下げた。とにもかくにも、まずは詫びなければならない。
「旦那様、大変な無礼を働いたこと、心より謝罪申し上げます」
「ああ。その件はいい。今は食事を」
ラファエル様は愛想がない。今日みんなから説明を受けている時も、特に変わりはなく無表情でいた。
だから藪から棒に告白されて驚いたのだ。ご本人からプロポーズされるまで、私は心のどこかでみんなが言ってることすら疑っていた。
「……では、本日の業務と進捗報告ですが、よろしいでしょうか」
「ああ」
「ドレスの仮縫いについては第一段階が完了しております。本日予定していた試着は……諸事情により未実施ですので、明日に延期いたしました。ドレスの試着の回数にもよりますが、今のところ大幅な遅れはありません。ヴェールの刺繍分については七割程度の仕上がりとなっています」
「そうか。引き続き進めるように」
「かしこまりました」
無言のまま夕食を済ませる。非常に気まずい。
食事を終えてから、ラファエル様の私室に移動するよう要請を受けたので従う。
ソファに座るよう促され、ラファエル様の向かいに腰掛ける。
今まで福利厚生のひとつを受けるためだと思い込んで、その実、イチャついていたとみんなから指摘されるような行為をしていたソファ。もうそのような失態は犯さぬよう、補佐として相応しい距離を取る。過ぎた不敬を挽回せねばならない。
とにかく謝罪だ。
何度だって頭を下げる。不敬と取られては私の真意に反するのだから。
「改めまして、本日は、いえ、これまで大変申し訳……」
「それはもう良いと言っただろう」
「は、ですが、私は心から旦那様を尊敬しておりますゆえ、今までの無礼も含め、お許しいただけるまで詫びねば使用人としてあるまじき……」
「もう良いと言っている」
もはや気まずいレベルを超越している。
いくらお優しいラファエル様でも、今までに加えて今日の私の態度は到底許せるものではないだろう。
「……はぁ。お前も相当拗らせているな」
溜め息をつかれてしまった。
片手で髪をかきあげてアンニュイに俯く姿すらお美しいというのに、その彼に対して数々の非礼を働いたのはこの私。
「分かっていたつもりだったのだが、お前は可愛いから、つい拗らせていることを失念してしまう」
「……か、かわいい……?」
「そうだ。以前も言ったはずだが忘れたか?」
ふるふると首を振る。
覚えている。ラファエル様からお褒めの言葉をいただくたびに私は昇天しているから。
「いえ、嘘でも嬉しかったです……」
「嘘ではない。俺のことが信じられないか」
信じられないのは、自分。
自分以外は現実を生きていて、私だけが狂ってしまったのかもしれない。幻聴と幻覚に脳が支配されて電波系に突然変異してしまったのかもしれない。
そんな可能性を見出だしてしまうほどには、私は私を信じることができない。
「旦那様のことは、信じております」
「ならこちらへ来い」
「私はこれ以上旦那様に対して不敬を重ねるわけには参りません」
「そんな風には思わない。俺を信じろ」
一生独りきりで生きていくのだと諦めていたし、一人ぼっちは慣れているからそれで良いのだと、それが至極当然のことだと納得していた。
それでも、この幻が醒めないでいてくれるのならば、もしも叶うのならばと、希望を捨てきれない自分も確かにいるのだ。
罵られても仕方ないと半分諦め、もしかしたら受け入れてくれるかもしれないと半分期待して、席を立つ。
静かにゆっくりとラファエル様のそばに行き、跪こうと下を向いたとき、私の身体は温もりに包まれた。
抱き締められたと分かって、半分だった期待が報われる。
「……今日の刺繍の進捗率、上がっていたな」
「はい。毎日、今日も旦那様の幸せを祈りながら刺しておりました」
「……ドレスの試着は明日するのだな」
「はい。旦那様に合わせたデザインですので早くお見せしたく思っております」
ドキドキしているのに、安心している。緊張しているのに、冷静に返答している。変な感じ。
少し体を離され、近距離で目が合う。
「お前のことが好きだ。俺と結婚してほしい」
昼間と同じ台詞。
やり直し、させてくれるのですか? こんな、どうしようもない私に。
果たしてこの状況は夢か現か幻か。
……うん、何でもいいか。答えは同じなんだから。
「はい。これからも、貴方のそばにいさせてください」
どちらからともなく顔を寄せ、唇が重なる。意味も分からず何度もしていたキスが、初めて深いものに変わった。物理的にも深くまで交わるキスだけども。
自分に自信があるかと問われれば、完全にあるとはまだ言いがたい。でも、自分のことが信じられなくても、信じられる人たちがここにはたくさんいる。
異世界に来て私は変われたと思うし、これからも変わりたいと願う。良き方向に。顔を上げて。未来に向かって。
明日からもっともっと好きなことを増やしていこう。
手始めに、大好きな人のためのドレスを、大好きな人たちと一緒に作り上げる。幸せをいっぱいに詰めて。
「大好きです、ラファエル様」
この気持ちだけは変えることなく。
完
最後まで読んでくださいましてありがとうございました。
ブクマや評価をしてくださった方、連載中とても励みになりました。感謝申し上げます。
最後にここを離れる際、星(★)いくつでも良いので、評価いただければ幸いです。読者から何らかの反応があるだけで私は嬉しいです。




