頭に豆腐を入れる
もし失敗をしても、失敗を恐れないで前に進んで欲しいです
白いかっぽう着に三角巾を着て亮子は立っていた
目の前には中身が空っぽの炊飯器の様に開いた人間の頭部、右側には豆腐が入ったトレイが置いてある
「いけないゴム手袋を忘れていたわ」
慌ててゴム手袋はめて、亮子は慣れた手つきで作業を始めた
人間の頭部に豆腐を入れては閉める、1人終わるとベルトコンベアに乗って新しい頭部が流れてきた
真面目な性格な亮子は、ひとつず丁寧に豆腐を頭部に入れている
白くキメの細かい豆腐を崩れないように、優しく手で入れては閉めていく、どこまでも続くベルトコンベアの終わりは見えない、終わりのない仕事を永遠に続けている
何か大切なことを忘れていると気づいていたが、気が付かないふりをした
面倒な問題はいつも後回しにして、嫌なことから逃げる癖が亮子にはあった
今回も気がつかない振りをして亮子は逃げている
「すいません 面会いいですか」
窓口の看護婦に隆は尋ねた
「はい大丈夫ですよ」
看護婦はにこやかに対応してくれたが、内心は違うと隆は知っていた
病室に向かいながら考える、妻は目を覚ますのだろうか、もしかしたら目を覚まさないかもしれないと
通りすがりに看護婦とすれ違い挨拶する、心の中で笑っているのを知りながら
隆は豆腐屋を営んでいる、昔からある古い老舗だ
妻の亮子も毎日朝早くから一緒に働いてくれていた
そんなある日、亮子は足を滑らせ豆腐が入ったトレイの中に頭を打ちつけた
豆腐の角で頭を打ったのだ
実際は豆腐にぶつかり床に打ちつけたのだが、救急車で運ばれる亮子は豆腐まみれで、まさに豆腐の角で頭を打って死んじまいな、お笑い草って訳で看護婦が笑みをこらえているのも承知している
隆は病室に入り亮子の手を握った、そして「目を覚まさないと面白くないよ」と話しかけた
ベルトコンベアの音だけが響き渡る中、亮子は頭部に豆腐を入れ続けている
何丁の豆腐を頭部に入れたのだろう、随分と長い間働いているようだ
亮子は失敗しないように丁寧に豆腐を扱っている、丁寧にゆっくり仕事する
ゆっくりと仕事をしても失敗さえしなければ怒られなことを亮子は知っていた、たまに「あの人仕事が遅い」と怒る人もいるが、「仕事が丁寧なのよ」と庇ってくれる人もいるからだ
だから、ゆっくり丁寧に仕事する、失敗さえしなければ怒られることはないから
仕事が丁寧な人と呼ばれる為には失敗はゆるされない
もし失敗なんかした日には目も当てられない、仕事が丁寧な人から、仕事が遅くて失敗する人にかわってしまう、だから失敗は絶対にできないのだ
ゆっくり、ゆっくり丁寧に豆腐を頭部に入れては閉じていく、しかし、いくら気をつけても気が抜ける瞬間がある「しまった」と亮子は心の中で叫んだ
頭部に入れる予定の豆腐が床に落ちていく、その瞬間はスローモーションのようにゆっくりと落ちていくように見えた
「ごめんなさい ごめんなさい」
しゃがみこんで亮子は謝った
とんでもないことをしてしまったと後悔しながら、ぐちゃぐちゃになった豆腐をかきあつめる
「ごめんなさい ごめんなさい私が悪いです」
亮子は泣きながら豆腐をかき集め、頭部にぐちゃぐちゃの豆腐入れて閉めた
すると人間の頭部の目が開き話し始めたではないか、それを見て亮子は目を見開いて驚いた
「あぁいい感じに頭が冴えわたるわぁ」
あくびをしながら頭部は話し出した
「なんで あんた泣いてんの?」
「私が豆腐を落としたからぐちゃぐちゃにしてごめんなさい」
泣きながら亮子は何度も何度も謝った
「なんだ、そんなことか、あんた気にしすぎや それに良くかんがえてみい、失敗は成功のうちと言うやろ、まさにそれ自分ボケ気味やったのに調子いいわ」
優しく頭部は亮子を慰めてくれた
「あんた失敗を恐れすぎて失敗しとるんやないか?もう少し自信もってやった方が失敗なくなると思うで」
頭部の明確なアドバイスに亮子は驚いた
図星をつかれた、まさにその通りだった、亮子は失敗が怖くて失敗しないように行動する癖がある、しかし極度の緊張は失敗に繋がり魔のトライアングルとなっていた
失敗したくないと思うほど失敗は増えていった
「でも失敗して怒られたくないから失敗が怖くてたまらない、どうしたらいいかわからない」
亮子は自分の気持ちを正直に話した
「今回みたいに失敗が幸を産むこともあるし、失敗は経験値や思うて気楽に考えりい 」
頭部はガハハと顔をくしゃくしゃにしながら笑った、つられて亮子も笑った
「待っとる人がおるやろ?早くおかえり あまり心配かけたらいかんよ」
そう言い終わると頭部は薄くなっていく、ベルトコンベアも消えていった
「ありがとう〜」
亮子が大声でお礼を言うと「気楽に頑張りぃや」と返事が帰ってきた
「頭部、豆腐落としてごめんね〜」
妻の寝言に隆は驚いた
それに泣いているではないか、隆は急いでナースコールを押して看護婦を呼んだ
「起きてください ご主人も心配してますよ」
看護婦は亮子の体を揺さぶりながら声をかけ続けた、すると亮子は目を覚ました
目覚めの一言目は「豆腐を壊してごめんなさい」だった
隆は目を覚ましてくれて嬉しいよりも面白い方が勝って大笑いしてしまった
その後、病院を退院してからというもの亮子はテキパキと仕事をするようになった
たまに失敗しては、なにかを思い出して笑っていた
隆はそれを不思議に思いながら、仲良く商売を営んでいます
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