地縛霊のジバ子さん
唐突ではあるが私は死んだ。いや、殺されてしまったというのがより正しい表現だろう。
残業により疲れた体に鞭打ちながら必死に帰路につく。その途中にある交差点、間違いなく青信号であったにもかかわらず侵入してきた暴走車にひかれてしまったのが死因だった。幸いにも近所のコンビニに事件の映像が残されており、すぐにでも犯人が捕まるだろうという当初の予想に反しなかなか捜査が進まなかったのが未練となったのか、私は私が轢かれて死んでしまった場所に地縛霊として蘇って?しまったのだ。
恐らくは悪霊の類だと思う。だが、人を見れば呪わずにはいられないというほど落ちぶれてもいない。まぁ、私が死んだ場所は夜間こそ人通りは少ないが、日中は通勤や通学の人であふれているほどには人通りもある。いちいち人を呪っていては、私の方が先に参ってしまうことになるだろう。
そんな中で私が何をしているのかと言うと、毎日この道を通る車を眺めていた。警察が捕まえられないのなら、私がこの手で引導を渡してやる、そう思ったからだ。私が殺されたときにそのドライバーを見たわけではないが、今の私なら怨霊パワーとかで何となくではあるが、犯人が分かるような気がした。
ただ、犯人は現場に戻ってくるというのはドラマの話だけだったのか、私を轢いた車のドライバーがこの場所に姿を現すことは無かった。怨念をぶつけることのできない不満が私にさらなる力を与えたのか、前よりも怨霊パワーが上がったような気がするが、今の私では宝の持ち腐れだった。
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そんなこんなで私が殺されてから3年がたった。
霊界探偵が来る様子も黒い着物を着た死神も来る様子は無く、私は特にすることもない日々の生活を謳歌していた。最近ではあまりに暇すぎて、登下校中のJCやJKのパンツを確認するのが日課になっている。今では顔を見ただけでその人がどんな色のパンツをはいているのか分かるようになって…はいないが、正答率は6割を超えているのがささやかな自慢だ。
ただ、別に復讐をあきらめたわけではない。しかし、何年待っても犯人が通る様子が無いことに若干あきらめにも似た境地になっていたのだ。
それに、生前は死に対して少なからず忌避感と言うものは持っていたが、なってみると意外と悪くないというのが今の正直な感想だ。むしろせこせこ働いていた頃より、いい生活を送れている気もしないでもない。まぁ、死んでなお、自我と言うものを持ち合わせることが出来たゆえの感想であるのは間違いないだろうが。
そんな日々を過ごしていたある日、目を覚ます(死んでしばらくの間は眠ることが出来なかったが、不断の努力が実を結んだのか眠ることが出来るようになった)と、見慣れたはずの光景が倒れた電柱に、屋根が崩れたままになっている住宅と言った感じで、眠る前と様変わりしていた。
地震…なのか何なのか、霊となって地に足のついていない(物理的に)生活をしていた弊害か、天災に対しての関心が薄くなっていたのだろう…いや、それにしても被害が大きすぎる。
とりあえず情報が欲しい。普段ならこの場所を通る人間の会話から色々な情報が手に入る。しかし残念ながらこの道を通る人影はおろか、見晴らしが良いにもかかわらず人の姿を一切確認することが出来ない。
はてさて、どうしたものか。状況が変化するまで、もうしばらく眠っていようか…なんて考えていると、遠くの方にいくつかの人影が見えた。しかもこちらに少しずつ近づいているではないか。渡りに船とはこのことか。あの人たちが、何らかの情報を話しながら来てくれることを願おうではないか。
……ヤバイ、こいつらが何を話しているのかさっぱり分からないこともそうだけど、こいつらの姿がヤバイ。上半身裸で、下半身はボロキレ一枚を腰に巻いているその姿は存在そのものが犯罪だ。だけどこいつらに法律は意味を成すのだろうか。まぁ、無理だろうな。…小鬼なら仕方のないことではあるのだろうけど。
そう、小鬼だ。それ以外に何と表現していいのかさっぱり分からな…ゴブリンでもいいかも。いや、どうせなら最後まで小鬼と呼んでおこうか。が、歩いてこちらに来ているのだ。地縛霊になったと思ったら今度は異世界転移か!とも思ったが、変わり果ててはいるものの、ここは見慣れた道だ。見間違えることは無い。つまり私が転移したのではなく、小鬼が転移してきたという事か。
小鬼の数は全部で3体。周囲に人影が無いのも、こいつらが関係しているのは間違いなさそうだ。人間は生存競争に負けてしまったのか。人間は狩る側から狩られる側へと回ってしまったのだ。
分からないことだらけではあるが、この小鬼たちも私の姿を視認することが出来ないようだ。とりあえずの身の安全?の確保が出来たことに安堵していると、私のすぐそばを歩き去っていく……ってちょっと待て!そこには…あぁ…やっちまったぜこの小鬼ども!私が大切に見守ってきた、アスファルトの隙間から生えていたド根性タンポポを踏んずけて行きやがった。
許せねぇよ。屋上へ行こうぜ…久しぶりに…キレちまったよ…。だが残念ながら屋上は無い。後、こいつらには多分日本語は通じない。ではどうするか、拳で語るとしようじゃないか。拳は無いけど。いや、正確に言えば拳はあるけど、多分拳では語れそうにない。
とりあえず、今までたまりにたまった怨霊パワーを小鬼にぶつけることにした。呪い殺すことは出来ないだろうけどゾワゾワっとかヒエって感じはすると思う。そんなんでド根性タンポポの仇はとれないかもだけど、何もしないよりはるかに良い。
しかし、思わぬほどの成果を見せた。突然感じた謎の恐怖に足を滑らせ、そのまま受け身をとることなく「ゴッツ」といういかにも痛そうな音を立てて、頭から仰向けに倒れたのだ。ふはは、ざまぁみろ。これぞド根性タンポポの怒り。今度からもう少し草木を大切にするがいい。いや~久しぶりにスッキリした。なんて考えていると、そのゴブリンが光の粒子となって消えたのだ。
これは…一体なんぞ?なんて考えていると頭の中にアナウンスが流れる。
『レベルが上昇しました』
レベル……レベル!?レベルっていえばRPGなんかでよくあるあれか?もしかしてこの小鬼を倒したから経験値をもらって、レベルが上がったって解釈であっているのか?疑問は湧き出てくるが、確認する方法は無い。小説なんかでは『ステータス』!って心の中で唱えれば、自分のステータスが表示されるんだけど…
【種族:地縛霊】
【レベル:1】
スキル:ネガティブマインド
ネガティブタッチ
……出ちゃったよ、それっぽい奴が。種族:地縛霊はまだいい。レベルも先程上がったばかりなんだから1レベルでもおかしくない。ってことは最初はレベル0からのスタートってことで間違いなさそうだ…ってそんなことは今はどうでもいい。
問題はこのスキルってやつだ。ネガティブマインドってなんだ?ただのマイナス思考みたいな技名しやがって。というか、なんとなくわかるよ。わたしがさっきの小鬼に使ったやつだ。そんな名前だったとは、初めて知ったよ。
まぁ、それは置いといて。問題はこの2つ目のスキル、ネガティブタッチだ。どういった能力を持つのか分からんぞ。とりあえず使ってみるか……って、ぅお!ビックリした。手になんか黒い靄みたいなのが出て巻き付いてやがる。
私にこれと言った不調は…ないな。てか、元々死んでるし。いうなれば今のこの状態こそが不調そのものだ、HAHAHA………誰も聞いていないジョーク程ものさみしいものは無いな。
さて、気をとりなおしてスキルの確認でもするか。幸い生き残った小鬼たちは、まだここに2体もいる。こいつらを実験体にしよう。
見えない敵?からの攻撃を警戒しているのか手にもった棍棒を懸命に振り回しているが残念ながら、私はそこにいません(イケボ)。一応の優しみをもって棍棒に当たってあげるが、素通りして私にダメージを与える様子は見られない。
これならこのスキルが仮にしょぼい能力でも大丈夫そうだ、それじゃ早速検証を。名前にタッチってついているから、とりあえず黒い靄を纏っているこの手で触れてみるか。「俺のこの手が光って…」ないか。むしろ黒く淀んでいるまである。
なんてアホみたいなことを考えている間も効果は発揮しており、触れた小鬼から徐々に生気が失われて、ただでさえ悪かった顔色がさらに悪くなっている…ような気がするけどよく分からない。なんて思っていると、触れた小鬼がほどなくしてその場に倒れ伏し、光の粒子となって消えていった。良かった、ちゃんと効いていた。
検証の結果、多分このスキルは触れた対象の生命力を徐々に消失させることが出来る様だ。とはいえまだ確認は不十分。もう1体を使ってしっかり検証を……なんて考えているうちに最後の1体が逃走していた。
仲間2体が突然死したのだ、逃げ出しても仕方ない。追いかけて捕まえたいが、地縛霊である私はここから離れることは出来ない。残念だが、次に獲物が来るのをのんびり待つことにするか。
どうやら近くに小鬼たちの集落でもあるのか、毎日コンスタントに小鬼がこの道を通り抜けていく。多い時は一度に5体以上も通ることもあるのでその時は何体か取り逃してしまうこともあるけど、最近ではネガティブタッチの性能も向上していて3体以下の場合だと逃げ出す前に全部狩り殺すことが出来ていた。
そんな中でも私にとって一番の朗報は、いつのまにか移動可能範囲が広がっていたということだ。これもレベルアップによる恩恵か。このまま広げていけば、もしかしたら私の家族の安否も分かるかもしれない。そう考えると、俄然モンスター退治のやる気もわいてくる。
しばらくはこの場でレベリングに勤しもう。新しく獲得した能力の検証も必要だ。いずれは町内…いや、市内にまで我が活動範囲を広げるのだ!
活動範囲を少しずつ広げていく日々。依然として人間の姿は見当たらないが、時折ラジオ放送が流れていることからすると、人間すべてが淘汰されたわけではないという事が分かった。
そんな私は今、一つの節目を迎えようとしていた。小鬼の集落を見つけたのだ。しかもかなり規模が大きい。目測で500を超える数の小鬼がそこで生活をしているようだ。
ただの小鬼では私の存在を感知することが出来ないのは確信しているけど、これほど大きな規模の集落だと私のことを感知できる個体も存在しているかもしれない。物陰からこっそり集落の様子を窺っていると、どこからか大きないくつもの荷物を率いた小鬼の部隊がやってきて、その集落の中に入っていくのが見えた。
一体全体、何を運んでやってきたのか。目を凝らして観察すると……あれは…人間?しかも若い女性だ。小鬼と若い女性…考えられるのは一つしかない。繁殖だ。ここの小鬼たちは繁殖して増えるために若い人間の女性たちをどこからか攫ってきたに違いない。
色々と不確定な現状において、彼女たちを助けるのは危険なことは分かっている。しかし助けずにはいられない、と思う自分もいる。自分だって死ぬ前は若い(?)女性だったのだ。彼女たちを今助けなければ、多分自分はこの先ずっとそのことを後悔することになる、そう思った。
覚悟を決めてからの行動は早かった。
物陰から飛び出て、女性たちが収容された謎の施設に飛び込む。ちなみにこの間も小鬼たちからの妨害が無いことから、やはり私の姿を見ることは出来ないのようだ。
その謎の施設は、やはりと言うべきか漫画で見たことがあるような、まさしく繁殖場と言えるような吐き気を催すようなクソみたいな場所だった。過去に捕まった人もいる様で、紐で縛られ生気のない顔をした女性が何人もいる。心底腹が立った。今の私なら、ただの小鬼程度スキルで一掃することも出来るが、捕らわれた女性たちに攻撃が当たってしまうのを避けるため、得意のネガティブタッチで1体ずつ倒していった。
やはりレベルが上がったからか、今の私のネガティブタッチは、ただの小鬼など一撫でするだけでその命を次々と落としていく。突然死に絶えていく小鬼に驚いた声をあげる、攫われてきた女たちの中で比較的元気そうな女性に話かける。
「ここに攫われて来た女が全員いるか!?」
「え…?だ、だれ……?」
「いいから早く答えろ!時間が無い!」
「い、いえ……解放軍の女性の方が、1人だけ別の場所に連れていかれてました…」
「分かった。私がそいつを連れてくるまで決してこの場所を動くな!その辺にある資材を使って、出入り口を封鎖しておけ!」
「わ、分かりました…」
解放軍。どういった物かは知らないが察することは出きる。どうやらこの世界でモンスターたちと戦う人間の集団をそう呼んでいるのだろう。それにしても最近、霊言のスキルを獲得することが出来て本当に良かった。これが無ければこの情報を得るだけでも時間がかかってしまったことだろう。
それにしても、別の場所に連れていかれてしまった、か。漫画なんかでは、優れたモンスターは優れた母体から産まれるのが鉄板ストーリーだ。この場合、優れた母体とは他者よりも戦う力を持つとされる解放軍に所属している連れ去られた子だ。となれば、その連れ去られた子がどこに行ったのかおおよその見当がつく。多分、この先にある一番大きな建物にいるであろう、この集落のボスのいる建物だ。
この建物は元は人間が住んでいた家をそのまま流用しているのだろう。この家の住民がどこに行ってしまったのか気にはなるが、それを考えるのは後にしておく。なんとなく人の気配がある場所を重点的に探していくと、すぐに見つけることが出来た。3階の奥にある寝室に、小鬼のボスと思われる個体と一緒にいるのを。
大きさからすると、もはや子鬼とは呼べないぐらいの大きさをしている。ただの小鬼の大きさが小学校高学年ぐらいであるのに対して、こいつは2メートルを軽く超えていて、筋骨隆々の外国人プロレスラーみたいな体つきをしている。
正直に言えば怖い。私だって生前は只の一般人だ。こんな化物相手に戦ったのはゲームの中だけであり、リアルで戦うことになるとは思ってもみなかった。こいつが私の姿を知覚して、私を殴り殺す姿を簡単に幻視出来てしまう。
すくみそうになる私の心を奮い立たせたのは、身ぐるみを剝がされ、こんな危機的な状況でなお、必死に抵抗を続ける解放軍の彼女の目が未だ死んでいなかったからだ。今、彼女を助けることが出来るのは私しかいない、そう思うと不思議と勇気がわいてきた。
スキル、アストラルバインドを発動。体全体を拘束するのではなく、関節部分など駆動部分にのみ集中して発動することで、より少ない力でより強力な拘束力を生み出すことが出来る。突然ボスの動きが鈍くなったことで、彼女が隙をついてベッドの下に潜り込む。いい動きだ、これでこちらも気兼ねなく攻撃することが出来る。
続いてスキル、ポルターガイストによりこのボスの装備品と思われる大きな剣を操り、ボスを切りつける。ネガティブタッチを使用しなかったのは、少しでもボスから離れていたいと思う、弱い自分がいたからに他ならない。それにしても重たいな、この剣。しかもボスの体表もかなり固い、何を食ったらこんなに硬くなるのか。それでも少しずつではあるが傷をつけることが出来る。
何とかこのまま倒させてくれ。しかしその願いは通じない。突然ボスの周りから青白い炎のようなものが発せられる。突然のことで躱し切れなかった私は、その炎を少し浴びてしまう。……いでぇ、マジでいてぇ。久しぶりの痛みに涙が出そうになるのを必死にこらえ、必死に剣を操り攻撃する。ネガティブタッチを使用していたら、至近距離であの炎を全身に浴びていただろう。そうなっていれば、かなり危なかった。ビビリな過去の私を褒めてやらねば。
しかし、やはり存在したな私に攻撃する手段が。本当なら一度距離を置いて、ボスに私を攻撃する手段がある事を念頭に置いたうえで、作戦を練り直してからの再戦をしたい。しかし、そんなことをしていれば解放軍の子は間違いなくこの炎に焼かれて死ぬ。
今もベッドの下にいる解放軍の子はジリジリと炎に焼かれて苦痛に顔を歪ませている。ベッドの下から抜け出そうにも、抜け出した瞬間遮蔽物が無くなったことで、すぐに炎に焼かれてしまうのは想像に難くない。
やっぱり私が今ここで、奴を倒さなければ。少しぐらいの痛みがなんだ、彼女はもっと苦しんでいるんだ。ポルターガイストの威力を上げるために、ボスに近づくことにする。私の近くを炎が通り過ぎ、小さくない痛みを感じるが、私のことを視覚は出来ていないようなので直撃は無い。これならやれる。やられる前に、やってやるのだ。
持てるすべての力を剣に込め、奴の首に向かって全力で降り降ろす。
長い戦いだった。いや、時間にしたら10分にも満たないだろうけど、密度が今までにないほど濃かったためにそう思わずにはいられない。それにしても、これだけ騒ぎを起こしているのに小鬼が一匹も様子を窺いに来ないとは。このボスは余程嫌われているか、それとも余程恐れられているのか。
なにはともあれ、残りは消化試合だ。このボスより強い奴はいないだろうし、仮にこのボスと同格の奴がいたとしても、レベルが上がったことで今回ほど苦戦することは無いと思う。
スッキリとした自己満足を感じながら部屋から出ようとすると、助けた子が私に声をかけて来た。
「あ、あの…助けて頂いて、ありがとうございます!」
最初私に声をかけたのだとは思わずスルーしてしまいそうになったが、しっかりとこちらの方を向いて、そう声をかけて来たことから私の存在を視認しているのは間違いなさそうだ。この子のスキル…ではないだろう。この部屋に最初に入ったとき、この子と目が合ったがこちらに気が付いた様子は無かったからだ。
となると、私に何らかの変化があったという事か。自分のステータスを確認すると【スキル:物質化】と言うものを新しく獲得していた。多分…というか、間違いなくこのスキルの効果だろう。確認の為に自分の手を見れば、今までは手の向こうの景色がしっかりと見えていたが、今何とか見えるが、かなり見えにくくなっている。今までがラップぐらいの透明度だとしたら、今はクリアファイルぐらいの存在感はある、気がする。
誰にも知られることなく、かっこよくこの場を去ろうと思っていたが、流石に声を掛けられて無視をするのも悪いと思い返事をしておく。
「ん……まぁ、無事でよかったよ」
少し不愛想な返事になってしまったかな。でも仕方ない、いままで霊体だったもんだから誰からも話しかけられなかったのだ。久しぶりの人との会話に、緊張するのも仕方ない……そういやここに来る前に繁殖場で人と話したな……いや、あれは急いでいたからノーカンだ。
「あ、あの…貴方は一体…ゴブリンキングを容易く倒せるなんて…」
くっそ、やっぱ世間一般的には小鬼呼びではなくゴブリン呼びか。アウトローな私カッケーと思う時代はとっくに終わったのだ。私もゴブリン呼びで統一するか。それにしても容易く、だと?めっちゃ苦労したんだぞ、こっちは!ただ、そのことを強く強調するつもりはない。あくまでもクールを装う。
「私か?私はじ……」
「じ?」
あれ?地縛霊ってモンスターの一種なの?モンスターだとしたら、この子達人間の敵ってことになるの?下手したら「おのれ、モンスターめ!私を助けたふりをして、私の隙をついて殺すつもりだったんだな!」なんて言われかねない…のかな?だとしたら……嫌だな。せっかく助けてあげたのに。適当に誤魔化しとくか。
「……ぼしんだ」
「じぼしん……地母神!ま、まさか神様が私を助けてくださったなんて…恐れ多いいです!恐縮です!ありがとうございます!」
ふひー、何とか誤魔化すことが出来た。何かめっちゃ頭下げてくるんだけどこの子。逆にこっちの方が恐縮してしまうわ。その後適当に設定を盛って行ったところ、私はこの地を治める地母神で、「大災害」によってモンスター共に力を奪われ、失った力を取り戻すために眠りについていたという設定になった。
ちなみに「大災害」といのは地球が今のように、モンスターが蔓延るようになってしまった出来事を言うらしい。その予兆としてかなり大きい地震があったそうだが、残念ながら私は寝ていたのでそのことを知らないでいた。
「さて、では私はこの拠点にいるゴブリン達を抹殺してこよう。10分ぐらいで終わるだろうから、そしたらあそこにある長屋に行きなさい。君以外に捕らわれた人間達があそこにいる。彼女らを連れて自分たちの拠点に帰りなさい」
「あ、あの…大変心苦しいのですが、私たちを拠点まで護衛していただけませんか?」
「残念ながらそれは出来ない。先も言ったが、私は力の大半を失ってしまっているんだ。それを回復しきるまで、この場所を離れることが出来ない。だが安心しろ、この周辺のゴブリンは私がすでに一掃している」
「流石は地母神様。そのお心遣い、感謝いたします」
まぁ、ゴブリンを倒したのは自分のレベリングの為だ。狂信者の様な目を向けられながら、感謝されるというのも少々居心地も悪い。さっさと退散することにしよう。このままの姿だとゴブリン達に視認されるかも、それは嫌だなーって思っていたらいつもの状態に戻ってた。ほっ、良かった。
今日はかなり久しぶりに、色々とあった一日だった。ゴブリンに攫われた人間達を解放できたし、ゴブリンキングの討伐にも成功した。その後のゴブリン達の討伐を含めて、かなりレベルアップして私の活動範囲がかなり広くなった。
相変わらずその活動範囲内に人間達の拠点は無さそうだが、かなりの数の魔物を見かけることも出来た。これで明日からもレベリングが出来そうだ。気持ちのいい満足感を胸に抱きながら眠りについた。
気がついたら、私の活動範囲内に人間達が住み着いていた。どうやら私が助けた子が、この周辺なら神様の加護があるので安心して暮らすことが出来ると言い回り、人を集めたようだった。
どうやらその神様は、世界が「大災害」を防ぐためその力の大半を使ってしまたらしい。残念ながら「大災害」は起きてしまったが、その神がいなければ世界にはさらに多くのモンスターが蔓延ることになってしまっただろう。つまり、その神のおかげで何とか人間は戦線を保つことが出来ている、のだそうだ。
なーんだ、どうやら私の事じゃないようだ。ビビッて損した……って、んなわけあるかい!あの女私の話をどんだけ盛って、人間達に広めたのか。そもそもあの女に話した内容すら盛った内容だったんだ。もはやあの女が話す内容に、私に関係しているものは1ミリもない。
にもかかわらず、ここに集まりつつある人間達はその話を信じ切ってしまっているようだ。私の活動範囲内にある広場に、何とか工面した貴重な資材を使って私の社を建てていた。そんなことに物資を使わずに、自分たちのために使えよ……そう思ったが、すでに後の祭りだった。
最初は自分たちの住む家を建てているんだと思っていたから、放置していたんだ。未だにテント暮らしをしている住民がいる中で、まさか私の社を優先的に建てているなんて、一体誰が想像できるんだ。
住民は毎日少しずつ増えている。確かに私の活動範囲内は、他の土地に比べれは比較的モンスターが少なく安全だろう。それにしても、住民の増えるスピードが速すぎる。そしてその住民のほとんどが、最低でも週に一回は私の社にお参りするんだ。
私のいないところで、私の神格がどんどん進んでいる。今更私が「実は地縛霊でした!」ってカミングアウトしても、「またまた、ご冗談を」とか言って流されそうな気がする。さて、どうしたものか……どうしようもないな。仕方ない、流れに身を任せることにするか。未来の私が何とかするだろう。
いつものように、私に用意された社で目を覚ますといつもと違う感覚がした。今まではドロドロとした悪いモノの感じだったが、今はキラキラとした良いモノの感じがする。…こういった感覚を、言葉で表すのは難しいな。
まぁいいか。とりあえず自分のステータスを確認するか。
【種族:地母神】
ホゲーー!じ、地母神?種族が地母神になっちゃってるよ。なんぞ、これ。昨日まで間違いなく地縛霊だったのに、地母神に進化しちゃってるよ。思い当たることは…ないな。いつものようにモンスター倒して、人から感謝されて、人から崇め奉られて、いつものように私の信者が増えたぐらいだ。
…って、もしかして、それが原因?ある一定以上の信仰を集めると神様に進化しちゃうってこと?ううっ…原因が知りたい。でも確かめるすべなんてこれっぽっちも持ち合わせていない。頭をかかえて悩んでいるといつの間にか私の巫女として働いていた、私がゴブリンキングから助けた解放軍の子が私の傍までやってきていて、「おおっ!ついに地母神様がその力を取り戻しになられた!」と大声で叫びながら止める間もなく、社の外に飛び出した。どうやら見た目もそれなりに変化しているようだ。
騒ぎを聞きつけた、近隣の住民からも私の姿を一目見たいと人が押し寄せ、あれよあれよという間に私の復活祭なるものが催される運びとなった。正確に言うなら復活祭ではなく誕生祭であるような気もするが、残念ながらそれを決める決定権のようなものは信仰の対象である私にはないみたいだった。私の知らないところで、私の格がどんどん上がっていくことに少なくない恐怖を感じる…。
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私が地母神に進化して10年がたった。今では県内ほぼすべてが私の活動範囲となっている。当然そんな広い敷地を私の力だけで守るのは無理があるので困っていると、スキルで私の信者に加護を与えることが出来るようになっていた。
私の加護が与えられると、レベルが上昇しやすくなったり魔法の威力が上昇したりと様々な恩恵がある。この加護を与えられた人はこの加護で人々を守り、これを与えられた人間が活躍することで、私に対する信仰心も上がるといった好循環が出来上がっている。
ちなみに加護を与える人物は性格を重視した。力を得た人間は暴走する危険もあるからだ。ただでさえ弱い立場にある人間を、内部闘争なんかでさらに数を減らすことにでもなれば目も当てられない。まぁ、ぶっちゃけ個人の才能で選ぼうにも、それを認識する才能は私にはないのだから仕方ない。
あと、私の活動範囲が市内にまで及んだ時、ついに私の家族を見つけることが出来た。すぐさま巫女に頼んで私の社に招待し、家族にだけ私の正体を明かすことにした。
父と母は泣いて喜んでいた。もう一度私と会うことが出来たことに。兄は困惑していた。「いや、俺の知っているお前はそんな美人でない。あと、全体的なスタイルも…」とか、冗談を言っていたので、拳で黙らせた。その後は冗談を言ったことを詫び、私の外見が一切変わっていないと明言させた。
確かに進化した影響か、実体化したときの外見を変化させることが出来たのでちょっと…そう、ちょっとだけ変化させたのは事実だ。でもそれは、人々からの信仰を維持するため仕方なしの事だったのだ。誰しも自分達の信仰する相手が少しでも美人の方が、信者たちも喜ぶだろうと判断してのことだ。つまりこれは信者の為であり、決して…決して我欲の為ではないと言っておく。
そんなこんなで私の家族には、神である私の世話係を任せることにした。今まではなんやかんやと、常に神様っぽい演技を心掛けてきたが、正直言ってかなり面倒なのだ。家族に私の身の回りの世話を任せることで、演技しなければならない時間を短くさせたかったのだ。
両親はすぐに了承してくれた。渋っていた兄も、私の世話係となることで得られる利益を計算し、最終的には了承してくれた。巫女ちゃんは…正直ってあの狂信者っぽい目が怖いから、すこし距離を置きたかった。まぁ、祭事なんかは任せているから、不満は無いだろう。
最近ふと気になって、私を轢き殺したドライバーを探すことにした。今までいろいろあって忙しくてすっかり忘れていたからだ。正直言って犯人の事は憎い。だが今、犯人を見つけたからと言って、私自身どうしたいのか分からないのだ。とりあえず、見つけ出してから考えよう、そう思って探し始めた。
そして思ったよりも自分の神様パワーはすごかったのか、大した時間もかからず見つけ出すことが出来た。いや、正確に言うとちょっと違うか。見つけることが出来ないことに、気が付いたのだ。そう、つまり私を殺した犯人はすでにこの世にいないという事だ。
犯人を見つけることが出来なかったが、犯人の妻は見つけることは出来た。そしてその妻の記憶を探ると、あの日の夜何があったのか読み取ることが出来た。
あの晩犯人は夜遅く、自分の幼い子供が高熱にうなされており、それを病院に連れて行く途中だったのだ。私を轢いてしまったことは気が付いていたようだが、警察を呼んでいては時間がかかる。その間も子供は苦しんでおり、それが耐えられず病院に行くことを優先させてしまったのだ。
幸いにも翌朝には子供の熱は下がり、警察に届け出ようと思った矢先、病院にあるテレビのニュースで、私が死んだことが報道された。その時になってようやく、自分のしてしまった罪の大きさに気が付いたのだそうだ。
自首をしよう。すぐにそう思ったそうだが、そうなれば残された妻や子供はどうなってしまう。一生人殺しの家族として後ろ指を指される人生を歩まなければならなくなる。その不安が自首をするという選択をとどまらせていた。
板金工場を経営しているので、証拠となるであろう車は自分で修理した。しかしその車を運転する気にはなれず、すぐに廃車にした。多分そのせいで捜査が難航していたのだろう。
胸の奥に残り続ける罪悪感。そんな日々を過ごしていると、ついにあの日が訪れる。「大災害」だ。
突如現れたモンスターに驚きながら、何とか自分の家族を避難場所に指定されている学校まで逃がすことが出来た。そこからは解放軍のメンバーとは別の、街中にある物資の回収班の一員として懸命に働いていた。その時だけが、罪の意識を忘れることが出来たそうだ。
そんな日々を過ごしていたある日、いつものように回収班として物資の回収をしていると、モンスターの大軍を見かけてしまう。すぐにでも逃げ出そうと思ったが、それは出来なかった。なぜなら進行方向に避難所となる学校があったからだ。
すぐに学校に連絡し、非難するように伝える。しかし時間が足りないのは明確だ。学校には非戦闘員はもちろん、老若男女様々な人間がいるのだ。
そこで男は一つの大きな決断をする。その日の男が回収していたのはガゾリンスタンドに貯蔵されていたガソリンだった。妻に連絡をする。自分が犯してしまった過ちと、もし世界が再び平和になれば自分の代わりに遺族に謝罪してくれと。
妻は必死に男を止めようとしたが、「一人の命を奪ったのだから、それ以上の命を救わなければならない」と言われ、その決意の固さを知り泣きながら了承した。
後顧の憂いは無い。これでようやくこの罪悪感から解放される。そう思った男はガソリンをなみなみと乗せたタンクローリーで魔物群れに突撃し、少しでも避難の時間を稼ぐために漏れ出たガソリンに自ら火を放ち爆散した。
……というのが、あの時の事件の真相だ。はぁ、ぶっちゃけ、だから何だよって感じだよな。勝手に死んで、それで満足しちゃってさ。結局一番の被害者である私に何の詫びもなしか。私以外の人の為に命使って、それが私に対する謝罪になるわけが無いだろ、と。
ぶっちゃけると、腹が立つ。だけど、だからと言って、犯人の妻とか子供とかに、その罪を償わせてやる!という気も全くない。これなら犯人がどうしようもないクソヤローとかだったほうが良かったかもしれない。神様命令で激戦地に送ってすり潰してやったのに。
どうにもしっくりしない終わり方だ。これなら知らないままでいた方が、良かったかもしれない。
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私が地母神に進化して110年がたった。人間だったらとっくに老衰していただろうけど、神様はそんなことは無いようだ。しかし両親や兄は違う。何十年も前に寿命で死んでしまった。
死んだ直後にその魂をとっつ構えて「私の天使として働かないか?」と聞いたところ、両親には「私たちなんかにそんな貴重な力を使う必要はない」と言われ、兄からは「お前の面倒を見るのはもうこりごりだ。楽にしてくれ」と、笑いながら言われた。悲しかったなぁ。でも本人にそう断られてしまえば無理強いは出来ない。
輪廻の輪に戻る前に私の加護を与えておいた。これで多分来世も人間として生まれるだろうし、そこそこ裕福な家庭に生まれるだろう。あと、他の人よりも才能があるだろう。幸せな人勢を歩めるはずだ。長らく私のために働いてくれたんだ、転生後にその位のボーナスがあってもいいと思う。
今は兄の子孫たちが私の身の回りの面倒を見てくれている。彼らも私より先に寿命で死ぬだろう。そのことが気になってふと、聞いてみると、「こんな過酷な世界で寿命で死ねるのは、それだけで幸せ者です。それ以上の恩恵は身に余ります」と言われてしまった。いつも生真面目だった、兄によく似ていると思った。
ちなみに初代巫女ちゃんと私が加護を与えた一部の人間…勇者たちは、私の従属神として、死んだ後も私の為に働いてくれている。
一応従属神となる前に私の本性を明かしてどうするかと聞いたところ、巫女ちゃんからは「それは私が貴方の為に働かない理由にはなりません」と言われ、勇者達からは苦笑いされ「例え貴方がどのようなお方であれ、我々人間がここまで戦うことが出来たのは貴方のおかげに他なりません。その御恩を少しでも返せるのなら、この魂が擦り切れるまで貴方に尽くしたい所存です」と言われた。
重いなぁ、重すぎるよ。私はそんな立派な奴なんじゃないんだけどなぁ。でもやっぱ人格で勇者を選んじゃったから、そうなるのは必然だったのかもしれないなぁ。
今は自分のスキルで生み出した空間に従属神や天使たち、そして側仕えの者達と共に生活の拠点を移しており、加護を与える時とか祭事の時とか以外はあまり人前に顔を出さないようにしている。昔は結構人前に顔を出してたんだけどなぁ。威厳が必要らしい。自分の中ではただのレアキャラ枠だけど。
もしかして、私をあまり表に出さないことで、社で不正行為でもしているのかと思って一度調べてみたら、特にそういったことは無かった。つまらん。まぁ、あいつらの目つきが昔の巫女ちゃんそっくりだったから、あんまし心配してなかったけど。
そんな私たちの情勢は、活動範囲は日本を超え東アジア全域にまで及びつつある。ちなみにそこに住まう住民のほぼすべてが私を主として崇めているのか、私自身が何もしなくても勝手に私の神格が上昇していっている。信仰パワー恐るべし、だ。
世界にはまだ争いの種がいくつもある。しかし、少なくとも私の活動範囲内では文明は回復しつつあり、人々が笑顔を見せる機会も多くなった。
人間の信仰心によってただの地縛霊から、神に至ることが出来たのだ。せめてその恩義に報いるだけのことをしなければならないと、思っている。