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10. 貪欲が願望を逃す

 目の前からはゴゴゴと響きそうなほどのプレッシャーが発生している。後ろからは俺への嘲弄と失笑が聞こえる。


「告白もせずに俺たちに牽制してたわけ?」

「うーわー、意気地無しのクズじゃん」

「タチ悪すぎだろぉ、拗らせ童貞さぁ」


 触れ合い求めすぎだった自覚はある。両思いになって有頂天になって突き進みすぎたかもしれない。

 思い返してみると、初めて告白されて浮かれまくって、もしかして、返事をしていなかった……?


「プロポーズどころか、気持ちすらちゃんと伝えられないんですか旦那様は! どんだけコミュ力ないんですか! いい加減にしやがれください!」


 往年の迫力を携えたメイド長が凄んできた。


 使用人たちは言わずもがなアンジュの味方である。兵士たちの間でもアンジュのファンは多い。俺を庇うような奇特な(やから)は皆無である。


 そう、この場にいるのは全員(やから)であった。


「あー……、ちょっと、これは話し合う必要があるな。二人きりにしてくれないか……?」


 身に覚えのある、いや、ない俺は、輩どもの剣幕に気圧されてお願いの姿勢に転じる。

 ところが、後ろにいた使用人たちも一歩前へ出てきて、アンジュの手を取り腕を取り肩を取り、引くどころかスクラムを組んできた。


「この流れで二人きりにするわけないでしょうが!」

「どうせまたろくでもない結果になるに決まってます!」

「今! ここで! 言いなさい! 言え!」


 言えー!言えー!とシュプレヒコールの波が押し寄せる。

 普段は俺を恐れているくせに、一度振り切れると見境なく楯突く厄介者ばかりだ。それが今の辺境伯(うち)のクオリティ。普通の貴族家でやっていけるような分別のある者はここには一人もいなかった。


 そんな展開に逡巡していると、俯いたままの彼女が重苦しく口を開く。


「言う要らないです……、分かります……、責任……、ここ出ていく……」


 アンジュは掛けられている手を振り払って踵を返し、震えながら背を向ける。


「そうじゃない! 行くな! 行かないでくれ!」


 慌てて腕を取ったが、彼女の顔はこちらを向かない。俯いたままだ。


「あれはもともとアンジュのためのドレスなんだ! お前に着てほしくて俺が頼んだ! だから、弁償とか、責任とか、そんな必要はまったくない!」


 ゆっくりとこちらを振り向くその目には涙が溢れているが、俺の言葉に僅かな希望を浮かべている。


「私のドレス、です……?」

「そうだ! 最初からアンジュのドレスだ! 俺がそう言ったからみんな制作を引き受けたんだ!」

「本当……?」


 きょろきょろと周囲を見回して確認する。もちろん輩どもは力強く頷く。俺も激しく頷く。


「……よかった~~~~……」


 緊張が解けたのか、アンジュはその場にへなへなと座り込む。

「ああそっかぁ……」と納得してくれて、ようやく涙も止まった。俺もひと安心し、掴んでいた腕を離す。


「結婚式に参列する服、持ってなかったですから作るの許可くださったですね。公式行事用の物品なので経費で落ちるですね。それでは、花嫁衣装は花嫁持参になるですか?」

「え?」

「仮縫いの段階でよかったです。もう少し地味になるように何とか誤魔化すです」


 そうじゃない。そうじゃないぞアンジュよ。


 全然ひとつも安心できなかった。


 それから俺たちは最初から説明することになった。

 即席の青空教室を開催である。

 それ見たことかと輩どもも説明に加わり、俺の行動ひとつひとつの意味を解説していった。


「食事は旦那様の膝の上に乗ることが必須でした」

「あのねアンジュ? 普通はそんなことしないのよ?」

「でもそうしないと食べさせ合いできないです」

「うん、あのね? それこそ普通じゃないのよ?」


 おかげで逐一俺の異常性を指摘され、関係者全員の前で生き恥を晒すこととなった。


「人目のないとこでそんなことしてたんですか?!」

「むっつり(こわ)っ。普通にシェアして食べればいいだけじゃん!」

「完全にセクハラだよね! 訴えて勝つレベル!」


 俺の精神力はゴリゴリに削られた。アンジュの知らない俗語が飛び交う。彼女に意味が通じていないことが救いである。

 驚くべきことに、アンジュはキスの意味も分かっていなかったのだ。

 危ないところだった。俺がアンジュを囲っていなければ、今頃どこの馬の骨ともわからない男に手を付けられていたかもしれない。セクハラだなんだと罵られようと、それだけは避けられて良かった。


 更に授業は続く。


「私が聖女様に紹介されたのは、養子縁組のため?」

「そうよ。権力を(かさ)に公爵家のご令嬢に依頼するのが一番手っ取り早かったの」

「養子縁組を斡旋されたのは、婚約のため?」

「そうよ。旦那様は辺境伯当主だから、爵位がない平民とは結婚できないの」


 ふむふむ、とまるで授業を受けているように一生懸命なアンジュ。贔屓目で見なくても可愛い。


「まず外堀を埋めようとするところが非モテ特有の行動よ」

「……ひもて?」

「おい。アンジュに変な用語(こと)をこれ以上教えるな!」

「「「旦那様にだけは言われたくありません」」」


 ぐうの音も出ない。

 無垢で純真なことをいいことに、言葉どころか卑猥な行為を繰り返していた俺に異議は唱えられない。


 そして急に結婚を決めた件についても事情を話す必要が出てきた。


 だって我慢ならなかったんだ。耐えられなかった。

 あの時は、早く結婚しなければと焦っていた。


 **********


 初めてアンジュを外に出したのは舞踏会だった。夜会ではあるが我が()に比較的近く、宿泊の必要のない場所を選んだ。隣の領地なのでお互い良い物流関係を築いている穏やかな相手である。


 夜会なので衣装は大胆に胸元と背中が開いており、アンジュは幼い顔をしながら大人な胸部を持っていた。化粧をすると可愛い顔の中に艶っぽさが含まれ、初めて着飾った彼女を見た俺は目を奪われた。


 閉じ込めたい。

 足の腱を切って歩けなくして、一生俺から逃げられなくしたい。


 そんな(よこしま)な思いを封じ、夜会へ向かう。


 行けば相変わらず俺への視線は嫌悪が多かったが、アンジュには貴族の嫌味が通じず、まったく気にする風はない。彼女は本気で俺の容姿を好ましく思っているのだ。ファーストダンスも俺と済ませ、俺以外に知り合いもいない。

 余裕と優越を感じてはいたが、しかし、隙あらばとアンジュを狙う男共には耐えがたいものがあった。


 それからは夜会はやめて、昼間に行われる音楽会や昼食会などへの参加に絞った。

 そう決めた時からエスコートの仕方も変え、手を取るのではなく、肩を抱いたり腰を寄せたりを積極的に取り入れることにした。「授業と違うやり方ですね?」という疑問は「これが我が一族流」で黙らせた。


 アンジュは平民なのに最初からカトラリーを使えたので、貴族の中に入れても浮くことはなく、不安がない。

 音楽に関しても「あれはヴィオラ? バイオリン?」と訊いてくるくらいにはなぜか楽器を知っている。授業ではピアノを習っているはずなのだが、勉強熱心で感心する。

 言葉遣いも不測の事態さえなければ問題なくこなすので、社交界に入れても不安はなさそうであった。


 その日の茶会も無事に済ませ、あとは帰るだけとなったときのことだ。


「化粧室に行ってきます」


 帰る前に化粧室はいつものこと。それが油断だった。


 アンジュは、可愛い。

 自覚がなくて困るが、とにかく目を引く美少女。


 いつもより遅いな、と気付いた時にはすぐに行動に移した。化粧室の方角に向かっていくと、回廊で軟派な男に捕まり、中庭の方に連れていかれている途中だった。


「なんで君みたいな子があんな人間とは思えないような奴と一緒にいるのかな?」

「人間とは思えない! まさにその通り! 旦那様の美しさは天上の存在のごとき尊きもの! 地上に舞い降りた天使、否、神そのものかもしれません!」

「いや、そうじゃなくて、君可愛いなーって」

「お可愛らしきところまでご存じとは恐れ入りました! よく見ておいでですね?! 旦那様はもはや天が作りたもうた芸術なのではないでしょうか?! 奇跡ですね?! 語りますか?!」


 俺への賛辞を流暢(りゅうちょう)に語っていた。


 すぐに彼女の手を取って中庭を抜ける。軟派男は、睨みつけたら尻尾を巻いて逃げていった。


 このままではいけない。早く俺のものにしないと。

 彼女が他の男を見つめる、それだけでも許せないのに、あんなに厭らしい男に手を取られていたなど(はらわた)が煮えくり返る。


 彼女に手を出したら制裁してやる。

 それを実現するためにも、名実ともに俺の妻に迎える。今すぐにでもな。


 **********


(おっも)っ。サイコ入ってんじゃん」

「チンケな度量の変態ですね」

「独占欲丸出しのストーカー」

「コワいの壁越えてキモい」


 さっきから俺への悪口の語彙力高くない?

 お前らそういうとこだぞ。まともな職が続かず俺の元に来るしかなかったのは。


 アンジュは俗語を理解できていないからまだ冷静でいられるが、通じてたらさすがの俺でも計り知れないダメージだ。なにしろ外見ではなく中身の不能を指摘されているのだから。

 これ以上変なスラングを彼女の耳に入れてたまるか。


「アンジュ」


 片膝をついて彼女の手をそっと取る。


「お前のことが好きだ。俺と結婚してほしい」

「……う……え……あ……」


 ここまでの経緯でようやく理解してくれたようだ。顔を真っ赤に染め上げて、愛くるしい瞳を揺らして見つめてくる。

 恥を忍んでこの展開に乗った甲斐があった。


 だが俺の不甲斐なさのために、彼女には余計な心労を負わせてしまった。

 結婚式の予定を提案した際、動揺した理由が今なら分かる。翌日は目を真っ赤に腫らせていたのは、俺のせいだったのだろう。


 すべて俺への想いから。


 悲しませてしまったにも関わらず、何とも言えぬ充足感が広がる。歓喜している自分を否定できない。


 俺から距離をおこうとしていた時に、もっと抱き締めてやればよかった。もう不安になどさせない。二度と俺の元から離れようなんて考えられないくらいにきつく縛り付ける。お前の愛がどれ程重くあろうとも受け入れる。骨の髄まで愛してやる。


「あ……、い……、いやああああああああ!!」


 彼女は俺の手を振り払って一目散に駆けていった。


 ……。


 青天の霹靂すぎて、片膝は付いたまま。魔物相手なら咄嗟に反応できる足が、今はまったく動かない。

 逃げていく彼女の後ろ姿をただただぼんやりと眺めていた。


「……あーあ。旦那様、フラれましたね」


 嘘だろ?

 両想いだろ俺たち。

 なんで?


「エロいからですよ」


 なんでだああああああああ!!!!

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