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1. 暗い人生の中での蜘蛛の糸

短めの連載ですのでお気軽にお読みください。

 見知らぬ密林の中に知らぬ間に迷い込み、それから彷徨(さまよ)うこと数日。数日間死ぬ思いで、草を食べ、葉を食べ、虫を食べ、生き延びてきた。


 少し開けたところに出られたと思ったら見たこともない怪獣が目の前にいた。私の背丈を越すほど巨大な、恐竜と見紛うような生き物。昼間なのに、大きな体躯が太陽を遮り、私の足元を暗くする。その異様さに恐怖で足が(すく)んだ。


 私、古代にでもタイムリープしてたの?

 なんだよ私死ぬのかよ。よく分からない場所で、孤独にさ。

 何だったんだ私の人生。もう疲れた。眠りたい。


 何もかも諦めて、逃げることをやめた。

 土の上に座り込む。


 その時、鬱蒼とした木々の隙間を割いて一筋の光が射し込んだ。比喩ではなく、本当に光線がやって来たのだ。


「◎$×△¥●&?#!!」


 人だ!


 何か叫びながら人が現れた。武器を手にした男の人が、怪獣の斜め後ろにいる。


 光は、武器である剣の光だった。ライトセーバーみたく剣自体が輝いているのではなく、鉄剣に絡ませたプラズマのような炎のようなものが光を放っていた。

 その光で目の前の空間に線をかいたように見えた瞬間、怪獣が大きな唸り声を上げて仰け反った。あの男の人が怪獣に攻撃を加えたのだと理解した。


「¢£%#&□?!」

「ぅえ……ぁ……」


 私は知らない言葉と状況に狼狽する。そもそもろくに声が出ない。


 だが人だ。数日ぶりに人間を見た。

 その感動のあまり涙腺崩壊。滂沱の涙で言葉が出てこない。

 あんなに人嫌いだった私が、人の存在に安堵した。人を発見できたことだけでも僥倖であるので、言語の違いなど些末なこととしか思えない。


 怪獣が呻いて、男の人に向かって前足を振り上げる。

 その前足を大きく避けて彼がこちらの方に回り込み、私を庇うように立ちはだかる。体勢を立て直した彼は両手で剣を持ち直し、怪獣の側面を斬りつけると、すぐさま距離を取る。怪獣が前足を払って彼を排除しようと動くが、その隙に閃光が一本、空中に現れた。否、空中ではなく、怪獣を真っ二つに割った光。


 光がやがて消え、彼は振り返って私に手を差し出す。


「◯∠∞∩●Σ∫?」

「あ、ああ、ありがとう、ございます……」


 これが彼との初めての邂逅。

 人生で初めて見る、この世のものとは思えぬほど綺麗な、美の神であるかのごとき人間との出逢い。


 **********


 自分が不細工に類すると気付いたのは、小学生の時であった。

 男子たちから揶揄(からか)われて、私のあだ名はカッパになった。


 大きな目といえば、必然的に可愛いを連想されるものだが、私のそれは不気味な眼球。ふくよかな唇といえば、必然的に艶やかさを醸し出すものだが、私のそれは奇怪な鼻面。

 イジメの対象となることは必然で、だんだんと無口になり、喋らなければ友達もできず、孤独な学校生活を送った。親とはあまり親しくなかったため、親に相談するという常套手段は最初からなかった。


 大学に入学すれば、大人であれば、不細工だからといって差別することはないだろうと、勉強だけは頑張った。勉強しか私にはなかったから。奨学金を受けるために親に申請したことが、唯一の親への相談事だったと思う。


 大学ではさすがにイジメはなかったが、しかし、差別は顕著であった。

 存在すら認識外にされる。誰も私を見ることはない。


 もう、それでいいや。


 何もかも諦めて過ごす。そんな毎日。

 大学とバイト先の工場とアパートが日々のコース。


 そのコースをいつものように一人で往復していたある日の夜、私は森に迷い込んだ。

 意味がわからないが、アスファルトの道路を歩いていたら、土と雑草の上を歩いていたのだ。


 見上げると、枝葉の隙間から月が見える。その月明かりがなかったら本当に何も見えないくらい、周囲は鬱蒼とした木々しかない。

 怖い。

 ただただ怖い。


 それがこの世界に来たときの私。


 **********


 今私の目の前には、奇跡があった。

 美の結晶のみで形作られたと思しき御仁。


 輝くシルバーブロンドの髪をひとつに纏め、少し乱れた長い前髪がかかるご尊顔は、切れ長の目に凛々しい眉、真っ直ぐな鼻梁から左右対称にパーツが揃っており、薄い唇がクールさを醸し出している。急所にだけプロテクターをして、引き締まった体を惜し気もなく披露し、迸る汗で妖艶さをプラスしている。


 美しい男の人はたいそう親切で、こんな私にあれこれと優しく話しかけてきた。水もくれたし、乾パンみたいな食べ物もくれた。「ついてこい」とでも言っているような感じだったので、疲労困憊な体に鞭打って彼の案内に従った。危なそうな箇所では手を貸してくれたり、抱っこしてくれたり、気遣ってくれたので、たぶんこの人は神なんだろうなと思った。

 ていうか途中から荷物のように脇に抱えられての移動だった。


 私は人に優しくされた記憶があまりない。

 この人は神かその使いか何かなんだ、と素直に抱えられた。


 幾分か進むと森を抜けて雑草が生い茂る地帯に出た。

 美しい人と同じような鎧と服に身を包んだ男の人たちが数人いるが、彼ほどの美を持つものは誰一人とていない。彼だけは次元が違うのだ。


 その彼から引き離され、知らない人と一緒に馬に乗せられそうになる。


 なぜ知らない変な男の人とともに行かねばならないのか!

 美しい人から見放されたらおそらく私は死ぬ!

 だって彼は神なのだから!


 私は美しい人に追い縋った。救いはここにある。

 どうか哀れな私めをお救いください!


 日本語が通じない中、コミュ力(ゼロ)ながら決死の抗弁により、なんとか彼の気を引くことができた。

 そうして美しい人の住まいらしき場所に連れていかれることに相成った。

 この時の私はたぶん人生で一番必死だったと思う。死ぬって怖いと、心の底から怯えていたのだ。


 美しい人の家は、神の神殿に等しかった。


 重厚な石壁を越えて辿り着くは、荘厳なお屋敷。

 玄関前には太い石柱が二本、三階の屋根を支えるようにそびえ立ち、その奥にある観音開きの重厚な玄関扉は開け放たれ、使用人たちがずらっと両側に並んで頭を下げていた。


 神の荷物と化している私は、居たたまれなくて地面を見つめた。


 美しい人は私を脇に抱えたまま神殿に入り、エントランスホールで使用人の女性に私を託してから二階へと去っていった。


 言葉は通じないが、ここは神の館。この女の人にも従わねばなるまい。

 使用人の皆さんは男性も女性も私より大柄な人ばかりでちょっと臆したが、小さな私を害する意思はないようである。さすが神の召し使いたちだ。


 浴場らしきところで体を洗い、使用人らしき服に着替えさせられた。


 私も召し使いにしてくれるんだ!

 美しいだけでなく優しい!


 それから私は一生懸命仕事を覚えた。


 これまでも勉強だけは人一倍努力していたので、この世界の言語の勉強も当然のように努力した。

 まずは「これは何?」を覚えて、普通名詞から。慣れてきたら助詞も付けて、それから固有名詞、抽象名詞と覚えた。幸いにも紙が存在したので、綴りと読み方、日本語での意味を書いた単語一覧を作成し、何度も見返した。


 形容詞や動詞は、美しい人を表す用語を積極的に教わった。「尊い」「素晴らしい」「麗しい」などだ。

 程度の差や比較級についても「好き」「とても好き」「大好き」と美しい人を表すために覚えた。


 使用人の方々はみんな親切で、不細工な私にも分け隔てなく世話を焼いてくれる。「アンジュ」という名ももらった。


 ある程度言語を理解できるようになった頃、元いた世界に戻ることはできないと確信する。異世界人なんて用語は存在しなかったし、説明しても誰も理解できなかったからだ。


 でも私は幸せだった。

 ここでは誰も私を差別しないし、旦那様に尽くせるお仕事をさせてもらえる。旦那様のために生きられればそれが本望。


 そうそう、美しい人は使用人たちから「旦那様」と呼ばれているので私も倣っていたが、なんと名前ではなかった!

 今まで知らずにお名前だと思っていた!


 旦那様のお名前はラファエル様という。

 この国のお貴族様で、騎士団をまとめる役職らしい。魔物が蔓延る世の中を良くするために働いているのだそうだ。詳しくは分からないが身分制度があって、ラファエル様はちょっと位が高くてお金持ちらしいので、「貴族」という日本語訳でまぁ合っていると思う。


 神じゃなくて人間だったのは残念な気もするが、自分と同種ということは喜ばしいことだ。人間という共通点がひとつ見つかった。


 そしてこの世界には魔法が存在する。ラファエル様は剣に魔法を纏わせて戦える技術を持っている。

 お屋敷内の鍛練場では訓練する兵士たちをよく見かけるが、ラファエル様のような戦い方をしている人はいない。魔法を使うか、武器を使うかのどちらかである。ラファエル様だけが抜きん出て強い。


 だからこそのやんごとなき身分! ラファエル様だけが特別!

 やっぱり神かもしれない。


 ちなみに「魔法」という言葉も私が勝手に訳しただけで、「チャクラ」とか「エナジー」とかの方が適切かもしれないが、とりあえずここは便宜的に魔法としておく。魔法は使える人と使えない人がいて、私はもちろん使えない派である。


 勉強と仕事の毎日でとても忙しいが、ラファエル様に仕えることは私の生き甲斐。元の世界にいた頃のような孤独や失望や諦念はない。


「アンジュ、洗濯干すの終わった? こっちの下拵え手伝ってくれない?」


 調理場のドアから同僚の女性が私に指示する。


「はい、干す、終わた。行く」


 ヒアリングとライティングはかなり出来るようになったが、喋るのが苦手すぎて、咄嗟に文で返せない。

 他人との接し方が幼少期から成長しておらず、大学生になった今でもコミュ力(ゼロ)だった。それが目下の悩み。

 元の世界での悩みと比べて、だいぶ贅沢な悩みとなった。


「アンジュ、はいこれ、全部皮剥きね。急ぎなんだけど、できる?」

「はい。できる、全部、やる、剥く、好き」

「そ、ありがと! アンジュは器用ねぇ。何でもやってくれるし。やる気のある子は好きよ」

「あぃがとうごじゃぁます!」

「あ・り・が・と・う・ご・ざ・い・ま・す、よ。はいもう一度」

「ありがとう、ございます」

「うんうん! よくなったわ」


 同僚たちはみんな親切で、とても居心地が良い。コミュ障の私にたくさん話し掛けてくれて、困っていたら助けてくれて、わからないことも丁寧に教えてくれる。


 異世界は私にとって第二の人生。故郷のことを思い出すことはあるけれど、いつの間にか寂しくなくなっていた。

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